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第166話(突然の呼び出し)

セリンに戻ったレイは、リーフ村で買ったリーフティーを仲間や知り合いたちにお土産として配って回っていた。


だが、その途中で奇妙なことに気づく。

なんと、至る所――ギルド、宿屋、そして孤児院にまで、自分宛の呼び出し状が届けられていたのだ。


差出人は、セリン子爵。

全く心当たりがなく、赤レンガ亭の食堂で三通の封筒を並べながら、レイは頭を抱えた。


「オレ、何かやらかしたっけ……?」


困惑するレイに、フィオナが少し眉をひそめて言う。

「とにかく、中身を確認するのが先だろう」


「ですよね〜」

レイは渋々ながらも封筒を開け、中身を読み上げた。


「『これを見たらすぐに子爵屋敷に来られたし』……。うわ、全部同じ文面だ」


セリアが封筒を覗き込みながらつぶやく。

「内容が一言だけって、逆に不安になるわね」


やや緊張した面持ちで、レイたちは子爵屋敷へと向かった。

子爵屋敷に到着すると、すぐに応接室へと通される。


呼び出されたのは本来レイだけだったが、心細さから皆に頼み込んで一緒に来てもらっていた。

ソファに腰を下ろすと、レイは小声で呟く。


「やっぱり……一人じゃ不安だったんだよな……。みんなが一緒でよかった……」


フィオナがその肩を軽く叩き、穏やかに励ます。

「心配するな、レイ殿。我らがついている」


セリア、リリー、サラも黙って頷き、レイの背を支える空気を作っていた。

ほどなくして、扉が静かに開き、子爵が姿を現す。


レイは慌てて立ち上がろうとするが、子爵が手を上げて制した。


「聖者殿、どうぞ、座ったままで」


応接の形式を崩さぬまま、子爵もソファに腰を下ろす。

すぐにメイドが人数分の茶を運び入れ、部屋にはリーフティーの柔らかな香りが漂い始めた。


少し緊張がほぐれた空気の中、子爵が本題に入る。


「呼び出したのは他でもない。――“迷いの森”が帝国と繋がっているという話は、本当なのか?」


レイは観念したように頷き、静かに答えた。


「はい。転移した先は、帝国領でした」

「ふむ。その転移というのは、誰でも通ることが出来るのか?」


「いえ。転移の道を出すには、スレイプニルと草原で競走し、勝たなければなりません。森の道が現れるのはその時だけです。今のところ、他の方法は分かっていません」


子爵はしばし考え込み、低く呟いた。

「本当に……その道を、他の誰かや帝国側に先に見つけられてはいないのだろうか」


その不安げな声に、セリアが口を挟む。

「子爵様、もし誰かがすでに行き来しているなら、今ごろこの話はもっと広まっているはずです」


フィオナも続ける。

「逆に帝国側が知っていれば、あの森は封鎖され厳重に管理されているだろうな。何も起きていないということは、まだ双方とも把握していないという証左ではないかと」


「そうか……。実のところ、森の封鎖も考えていたのだが……」


子爵は眉をしかめた。

「森の深部に何人か派遣したが、すぐに外に弾き出される。信じがたいが、迷いの森の中央部にすら入れんのだ」


「でも、シルバーがいればスルスル行けちゃいますよ」


レイはそう言いながら、バックパックから一枚の新聞を取り出した。


「これ、帝国北部の『フロストッチ新聞』です。発行は半月前。帝国領内で拾ったもので、鉱山事故や雪山演習の失敗、それに辺境の魔物異常なんかが載ってます。記事の内容を見れば、偽物じゃないって分かるはずです」


子爵は受け取った新聞にざっと目を通し、軽く眉をひそめた。


「……確かに、内容は帝国内の出来事ばかりだな。紙質も印刷も、王国のものとは違う……」


しばらく沈黙が続き、やがて子爵はゆっくりと顔を上げた。

「よし。――聖者殿の言葉を信じよう」


そして続けるように言った。


「ところで王都に向かうなら、領地からの推薦状を持っていった方が良い。すでに用意してあるから、帰りに受け取ってくれ。教会本部に行くには、貴族区を通らねばならん。聖者の証があっても、手続きで足止めされることがある。推薦状は多いに越したことはないぞ」


「ありがとうございます、助かります」


「ランベール司祭も大司教への紹介状を書いているはずだ。あと――ファルコナー伯爵へは、前もって挨拶に行った方が良いぞ。ランベールもそう言っておっただろう?」


その言葉に、セリアが「あっ」と声を上げた。


どうやらランベールとの会話の中で、そのことが言及されていたのを今思い出したらしい。


「そうか……子爵様はファルコナー伯爵の寄子だったんですね」


レイが驚いたように言うと、子爵は頷いた。

「その通りだ。だからこそ、礼はきちんとした方が良い。さて、王都には馬車で行くのか? それとも船か?」


「うーん、まだ決まっていませんが……」

「そうか、そういえば……スレイプニル。あの伝説の馬は、連れて行くのか?」


その問いに、レイが返事をする前に、子爵がふと思いついたように口を開いた。


「……それなら、我が家の紋章付きの馬車を貸しても良いかもしれんな。あれなら王都のどんな門でも堂々と通れるぞ!」


レイの顔が、ピクリと引きつった。


「え、あの……子爵様、それは……」


子爵は気づかず話を続けようとするが、レイの脳裏には、スレイプニルがその豪華な馬車を一瞬でぶっ壊す映像が鮮明に浮かんでいた。


――いや、絶対にそうなる……!


レイは焦りながらも、できるだけ自然な口調で切り出す。


「実はスレイプニル、あまり豪華なものを見るとテンションが上がりすぎて暴走しちゃうんです。以前も、浮かれすぎて……崖から飛び降りそうになりまして……」


「な、なにっ!?」


さすがに子爵も驚きを隠せない。


「それは……確かに避けた方が良さそうだな……」


レイは真剣な表情を作りながらも、心の中で静かにガッツポーズを決めた。


(よしっ……! うまく断れた……!)


「安全第一、ですから」


そう言って静かに頷くレイに、子爵も「うむ」と真面目な顔で返した。


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