第2話(惑星探査員の災難)
第二章まで改稿しました。
カルヴィは宇宙船のコックピットで独り言を続けていた。モニターには洞窟の地形が映し出されている。
「メルディ星系の惑星ケスラには、いくつか特異な洞窟がある。壁が壊れても時間が経てば元に戻る性質があって、15年前の調査員が報告している。あの頃は禁域だったから、新発見だったんだよな」
「ピッ」と音が鳴る。
「だが、その時採取したサンプルが行方不明になる事件があった。最先端の調査AIが誤作動を起こし、各星系のサンプルと調査結果が混ざってしまったらしい」
「ピッ」
「事件か事故か議論はあったが、探査は一旦中止された。十五年後に調査は再開されたが、地質調査は重要視されず、第三セクターに任されたんだ」
「ピッ」
「俺は単独でワンマン宇宙船を使い調査している。探査員と名乗っているが、実際は零細企業の社員さ」
「ピッ。了解しました、船長。しかしこの説明はもう三回目です」
カルヴィは操作パネルに手を伸ばし、モニターの映像を洞窟の入り口に切り替えた。
そこには静かに洞窟が映っている。
「よし、準備はできた。さあ、行くか」
彼は深呼吸し、宇宙服のヘルメットを締めた。外部へのエアロックが開き、冷たい洞窟の空気が流れ込む。
足元には、無数の足跡や奇妙な痕跡が散らばっていた。カルヴィは偽装装備を整え、現地人に見えるように変装している。
「この洞窟には“ゴブリン”と呼ばれる非知性生物がいる。二足歩行で粗末な武器を持っているが、会話はできない。かなり好戦的だ」
「ピッ」
彼は小型の麻痺銃を手に取り、慎重に奥へ進む。
最初は麻痺させて放置していたが、奴らはどこからともなく現れて襲ってくる。
仕方なく排除しながら深部へ進んでいった。
カルヴィは進みながら、洞窟の壁から慎重に地層サンプルを採取していく。
「ここは未発展文明の地域でもある。接触すると文化や社会に影響が出る恐れがあるから、なるべく関わらないようにしなければならないんだよな」
「ピッ。未開発文明保護法に抵触します」
「ああ、分かってるよ。だが、そんな悠長なことは言ってられないんだ。時間がない」
洞窟の奥から、ドタドタと足音が近づいてくる。
「また来たか……ホントに湧いて出るな……」
彼は銃を構え、息を殺した。
ゴブリンの処理を終えたカルヴィは、地層サンプルの回収場所を慎重に選んだ。
その後、掘削用のコスミックインシネーターのもとへと戻る。
スイッチを入れたカルヴィは、安全な距離まで下がると、しゃがみ込んで顔を伏せた。
あとは、リモコンのボタンを押すだけだった。
その時、突然、現地人が「⚪︎△、×◻︎*※@$%」と話しかけてきたことに気づいた。
言葉の意味は分からなかったが、カルヴィは焦りの表情を浮かべて叫んだ。
「おいっ!待て!その装置に触るな!」
だが、現地人にその言葉は通じなかった。現地人はそのまま装置の上にある起動ボタンに手を置いてしまい、
装置から発射されたエネルギー波をまともに浴びた。
バチバチバチッ!
エネルギー波の衝撃で、現地人の体が壁に叩きつけられた。
乾いた音が響く。
「くそっ……!」
カルヴィは反射的に駆け寄った。
血の匂いが鼻を突く。倒れた男の体はぐったりと力を失い、胸の辺りが不自然に沈んでいる。
「おい、大丈夫か!? うわ、拙い……出血がひどい!」
声が震えた。
現地人の皮膚は抉られ、骨が見えている。カルヴィは躊躇う暇もなく、彼の体を抱え上げた。
「耐えろよ、頼む……!」
足を滑らせそうになりながら、狭い洞窟を駆け抜ける。
外に出ると、光学隠蔽された宇宙船が岩陰に浮かんでいた。
カルヴィはハッチを開き、息を切らせながら担ぎ込む。
宇宙船の内部は、この星の技術水準を遥かに超えた医療装置と研究設備で満ちている。
カルヴィは現地人を医療カプセルに押し込み、手早く制御盤を操作した。
「早く……動け、動けって!」
機械音が鳴り響く中、カルヴィの額には冷や汗が滲んでいた。
「まずい、現地人と関わらないどころか、大怪我させてしまった。まずいだろう、これ!」
そう言いながらコンピューターに指令を飛ばす。
「コンピュータ、すぐに診断を」
「ピッ、了解しました、船長。ただし彼らの生体構造は我々と異なります。通常の処置での有効性は不明です」
「分かっている。何もしないわけにはいかない。スキャナーで損傷箇所を特定しろ」
「ピッ、スキャナー結果:皮膚に重度の熱傷と一部組織の欠損、各臓器に打撲による内出血を確認しました」
「よし、ナノボットで細胞治療を試みる。エイリアン技術らしいが今はこれしかない。今回の調査で持ち込みを特例許可されたのは本当に助かった。保護局の次長には後で礼を言わないとな」
「ピッ、この処置が対象の文明に与える影響を懸念します」
「承知している。だが今は命を救うことが最優先だ。後で本部と連絡を取り判断を仰ぐ。まずは処置を開始しろ」
「ピッ、了解しました。船長、麻酔後にナノボットを投入します」
治療用ロボットが作動し、カプセル内で眠る彼の火傷部位にナノボットを散布した。
首筋には細い注射針が差し込まれ、ナノボットが体内へ注入される。
数秒後、微かな光が皮膚を走り、傷や火傷痕がまるで早送りされた映像のように消えていった。
「怪我は治った。だが、これで終わりというわけではない」
カルヴィは小さく息を吐き、モニターを確認する。
「もし俺たちの存在が知られたら、この星の文明に取り返しのつかない影響を与えてしまう」
「ピッ、船長、どうしますか?」
「記憶を消すしかない。これが最善だ」
「ピッ、了解です。記憶消去装置を準備します」
「彼の記憶から、俺たちと接触したすべてを消す。手術の記憶も含めて、元の生活に戻れるようにしなければならない」
「ピッ、船長、準備完了です」
「よし、コンピュータ。一時間分の記憶消去を開始する。目覚めたとき、何事もなかったように過ごせることを祈ろう」
「ピッ、記憶消去プロセス、開始します」
カルヴィはカプセルの中の現地人を見つめ、心の中で小さくつぶやいた。
「頼む……元通りに戻ってくれ」
「ピッ、服が破れています。どうしますか?」
「ジャケットはミスティックファイバーで再構築、シャツはエンチャントツイルで。
見た目さえ元通りなら問題ない。防寒・防熱・防汚機能は切って起動スイッチを抜いておけ」
「ピッ、了解しました」
カルヴィは再びダンジョンに戻り、ゴブリンを一掃。壁と床のサンプルを採取し、調査機具もすべて片付けた。
その後、宇宙船から連れ出した彼を洞窟の壁にもたれさせる。
そっと息をつき、呟く。
「ちゃんと目覚めてくれ……」
静かに洞窟を後にするカルヴィの背中に、わずかな疲労と安堵が混じっていた。
この数年後にカルヴィが再びこの惑星に降り立ち、ナノボットを使ったことを非常に後悔することになるのだが、それはまた別の話である。
読んでくださり、ありがとうございます。
誤字報告も大変感謝です!
ブックマーク・いいね・評価、励みになっております。
悪い評価⭐︎であっても正直に感じた気持ちを残していただけると、
今後の作品作りの参考になりますので、よろしくお願いいたします。




