28. ひとつの終焉
刃を向けられている者の驚きに満ちた表情を見れば、その者をどれほど信用していたかは想像できる。
それなのに、裏切られた。
陛下や家族以外、この場にいる誰もが信用などできない。親しい者にさえ裏切られるのに、よく知りもしない他人などなおさら。
他人が側にいる事自体に何かが這い上がってくるような恐怖を覚えた。
それは私だけでなく、多くの者が疑心暗鬼にとりつかれ青ざめた顔で近くの者を見回している。
そしてこの場の恐怖が最高潮に達しようとしたその瞬間、バン、と音を立てて聖堂の扉が勢い良く開いた。
「大変です!国境でルナハトの軍勢が確認されました!」
入ってきたのは伝令の兵士だった。言い終わると同時に聖堂で起こっている現状を見て、目を見開き硬直している。
「馬鹿な!」
一気に騒然となる中、誰よりも驚いていたのはルナハト王自身だった。
「そんなはずはない!私がここにいるというのに、そんな馬鹿な事が起こるはずないだろう!」
「いいや、本当だとも。あなたの弟君とは懇意にしていただいているよ。敬虔とは言い難いが話の分かるお人だ。少々、野心は強すぎるようだがね」
「……!」
絶句してルナハト王は青ざめる。
話を聞くに、ルナハトの王弟と何かしらの取引があったのだろう。おそらく、王位の簒奪に関するような何かが。
今やこの場は、いやナセルは混乱状態に近い。
いたるところにアズルムの信徒が潜み、国境では軍が今にも攻めようとしてきている。しかしながら人質をとられているため、すぐにこの場を収める事も国境への指揮をとることもできない。仮にも正妃の宣誓式という数十年に一度しかない重要な儀式ということもあり、国の主要な者はほとんどこの場にいるのだ。
「さあ取引をしよう、ナセル王。もう一度鐘の音が鳴れば国境の軍は進行を開始し、城や城下いる者達も攻撃を開始する。ここにいらっしゃる高貴な客人はもちろんのこと、罪のない民衆が数多く犠牲になるだろう。王として、それは避けたいことではないかな?」
この場においての絶対者とも言える者の声を遮る者などいない。
形成が逆転したこの場で、それを成した男の声が朗々と響いた。
「……」
誰もが口を閉じる中、しかし問いかけられた陛下も同様に無言を貫いていた。
怯えもなく、動揺もした様子もなく、ただ無表情にオルドを見ている。
そういえば、陛下は聖堂にいらっしゃってからこの騒動の最中もずっと、何もおっしゃっていない。本来ならいち早くこの場を収めるであろうお人が。しかし疑問を考える間も無く、オルドの声が響いた。
「我らの注文はただひとつ。神を返していただきたい。そして我らがルナハト軍に合流するまでじっとしてくれれば良い。簡単な話だろう?」
何も言わない陛下に構うことなく、オルドは要求を言う。いや、この状況を見れば要求とは言えない。大陸の要人とナセル国民の命を盾にした断りようのないこれは、もはや命令だ。
聖堂中の視線が陛下へと集まる。
そのほとんどは、早くアラム様をオルドに渡せと訴えていた。
彼らにとってほとんど価値もない娘を一人渡すことに、不利益なことなど何もない。多くの人の命とは比べるべくもない簡単な話だと、そう思える。
けれど彼らは分かっていない。今アラム様を渡せば、きっとこの大陸は再び荒れる。
ほとんどの力を削られた亡国の生き残りと多くの者は舐めるだろうが、大半の力を削られてもなおここまで成し遂げたのだ。そんな手腕を持つオルドが、神と力を取り戻せば平和に甘んじるはずがない。
けれど、もしも今アズルムの者に行動されれば多くの血が流れることは明白だ。数の利で勝つことはできるだろうが、被害も甚大になるだろう。
オルド自身も称したように、彼らは窮鼠だ。
