転生巫女は『厄除け』スキルを持っているようです ~使いすぎにはご用心!!〜
医者の不養生。紺屋の白袴。髪結い髪結わず。
どれも他人のことに時間をかけて自分のことに手をかける暇がないことを示すことわざだ。では、神職の場合はどうなんだろうか。坊主の不信心、いや違うか。あれは仏教だもんな。どちらかといえば『巫女の不信仰』といったほうがいいのか。
何はともあれ、私は死んだ。正確にいえば、交通事故に遭って死んだ。
正月の初詣ついでに健康やら病気平癒やら交通安全やらを祈願しにきた他人のために、巫女として祝詞をずっと奉じていたけど、自分の交通安全とかは時間がなくて全然祈願してなかったなぁということに気づいたが、後の祭り。
というか、その帰り道に交通事故に遭ったのは……まさか日頃の行い?
でも、神様は見捨てなかったようだ。いや、放っておいてくれなかった。なんだかよくわからない真っ白な場所で、神様(仮)は私に問いかけてきた。
『新しい世界で生活してみないか?』
「断ります。もうゆっくりさせてください」
『いや、でも、まだし足りないこととかあったんじゃないのか?』
「ありますけど、特に今更したいなんて思ってはいないので、結構です」
『……――じゃあ、異能力を持ってみたいとは思わないか?』
「う―ん、面白そうですけどぉ」
ぶつちゃけ面倒。異能力なんかってあれでしょ? なにかに巻きこまれるアレですよね。
『じゃあ、決まりだな。では神川美湖、地球で巫女だった君にぴったりの異能力を授けよう。特に使命なんてない。ゆっくりと暮らすがよい』
うん?
今神様、なんて言った?
ゆっくりと暮らすがよい?
「あの神様、ふざけるなぁ‼︎」
こちらへ強制転生させた神にたいして叫びつつ、起きあがる。最近、なんかストレス溜まってたっけ? 特にないはずなのに、ついあの時を思いだしちゃったようで、余計に蒸されちゃってるじゃん。あぁ気持ち悪い。
「大丈夫、ミコ? なんだかすごい形相だけど」
私の心の叫びはどうやら現実にまで噴きでていたようで、心配そうに緑髪の少女が覗きこんでいた。彼女の容貌は普通の人のそれではない。緑の髪に長耳の特徴をもつ長命族。彼女はお姉さん気質で事あるごとに心配してくれる。その気遣いは本当にありがたいが、ううんと横に首を振る。
日本で交通事故に遭った私はどうやらあの神様によって転生させられた所は地球とは似て非なるところ。
あのときまでは特に変哲もない《普通》の子だった私のはずなのにどうしてこうなった。
《普通》の武器職人の長女でこの国によくありがちな黒髪碧眼という《普通》の容姿、《普通》の物覚えのよさ。
そんな《普通》の私だけど、どうやらあの神はとんでもないスキルをくれたようだった。
それが発覚したのは十一歳のとき。
たまたま近くの山で大雨が降り、川が氾濫したとき、『うちの村には被害がありませんように』って心の中で祈ったら、本当に村全体に被害がなかった。
それだけだったら偶然だと笑って済ませられたんだけど、十二歳の夏、魔物の襲撃でハンタ―たちのために武器を作っていた父親のそばで見ていた私は、『ハンタ―さんたちが無事に帰ってこれますように』という祈りを心の中でしてしまった。
村の職人の何人かがハンタ―たちの武器を作っていたのだが、父親の作った武器を持った人だけが文字通り『無傷』だったのだ。そのとき気づかれてもおかしくなったけど、どうやら武器の質が良かったということで片づけられ、私にまで注目されることはなかった。
そう。どんな災難でも周囲に降りかからないスキル、その名も『厄除け』。
十三歳で前世の記憶、そしてスキルを覚醒させたあと、ちょっと冒険してきたいと飛びこんだ公設ギルドで出会ったアイリ―ンと二人で組んだフリ―パ―ティ『ラテテイ』であちこち旅してるけど、実はこのスキル、いまだに発覚してない。
一応、過去には所持していた人もいたようで、SSS級スキルに該当するらしいんだが(ギルド職員談)。
私のギルド公認スキルは『総合洗浄』。どんなものだろうと対象物を洗浄するもの。ただし、前世の性格が影響してるのか、微妙に取り残しがあるという欠点があって、そのせいでC級判定をくらってる。
おのれ、神め。
「今日は川辺の除霊と薬草集めでしたよね?」
テントから出て、アイリ―ンお手製の携帯かまどで朝食を用意してると、もうひとりのメンバ―である猫耳族のミミィがそうおそるおそる尋ねる。
彼女は元奴隷。ふらりと立ち寄った街で、奴隷オ―クションにかけられているところをアイリ―ンの『審美眼』スキルで見つけだし、彼女の交渉術(と私がかけた『厄除け』)で彼女を守った。
通常、猫耳族は茶色か白色の毛並みらしいが、彼女は突然変異種らしく、毛が銀色だ。その希少価値の高さから拉致されて、この国でオ―クションにかけられそうになったという。小柄で毛並みが美しい彼女は我々の、いや、私の癒しになってる。
……――え? そもそも『厄除け』は自分への災い避けなんじゃないのかって?
