第272話(戦地へ向かう前の…)
その日の夕方、陽が西に傾き始める頃、レイはセリアとともに教会本部へ向かっていた。
明日からエヴァルニア国に赴く予定のため、大司教デラサイスに一応報告をしておこうと思ったのだ。
教会本部に到着すると、レイは大司教の執務室のドアをノックした。
デラサイスは驚いた表情で応対した。
「レイ殿、どうされたのですか?」
「エヴァルニア国に赴き、帝国とエヴァルニア国の開戦を止めるようにお願いしてきます」
「そうですか…それは重要な任務ですね。行く際には、必ず教会のシンボルを馬車に取り付けてください。
シンボルがあれば道中の安全は多少保証されるでしょう。
教会としての任務を示すものですから、相手国も慎重になるはずです」
「分かりました。教会のシンボル、必ず忘れずに準備します」
デラサイスはさらに言葉を続けた。
「関所の警備は厳しいですが、大聖者の指輪は教会の権威を示すものです。
それを見せれば、通常は警戒を緩めて通してくれるでしょう。
それでも通れない場合は、教会の正式なメダリオンや証書も携えてください。
これらは教会と国家の間で取り決められた正式な証明書類で、役人に対して強い説得力を持ちます」
「了解しました。ありがとうございます」とレイは礼を言った。
大司教は尋ねる。
「それでは、出発はいつになるのでしょう?」
「明日の朝、出発します」
デラサイスは一瞬考え込み、申し出た。
「実は、先日お話しした夫婦が明後日には王国の砦に駐屯する予定です。
もし時間があれば、彼らの話も聞いていただければと思っていましたが…」
レイは少し苦しそうに表情を歪め、返答した。
「申し訳ありません。今はこの任務に集中したいのです。帰国した際に時間があればお話を伺います」
デラサイスは静かに微笑んだ。
「それならば、何も気にすることはありません。今は、その心意気だけで十分です。
どうか、神の加護が共にありますように」
レイは再び深く礼をし、「ご加護を」と応え、その場を後にした。
大司教の執務室を出ると、そこで待っていたセリアに話しかける。
「さて、オレの用事は終わりましたよ。
で、フィオナさんと貸し借りあるから今日はオレとセリアさんで動くんですよね。
それって何なのですか?」
「フィオナは晩餐会にレイと一緒に行ったでしょ。だからその埋め合わせよ」
「そうですね、晩餐会の食事、美味しかったです」
「それだけじゃないんだけどね…」と言って、セリアはレイの腕に組みついた。
今日は食料買い出しという名目で王都の市場に行く予定だが、どうやら逃げられないらしい。
教会総本部を出る前、レイは出入口に控えていた助祭司に声をかけた。
デラサイス大司教から言われた教会のシンボルについて尋ねると、助祭司は一礼し奥から
大きなシンボルがついた布を持ってきた。
「こちらが教会のシンボルです。馬車の見える場所に取り付けてください」
レイはそれを受け取り、一礼した。
「ありがとうございます」
セリアはシンボルを見て言った。
「……これって、教会の偉い人が乗ってる馬車につけるやつだよね。たしか、普通の教会の馬車って
四大神教会のエンブレムが描かれてるだけだったはず。こんな飾り、ついてなかったもん」
レイは軽く笑いながら答えた。
「偉いって…まあ、大聖者だから仕方ないかもしれないけど、ちょっと気が引けますね」
セリアも微笑みながら言った。
「でも、それだけ重要な任務ってことよ。安心して、私たちが一緒にいるから」
レイは頷き返す。
「そうですね。人の命がかかる重要な任務ですから」
二人は貴族区から一般区に入り、市場へ向かった。
夕方の市場は賑やかで、あちこちから商人の声や香ばしい食べ物の匂いが漂っていた。
並んで歩きながら必要な食料を買い出すが、セリアはいつもより少し距離を詰めてくる。
「ねえ、レイ。明日から戦地に赴くんだから、今日くらいはいいでしょ?」
甘えるような声でセリアが言い、そっと彼の腕に自分の腕を絡ませた。
レイは戸惑いながらも、言葉が詰まった。
「そ、それは…まぁ、そうなんですけど…」
視線を落としつつ、気まずそうだが嫌とは言えない。
「だよね?」とセリアは満足そうに微笑み、さらに近づく。
甘えた響きの声に、レイは照れくさそうに顔を赤らめた。
セリアは笑いながら茶化す。
「レイ君、照れてる?」
レイは居心地悪そうに答えた。
「そんなことないです…」
だが彼女の甘えには逆らえず、そのまま歩き続けた。
市場の喧騒に包まれ、セリアは楽しそうに話し続ける。
レイは終始セリアのペースに巻き込まれながらも、どこか安心している自分に気づいた。
ふとレイは口にした。
「セリアさんとこうやって歩いてると、何だか安心しますね」
セリアは少し驚きながらレイを見上げ、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「そう?レイ君もそう感じてくれてるなら嬉しいわ。私も、こうやって一緒にいられると心が落ち着くの」
彼女の声には普段の茶化しとは違う温かさがあった。
レイは照れながらも、隣でいることが自然になっている自分を再確認した。
「でも、ほんとに今日は特別よ。明日からはまた、シリアスな状況が待ってるから…」
甘えた調子でセリアが言いながら、もう少し彼の腕に寄り添った。
レイは言葉を返さず、微笑みながらセリアの歩調に合わせて市場を進んだ。
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