第241話(再会と驚きの瞬間)
一行は、馬車に備え付けられたタープを広げ、即席の屋根を作った。
座面はそのままベッド代わりになり、簡素ながらも野営の準備は整う。
その晩、レイが寝所に選んだのは――
ミストリアで修理してもらった、金糸の縁取りが美しい布製のテントだった。
中は広く、風を通しにくい生地で、寝心地も申し分ない。
けれどレイは、ふと天井の金糸を見上げて、ぽつりと漏らした。
「使い勝手は良いんだけど、申し訳なくなるくらい勿体ないな……」
自分の身の丈に、あのきらびやかな装飾がそぐわない気がして、少しだけ肩身が狭くなる夜だった。
***
朝食を済ませ、初歩魔法の練習も一通り終えると、ボルグルに次の宿泊地について尋ねた。
「シルバーの足ならば、次は野営しなくても良さそうじゃぞい」
「じゃあ、村か町があるんですか?」とレイが聞き返す。
「そうじゃな。この先にリバーフォード村っていう村があるぞい!」
その名を聞いて、リリーが思わず声を上げた。
「ちょっと待って、その村、聞いたことがあるわ!」
「リリ姉、レンドの出身地よ!」とセリアがすかさず続けた。
「レンド殿とは?」フィオナが尋ねる。
「前にセリアと私がいた“レイジングハート”のリーダーがレンドよ。三年前の事件で右腕に負傷して、
それがきっかけで冒険者を辞めたの」とリリー。
「レンドはパーティを辞める時、村に帰って静かに過ごすって言ってたわ」
とセリアも補足した。
こうして一行は、かつての仲間の故郷であるリバーフォード村へと向かうことになった。
***
数刻後、シルバーの健脚に助けられ、無事にリバーフォード村へ到着した一行は、さっそく
レンドの消息を探し始めた。
リリーとセリアは村人に声をかけ、レンドという男がいるかを尋ね回る。
やがて年配の村人が、彼が管理している畑の場所を教えてくれた。
案内された畑には、一人の男が黙々と鍬をふるっていた。
片腕で鍬を握り、力強く土を起こす背中。九月のこの時期に合わせ、収穫後の畑を整備していた。
「……レンド」リリーが小さく呟く。
男が顔を上げ、二人に気付いた。驚きの表情が一瞬だけ浮かんだが、やがて微笑みに変わる。
「やあ、リリーにセリアじゃないか! 久しぶりだな……」
三年前、右腕を負傷し冒険者を引退したレンドは、今や農夫として暮らしていた。
一行はその場で足を止め、静かな再会の瞬間を見守っていた。
リリーは一歩前に出て、レンドの腕を見つめた。
「レンド、その腕、一体どうしたのよ!」
驚きと怒りが混じった声に、レンドは少し顔をしかめた。
「すまん。心配させたくなかったんだ。だが、あの事件の後、どうしても治らなくてな。結局、切断するしかなかった」
リリーの目が険しくなる。
「なんでもう少し見せてくれなかったのよ! 私がいれば、そこまで悪化させなかったかもしれないじゃない!」
「わかってる……。だが、お前にこれ以上負担をかけたくなかったんだ。自分のことは自分で決めたかった」
「……それでも」
リリーは声を震わせる。
「リリー、ありがとうな。お前がいなければ、俺は今ここにいなかったと思う」
レンドの静かな眼差しに、リリーは言葉を失う。
セリアがそっと二人の間に入り、穏やかに言った。
「リリ姉、レンドはレンドなりに戦ってきたんだよ。今は、こうして再会できたことを大事にしようよ」
リリーはしばらく沈黙していたが、やがて小さく頷いた。
「……わかったわ」
レンドは小さく息を吐き、周囲を見渡す。
「リリーもセリアも、俺に会いに来たわけじゃないだろう? それに……そちらの方々は?」
「王都に向かう途中よ。今のパーティメンバーよ」
リリーがレイたちを紹介する。
「リーダーのレイ、疾風迅雷のサラ、中衛のフィオナ、そして絶壁のボルグルさん。彼は王都まで同行してくれてるの」
