悪役令嬢に拾われた俺が攻略対象ってなんの冗談ですか!?
あー、腹減った。
寒風吹きすさぶ公園のベンチで一人座り、さっきからグウグウ鳴り続ける腹をさすってみる。最後にまともにメシ食ったの……いつだったっけ。
俺は石動卯月。歳は十九歳。名前が示すように三月生まれの元会社員──だった。
と、いうのも。
地元の高校を卒業して二年。
いつものように土日を過ごし、当たり前のように会社の寮から通勤してみたら、ざわざわと社員たちが垣根を作って入口を囲んでいる。なんとかかき分けて中を覗き見れば、あちらこちらに差押のお札が。一体全体どういう事だと、当然社長に問い詰める気満々だったのに、当の社長は雲隠れで連絡も取れやしない。どうやら他の社員も同じ事を実践済だったらしい。
喧騒の中やってきた破産管財人とやらが場をおさめて言うには、会社は倒産だと。しかも、寮も抵当に入っているそうで、数少ない寮の使用者はなし崩しで追い出された。
普通、こういったのって、猶予とかあるんじゃないか。
弁護士に相談するにしてもお財布事情の寒い俺には無理だ。
まあ、反論する前に荷物ごと強制的に追いやられたんで、家財道具は売れる物は売って、当座の資金に回した。なぜなら、給料も未払いでトンズラされたからな。
一応、これでも切り詰めて生活してたんだけど、元々薄給な上に、バカ高い寮費を天引きされてたせいで、いつも財布は雀の涙状態。おかげで自炊は得意になったけども……
グウゥゥゥゥ……
「あー、はらへった……」
そんな身の上に降りかかった騒動が一か月前。日に何度か銀行に寄って、もしかしたら、と残額を確かめるものの、まぁ……未払の給料が入金なんてされてる訳もなく、生きている以上はお金は自然と減っていく。
寮を追い出された当初は、マン喫とかで凌いでたんだけど、それも二週間前に払うのが辛くなり、そのままこの公園のベンチに居座っている。が、ギリギリまで切り詰めた食費も五日前に底をつき、財布の中には百円玉一枚と十円玉と一円玉が数枚。
暖を取るすべもなく、空腹でこのまま餓死すんじゃないか。
まともな神経なら行政に頼るって思考になるんだろうけども、底辺高校を卒業して、そこからはブラック企業で働いていたせいで、世間に疎い俺は気づく筈もなかったが。
俺、このまま誰にも看取られる事なく餓死してしまうんじゃなかろうか。
グウグウ抗議してくる腹を再び撫で、こうなったら寝てごまかそうと、ベンチに横になり目を閉じてすぐ。
「お父様、私この子が飼いたいわ」
鈴が転がるような声ってこういうのをいうのだろうか。幼さのある少しだけ舌っ足らずなのに、なぜか内容は居丈高な物言いが聞こえ、閉じた目を開くと。
「あ、起きた。ほら、やっぱり生きてたわ、お父様」
天使と見まごう容姿の幼女が、長い足の隣でにっこりと微笑んでいた。
見るからに質の良い生地をふんだんに使用したワンピースには、精緻なレースや刺繍のほどこされたリボンが寒風が吹く度にふわりと揺れる。肩からファーのショートポンチョがフワフワで、斜めがけのポシェットが子供らしくて微笑ましい。
そのお高そうな服の持ち主は、まっすぐな黒髪をハーフトップにして大きなリボンで留められている。興味深げに動く瞳はこぼれそうに大きく、桜色の唇はにっこりと笑みを浮かべていた。
おおよそだけど、幼稚園児くらいだろう。倒産した会社が服飾関係で、子供向けのラインも作ってた筈だから。
「だ……」
「葉月、人はペットではないと何度言えば……すなまい、そこの君。娘が失礼な事を言ってしまったね」
「……いえ」
疑問を遮り、長い足が幼女をたしなめている。いや、足が喋るとかホラーだろ。というか、この幼女、見た目に反して言い方きっついな。長い脚に対して「お父様」と呼んでいたから、きっと幼女の父親だと思う。
普通は他人に向かって「お父様」とは言わんしな。しっかし、どっから現れたんだ。
俺は億劫な目を上へと向ける。いやはや、世の中不条理ですわ。美幼女の父親(らしい人物)は、やはりイケメンだった。歳は二十代後半から三十代前半位だろう。
これまたお高そうなスーツとコートを着ていて、細められた双眸は幼女と同じ瞳の色で、二人が親子もしくは親類関係なのだと如実にしていた。
金持ってそうなDNAには、美形要素も含まれてんじゃないのだろうか。不公平すぎる。
「急に娘が話かけて済まないね。しかも失礼千万な事を言って……。ところで、更に余計なお世話かもしれないが、こんな寒い場所で寝ていたら、体調を崩してしまうよ」