彼らに残った全てをかけて神の奪還に挑んでいる。それができないとなれば、できる限り多くのものを道連れにしていくだろう。騎士に守られているといっても私や腹の子だって他人事ではない。 本当に最悪の場合、陛下の首さえ落ちる可能性もある。
未来の平和と、今この時危機にさらされている貴人と民の命。この二つの選択を迫られ、多くの不安と懇願の視線の中、陛下はゆっくりと口を開いた。
「断る」
しん、とまるで時間が止まったかのように完全に静まり返った。
呆然とした空気に構うことなく、陛下はきっぱりとした口調で言った。
「私達の未来にアズルムの神は必要ない。神にはもう、退場していただく」
「この者達がどうなっても良いのか!?私の合図ひとつでこの場に留まらず国中で血が流れる事になるぞ」
「何を言おうとも答えは変わらぬ。そなたこそ退場の時だ、神の狗」
オルドの顔が歪む。無理もない。彼は賭けに負けたのだ。
けれど私たちも無事では済まない。陛下は未来ではなく、今戦うことを選択したのだ。
一斉に兵士達が剣を構える手に力を込める。
私も震えそうになる足を叱咤し、いつでも動けるように身構えた。
陛下の選択が間違っていたとは思わない。未来のためにこれは必要な戦いだ。
私は剣を持ち戦う事はできない。けれど、腹の子だけは必ず守る。
オルドは被っていた帽子を脱ぎ捨て、露わになった火傷の跡を歪ませて叫んだ。
「ならば我らは命ある限り戦うまでだ!鐘を鳴らせ!神を取り戻すのだ!!」
鐘が鳴る。
反響し、窓ガラスが震えるほどの音で。そして、人では追いつけない速さで遥か遠くまで音を届ける。
鐘の音を聞いた各所の街もまた鐘を鳴らし、そうして国境に指示が届くのだ。
攻撃を開始せよ、と。
悲鳴が入り混じる。剣が煌めく。
瞬きの間に混乱しきったこの中で、しかしいつの間にか剣を構え言った陛下の言葉が、はっきりと聞こえた気がした。
「捕らえよ」
その瞬間、全てが反転した。
刃を突きつけられていた人がやや乱暴に床に倒され、突きつけていた者は捕縛される。
ドレスや礼服をまとっていた者たちが武器を手にアズルムの信徒を捕らえていく。
まるで、初めから知っていたかのような鮮やかさで。
そして鐘の音が微かな残響を残して消える頃には、一度目に鳴った時とは全く逆の光景が広がっていた。
「お前達がこの舞台を用意していた間私達が何もしてなかったと思うのか。あらかじめ戦える者を貴人の中に紛れさせ配置していた。城や民衆の中に紛れていた者共は式が始まる前に捕縛も終わっている」
呆然と何人もに折り重なるように床に取り押さえられているオルドに、陛下が言う。
オルドは目を見開いて叫んだ。
「馬鹿な……!そんな事できるはずがない!!信徒を把握しているのは私と——」
「俺だけだよね。兄さん」
突如として聞こえたその声は、最後に聞いたのはそれほど前ではないのに、やけに懐かしく聞こえた。
「ノード様……」
かつての英雄。そして神の狗にして裏切り者。
数々の名を背負った彼は、何故かボロボロとも言えるほどあちこちを怪我し、乱れた格好で聖堂の扉の前に立っていた。しかし疲れた様子ではあるものの、いつもの飄々とした雰囲気は変わらず、その目はどこか楽しそうに煌めいている。
オルドはそんなノード様を見て、呆然とした様子で言った。
「カゼス、お前は国境で軍を率いているはずでは」
「ああうん。そっちが終わったからこっちにきたんだ」
そう言って、ノード様は何やら手に持っていたものを無造作にその場に放り投げた。
一見すると、それはただの汚れた布切れのようだった。けれどそれを否定するようにざわめきが広がる。
「ルナハトの将の旗だ」
ざわめきの中でそんな言葉を拾い目を凝らすと、血と土で汚れてはいるが、確かにそれは旗のように見えた。そして、声を信じるのなら、あれはルナハトの誰かの旗なのだろう。
ノード様がそれを持ってきた、その意味は——。
「……っ!」
言いようのない感情が込み上げた。
