第150話(隠された真実への道)
レイたちはフロストッチの町の門前に立っていた。
冷たい潮風が吹き抜けるなか、彼らはアルに教わったコニファー村の方言を頭の中で反復している。
町に入るには通行税が必要だが、それ以上に警戒すべきは門番の目だった。
少しでも不審に思われれば、即座に足止めされる。
門番は腰に手を添えたまま、四人をじろりと睨んだ。
無言の時間が数秒続き、順に顔を見比べると、低い声で問いかける。
「……お前たちはどこの者だ? 見たことがない顔ぶれだな」
圧のある声に、レイは一瞬で気持ちを引き締める。
そして、アルに教わった方言を口にした。
「あんちゃん、俺たちはコニファー村から来ただけなんだべ。ちょっと町に用事があってな」
自然な訛りと軽い笑みを添えたが、門番の表情はまるで崩れない。
むしろ目を細め、フィオナとサラに視線を移した。
「……ふうん。コニファー村にしては、随分と……変わった顔ぶれだな」
「変わった?」
レイが訊き返すと、門番は首を傾げた。
「ハーフエルフと猫人がコニファー村に住んでいるなんて、俺は聞いたことがない」
その口調には明らかな疑念がにじむ。
門番の視線が腰の剣に流れたのを見て、レイはすぐに補足した。
「ああ、それはだな。この二人は、レドイッチから来たお客なんだべよ。ちょっと前からウチに滞在しててな。今日はこの嫁さんと一緒に、みんなで町を見に来ただけなんだ」
「嫁さん?」
門番が怪訝そうに眉を上げた瞬間、セリアがためらいなくレイの腕を取った。
「そうだべ。こっちの町の名物を見せてやろうって思ってな。まったく、この人ったら無理してでも案内したいって言うから、しょうがなくついてきたんだべよ」
ふわりと微笑むセリアに、門番の目が一瞬だけ迷うように揺れた。
「ふむ……だが、コニファー村の人間はあまり町には来ないと聞くが?」
「そりゃそうだべ。ウチもほんとは山でのんびりしてたいんだけどよ。ちょっと大事な届け物があってな。帰りに市場で干し肉でも買っていこうと思ってたところだ」
レイは自然に話をつなぎ、できる限り平然を装った。
門番はしばらく沈黙し、今度はフィオナに視線を向ける。
「そちらのお嬢さん。レドイッチから来たそうだが、名前は?」
フィオナは少し戸惑ったが、すぐに姿勢を正した。
「……レオナ・ルーエンです。レドイッチの東側の出です。叔父の家に一時滞在しておりまして。今は、お世話になっているこの方たちと行動しています」
その落ち着いた口調に、門番の表情がわずかに和らぐ。
「……なるほどな。だが猫人族の方は、やけに元気そうだな」
「ニャ?」
サラが一歩前に出て、胸を張る。
「そっちのレドイッチの市場はニャ、そんなに大したことニャいから、こっちの町に期待してるニャ!この町の食べ物が美味しいって聞いたからニャ、ぜったい食べて帰りたいニャ!」
勢いよくまくしたてるサラに、門番の口元がようやく緩んだ。
警戒の色がわずかに解け、口調も柔らかくなる。
「……まぁ、いいだろう。四人で通行税、銀貨一枚だ」
「へい」
レイはすぐにポーチを開き、銀貨を一枚取り出して渡す。
門番は刻印を確認し、しばし手の中で転がしたあと、満足げにうなずいた。
「よし、通っていいぞ。変な真似はするなよ。町の中は見張りが多いからな」
レイたちは軽く会釈し、門をくぐる。
背後で、門番の「気をつけてな」という声が風に混じって聞こえた。
町に入ると、セリアがそっとフィオナの肩に手を置いた。
「設定だから仕方ないわよね、フィオナ」
フィオナはため息をつき、肩を落とす。
「そうだ、これはただの設定なんだ…設定なんだ…」
自分に言い聞かせるように呟く声に、サラがくすくすと笑った。
その空気に、レイも思わず苦笑する。
緊張の抜けた空気が、ようやく彼らの周囲に戻ってきていた。
こうしてレイたちは、無事にフロストッチの町へ足を踏み入れ、散策を始められた。
まず宿屋にチェックインを済ませると、レイは女将に旅行者を装って町の情報を尋ねた。