顔色も悪いようだし、と心配そうに美形が顔を歪めて心配してくれるのが、今の空虚な胸を温め、無意識に涙がこぼれていた。
「お、お父様っ。な、泣いちゃったわ!」
さっきまで高慢な印象だった幼女が、俺の涙を見てオロオロと俺と父親を何度も見ている。
会社には仲の良い人間もいたが、こうも無条件に心をいたわってくれるヤツは居なかったから、色んな出来事が一か月の間に立て続けに起こったせいで涙腺が脆くなっているようだ。
幼女をびっくりさせてしまい、本当心苦しい。でも一度出たものってなかなか止めるのって難しいんだよ。
「落ち着きなさい葉月。泣いている人にはどうすればいいのか分かるかい?」
「あっ! ご本で主人公がハンカチを渡していたわっ」
「気づいたのなら、葉月もそうしてあげなさい」
「わかったわ!」
ボロボロ大粒の涙を流してる俺を見て、父親は瞠目する幼女へ優しく語りかける。
この人、上から押さえつけるタイプの親じゃなくて、本人に考えさせるように誘導するのが上手いタイプのようだ。
幼女は大きく頷いて、ポシェットに勢いよく手を突っ込む。そういった部分は子供らしくて、涙をボロボロ流しながら眺めていると、これまでの勢いが嘘のように幼女の手に握られたハンカチがそっと目尻に充てられる。
「……泣いちゃうくらい痛いのよね。我慢すると、胸に悲しみがいっぱい詰まって苦しくなるんだって、亡くなったお母様が言ってたわ。だから、泣くのは我慢しちゃ駄目なんですって」
つたないながら俺の涙を拭いながら話す幼女の横で、父親が少しだけさみしげな表情になる。亡くなったお母様。ああ……彼らは父子家庭で、富裕だけど寂しさをかかえているのか、と察してしまう。
俺は自然と伸ばした右手で、幼女のまろい頭を優しく撫でる。綺麗に整えられた髪型が崩れないよう、艶やかな流れに沿ってゆるゆると。この子は根は素直で優しい子なのだと、父親の負担にならないように必死で虚勢を張っているのだと気づいてしまった。
「……りが、と」
「え?」
「ありがとう。えっと、葉月ちゃん? で、良かったかな。俺さ、ここ最近不幸続きだったんだけど、君に出会えて、マジで今一番幸せだと実感したよ」
「しあわせ?」
「ああ」
こんな明らかに浮浪めいた俺に対して嫌悪する事なく、幼女は首を傾げながらも撫でる手を払おうともしない。それは父親の方もで、俺たちの事を微笑ましそうに見つめている。
「君、初対面でこんな事を尋ねるのもどうかと迷ったが、一体全体、どうしてこのような場所で寝ていたのかな。もしかしたら、僕が力になれるかもしれないし」
「え、そ、そんな、見知らぬ俺に優しくしないで……っ、うぅっ」
「もう、お父様。この子を泣かせたらだめじゃない」
「ああ、ごめんよ葉月。どちらにしても葉月が関わった以上、このまま放置する訳にもいかないし、袖振り合うも他生の縁って言うだろう?」
「……それもそうね」
なんだか親子で会話が完結してるぽいが、俺は父親の方に促され、これまでの事、これからの事をポツリポツリと話していた。途中で、父親の秘書らしきカッチリした男性が不釣り合いなコンビニ袋いっぱいにおにぎりや飲み物を差し入れてくれて、ひたすら空っぽの胃袋に詰め込みながらだったけど。
で、今更ながらお互い自己紹介をした。
父親は立花睦月。会社を経営してるとの事だ。歳は三十一歳。
そして幼女──ではなく、葉月ちゃんは幼稚園の年長さんで六歳。本人いわく「立派なレディ」との事らしい。
「なるほど……」
「もうにっちもさっちもいかない状況で……」
「あなたかわいそうだったのね……」
今度は幼女が俺の頭を必死に背伸びして撫でてくれる。
最初はペットとか不穏な発言をしていた幼女だったが、こうしてじっくり見てみると、そこらの子供にしては見栄えも良く、実に素直な子供に感じられた。
正直、父子家庭の彼女に対して、同情的になったのも否定しない。
俺の場合は、数年前に北の方の震災で両親を失ってしまったのだが……
そこから這い上がるつもりで懸命に勉学を励み、かろうじて入った会社は突然倒産して、現状は浮浪者に片足突っ込んだ状況で……うぅ、涙出てきそう。
じーん、としていた俺に、面映そうな幼女はおよそ子供らしくない発言を、喜々として告げたのである。
「じゃあ、私があなたを飼ってあげる! そうしたら、あなたも私も、もっと幸せになれるわ!」
──はい?
十年後、葉月嬢に側仕えとして飼われるようになった俺は、彼女からこの世界が乙女ゲームなる物の世界で、しかも俺が攻略対象者の一人だと知らされる事になるなど知る由もなかった。
そして、彼女が俺を拾った目的も──