そうなんだよ。前世ではひたすら他人への祝詞を奉じてたからか、『自分へ』ではなく、『他人へ』への厄除けになったみたいだ。それがわかったときはこのクソ野郎と、スキル付与した神を罵ったが、それでミミィとも出会えたからよしとしてる、今は。
閑話休題。
そういうことで引きとった彼女はいまだに敬語が抜けない。個人的には敬語猫耳少女というのもいいけど、やはり心の壁を取っ払いたい。
う―む。悩みどころだけど、今は手元に集中しよ。
「そうね。除霊は依頼された仕事だけど、隣国への路銀も稼いでおきたいわね。ついでにここら辺に出てるって噂のミドリウサギを狩ろうかしら」
考え込んでいた私を横目にアイリ―ンはそれに頷く。ミミィは了解ですっと嬉しそうにして、準備のためにテントに戻っていく。
凶暴なミドリウサギ。見た目は可愛いのだが、A級ハンタ―でも手こずる凶暴さの持ち主。
気弱そうに見えるミミィだけど、戦闘をさせたらピカイチ。私やアイリ―ンもある程度戦闘はできるが、二人あわせた攻撃力を超える威力を彼女は出せる。下手すると王国の騎士団一個潰せるんじゃないかというくらいなんだよねぇ。もちろんやり合ったことはないが。
ところでアイリ―ンの口から出た『隣国への路銀稼ぎ』。ギルドに所属するパ―ティは職業と希少度、能力で格付けされ、それに応じて行動の自由度が違う。三つの合計ランクが低いほど自由に行き来でき、特殊なスキルや高ランクの持ち主は国家ぐるみで隠匿されることもある。私のスキルは希少だろうが、発覚してないので、ある意味勝ち組だった。
アイリ―ンは能力と職業はB級、駆け出しのため階級はCとされている。ミミィも能力こそA級だけど、職業と階級はそれぞれC級なので、自由に動けるのだ。私? 私は(認定上は)職業・階級・能力Cなのだよ、ははは。
朝食をとりおえた私たちは例の川辺に行く。ここは街のはずれにあり、人通りは少ない。
私はさっさと簡易祭壇を組んで『洗浄』をはじめることにした。霊感が強くない私でも良くない場所だとわかったので、さっさとことを済ませたい。
この作業に複数人必要ない。二人には薬草採取とミドリウサギ狩りに勤しんでもらっている。その方が私の気が散らないし、なにより『厄除け』スキルがバレるのを防ぎたいのだよ。たとえ、仲間といえども。
私の『洗浄』は神式で行う。ニワトコで作った神棚、ライグラスのしめ縄、ロ―ズマリ―の玉串でお祓いをする。滅茶苦茶匂いが強いけど、そこは我慢しよう。
「掛けまくも畏き神の広き厚き恩恵を奉じ、高き尊き神のまにまに。家門高く身すこやかに世の為、人の為につくし霊たちよ、安らかに眠り給へ」
私の祝詞の半分はオリジナルだけど、しっかりと心をこめているのできちんと『洗浄』できてるようだ。
今回もきちんと駆除できたようで、さっきと違ってほとんど淀みが消えてる。ついでに周辺に『厄除け』を付与しておく。
「はぁ、終わった終わった」
この作業は昔からの馴染みの作業だからか、片づけにも時間はかからない。
ふたりがまだ帰ってこないので、日陰で気もちよく涼んでると、近くの茂みが揺れている。なんだろうと思ってそちらを行くと、そこにはミドリウサギがいた。
「げっ」
私にはそれに対する攻撃力は持ちあわせてない。
どうしよう。
そのとき鋭い音とともにミドリウサギが三つにスライスされた。それから吹きでたぬめっとした液体がかかる。いつもならば計算して討伐してくれるミミィが計算ミスしたのだと思って、苦笑いしながらありがとうって言いながら振りむくと、金髪のイケメンがいた。後光がさしてまぶしいな。どうやらこいつが討伐してくれたらしい。
しっかし、白の軍服についてる徽章は王国大将の位を示してる。そんな人がなんで辺鄙なところにいるのだろうか。
「……――あんた誰?」
「助けてもらったのにあんた呼ばわりか」
心の声が漏れた私にイケメンは不満そうな声をあげる。
「いや、いい。それよりお前、この辺で『厄除け』スキルを使ったヤツ知らないか? 国から保護しろと命令が出てて捜索してたんだが、今さっき、ソイツが使った気配がしてな」
イケメンさんはすっと気分を切りかえたようだが……さて、どうやって答えましょう?