目的は、探している“大きな屋敷”が町のどのあたりにあるかを突き止めることだった。
レイは女将に向かって、ガラスの瓶を大事そうに見せながら言った。
「この町のお金持ちの人に見てもらいたいものがあってですね」
女将は瓶を覗き込みながら答える。
「この町の東にある丘の上には、立派なお屋敷を持つ方が何軒かいらっしゃいますが……一見さんはお断りされるかもしれませんよ」
「まあ、そうですよね」
レイは笑って頷いた。
目当ての場所が分かった彼らは礼を言い、町の東へと向かった。
歩きながら、セリアが何気なく問いかける。
「ねぇ、レイ君、ちょっと聞きたいんだけど、そのスラスラ出る嘘はどこで覚えたの?」
「えっ、なんのことですか?」
レイが首をかしげた。
「さっきの瓶の話よ」
「そうだな。門番の時も、なかなかの演技だったぞ」
フィオナが横から口を挟む。
レイは少し照れくさそうに笑った。
「演技するときは、昔シスターに読み聞かせてもらった『影の密偵』の物語の主人公になった気分でやるんです。そうすると、不思議と上手くいくんですよ」
セリアとフィオナは顔を見合わせた。
「影の密偵ねぇ…」
二人の表情には、感心と呆れが入り混じっていた。
そんな会話を交わしているうちに、彼らは目的地の丘にたどり着いた。
そこには大きな屋敷がいくつも並び、夕暮れの光に照らされている。
レイたちは、目立つ一軒一軒を丁寧に見比べながら進んだ。
レイはふと立ち止まり、独り言のように呟く。
「この辺りの屋敷がいくつも並んでる景色は、少し懐かしい気もするな…」
彼は視線を動かしながら、一つひとつの屋敷を観察した。
その時、屋敷の前で話し込む二人の男が目に入った。
黒いローブの男と白衣の男が、何かを密談しているように見える。
胸の奥がざわついた。
だが気のせいかもしれないと自分に言い聞かせながら、レイはじっとその二人を見つめる。
「…あの白衣の男、どこかで見たことがあるニャ…」
サラが小声で呟いた。
その一言で、レイの心臓が一気に高鳴る。
「どこで見たの?」
セリアがすぐに問い詰める。
「ファルコニャーで、リリーとケイルと一緒に白衣の男を探している時に、あの男を見たニャ」
サラの言葉に、セリアが反応した。
何かを思い出したように、身を乗り出す。
「セリアさん、待って!」
レイはセリアの腕を掴んで引き止めた。
「もしあの男が、セリアさんが探している黒いローブの男だったとしても――今、突っ込んだらシラを切られて逃げられるだけです。ここでの騒ぎは避けましょう」
セリアはレイを睨みつけたが、やがてその言葉の意味を理解し、息を整えた。
唇を噛み、悔しそうに目を伏せる。
フィオナもレイの判断に同意し、落ち着いた声で言った。
「確かに、今は慎重に行動するべきだ。あの男たちがどこに行くのかを見守りつつ、ここでの目的を果たそう」
サラも頷く。
「ニャ、ここは敵地ニャ!無茶はしない方がいいニャ」
「代わりにオレがここからアイツらの特徴を探ります」
レイはアルに視覚の強化を頼んだ。
視界が鮮明になり、男たちの細部が見えてくる。
白衣の男の顔ははっきり確認できたが、黒いローブの男は深くフードをかぶっており、顔が分からない。
レイは周囲をうかがいながら、少しずつ角度を変えて観察した。
やがて、黒いローブの男の右のあごに五セルほどの傷跡があることに気づいた。
「アイツの右のあごに、五セルの傷跡があることだけ分かりました」
レイは自分のあごを指でなぞりながら、セリアに伝えた。
――今はこれで十分だ。きっと、どこかでチャンスがくる。
レイたちは二人に気づかれないよう慎重に距離を保ちながら、屋敷の調査を続けた。
レイの心臓はまだ速く打っていたが、焦ってはいけないと自分に言い聞かせる。
レイ達が求める答えは、この丘のどこかに必ずあると信じて。
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