レンドは目を見開いた。
「絶壁のボルグルさんに、疾風迅雷のサラ……すごい仲間たちと旅をしてるんだな。初めまして。俺はレンド。リリーとセリアと一緒に冒険してた。今は……こういう生活だけど、ゆっくりしていってくれ」
「ありがとうございます、レンドさん。こちらも、少しお邪魔させていただきます」
レイが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
レンドはレイを見て、やや驚いた様子で口を開く。
「君、ずいぶん若いな。ポーターか何かか?」
「いえ、一応パーティのリーダーをやらせてもらっています」
「……本当か?」
レンドは信じられないといった表情で、リリーとセリアに視線を向けた。
リリーは肩をすくめて笑う。
「そうよ、ちゃんと紹介したでしょ? 頼りになるわよ〜」
セリアも笑顔で頷いた。
「心配いらないよ。レイ君はちゃんとやってる」
レンドは微笑み、一行を自宅へと案内した。
村の端に位置するその家は、農家らしい広々とした敷地に建っていた。
畑の手入れは行き届き、果樹には実がなり、鶏小屋と農具が整然と置かれている。
そこは静かで穏やかな田舎の風景が広がっていた。
家は木造で、古びているが堅牢な造りだ。玄関を抜けると広い土間があり、その奥には台所と居間。
壁には手作りの装飾品が飾られ、温かみのある空間だった。
「まあ、雑魚寝には広すぎるくらいだが、気に入ってもらえるといいんだが」
レンドが笑みを浮かべる。
その時――
外から金属の擦れるような音と、重厚な足音が近づいてきた。
レンドが音に気付き、視線を外に向ける。
庭に入ってきたのは、シルバーが引く金属製の馬車だった。
頑丈すぎる構造と異様な存在感を放つそれは、明らかにこの村には場違いな代物だった。
「なんだあれは……!」
リリーが軽く笑う。
「あれは私たちの移動手段よ。驚かないで、結構便利なの」
レンドは呆然と馬車を見つめた。
「便利って……ス、スレイプニルじゃないか! しかも金属の馬車!? 二つ名持ちは三人いるし、スレイプニルに金属の馬車なんて……属性が多すぎてついていけん……」
サラが胸を張る。
「シルバーは、あれだけ重い馬車でも楽々引けるんだニャ」
「この馬車、なかなか快適なんだ」
フィオナも微笑む。
レンドはようやく我に返り、苦笑した。
「……今の冒険者は、こんなものを使う時代なんだな」
一行は家の中に入ると、静かで温かな空気に包まれた。
母屋にはレンドの母親が暮らしており、優しく声をかけてきた。
「レンドの昔の知り合いさんかねぇ。よく来てくださった。部屋は空いてるから、のんびり休んでいってくださいねぇ」
一行は軽く頭を下げて挨拶を返し、そのまま広間へと案内された。
そこは、かつて家族が集まっていた場所だった。
木の梁がむき出しの高い天井、厚手の絨毯、村を一望できる窓。
素朴ながら、安らぎに満ちた空間が広がっていた。
外の喧騒とは対照的に、この家には平穏な時間が流れていた。
「これでレイが聖者だって言ったら、レンドが狂っちゃうわね」
リリーが笑いながら言うと、他のメンバーも思わず笑って頷いた。
サラは窓の外を眺めながら呟いた。
「広々してるニャ。良いところだニャ」
「豪華ではないが、温かみがあって素敵な家だな」
フィオナが柔らかく微笑む。
ボルグルも深く息を吸い込み、満足げに頷いた。
「こういうところの方が落ち着くわい!」
ボルグルはそう言って腰を下ろすと、ふうっと息をついてくつろいだ。
それを合図に、皆もそれぞれ思い思いに座り、ひとまず肩の力を抜くことにしたのだった。
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