期待してはいけないと思う一方で、期待するのを止められない。
思わず凝視したその先で、彼はどこか懐かしい、あのへらりとした笑みを浮かべた。
「さすがに高貴な方々に生首は見せられないけど、ま、これでも十分分かりますよね」
そう言って、彼は陛下やアラム様が歩いた絨毯を堂々と進んだ。自然と人々は道を開け、取り押さえられたオルドを通り過ぎ陛下のもとにまで一直線に辿り着く。
そしてノード様は、陛下の前で膝を突いた。
「報告申し上げます。只今国境にいるルナハト軍の指揮官以下上層部は討伐いたしました。現在は待機させている状態ですがどうしますか?」
「退却させよ」
「はっ」
何も知らずに見れば、ただ兵士が陛下に報告をしている特に珍しくもない光景だ。
だがそれがノード様であるという一点で信じられない光景となる。まさに裏切ったかと思われた現場に居合わせた私には尚更だ。
「ガゼス、どういう事だ」
呟くように、オルドが言った。
立ち上がり、ノード様は振り返る。
「どうもこうも、今見ている事が事実だよ、兄さん」
この言葉を信じるならば、ノード様は私達を裏切ってなどいなかったのだ。
けれどそれは、オルドにとっては逆の意味となる。呆然としていたオルドはそれを理解したのか、徐々にその表情を憤怒の色に変えていった。
「裏切ったのか……っ!マキアのみならず、お前まで!!」
「うーん。俺としては裏切ったつもりなんてなかったんだけどね。だって俺、アズルムに忠誠を誓った事なんかなかったから」
「なんだと!?」
「むしろ忠誠を誓える兄さんが不思議でならなかったよ。兄さんはアズルムの下町を一度でも歩いた事がなかった?ガリガリに痩せた子供、身を売る落窪んだ目をした娼婦、片足がなくなって打ち捨てられたかつては兵士だった男。そんな光景は城を少しでも離れれば当たり前に広がってる。あれを作り出した神に忠誠を誓う?冗談じゃない」
唾棄するようにノード様の表情が歪む。
けれどそれは一瞬のことで、すぐにそれは笑みに変わった。
「同じ飼い犬でも、まともに国を治めてるナセルの方がはるかにマシだ。それに今回の件を上手くこなせば、俺が欲しくてしょうがないものをくれるってナセル王は約束してくれたしね。——まあ、何が言いたいかっていうと、結局兄さんはナセル王に一矢報いる事もできず、手のひらの上で踊ってたってわけさ」
憤怒の形相で起き上がろうとオルドはもがく。
陛下はオルドの前に立ち、静かに終わりを告げた。
「もう何をしても無駄だ。諦めて投降しろ、神の狗」
「———っ!」
獣のような叫び声が響く。何人もで取り押さえているはずなのに嘘のように揺れ、兵士が加勢しようと近づいた。
その瞬間だった。オルドはその兵士の足を掴んで転ばせ、腰に佩いていた剣を抜き取った。
剣が振られ、取り押さえていた者達が血を流して床に転がる。
あっという間に兵士達の檻から抜け出したオルドは、剣を振りかざして陛下に斬りかかった。
「陛下っ!」
「お前さえいなければあああああっ!」
剣と剣がぶつかる鈍い音がした。
オルドが斬りかかり、陛下がそれを受ける。唸り声をあげながら振るわれる剣は、重そうでいて勢いがあった。
あまりに激しい剣戟に周りの兵士達も入り込む事ができない。ノード様ならと駆け寄ったが、彼は楽しそうに笑って見ているだけだった。
「ノード様!陛下を助けてください!」
「あ、久しぶりですセーレ様。その節は怖がらせてしまいすみませんでした。怪我の様子はどうですか?」
「そんな事より陛下を!」
あまりにも暢気な様子で笑うので、思わず掴みかかる勢いで詰め寄るとノード様は降参するように両手を挙げた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。むしろ今割り込んだら邪魔にしかなりません」
「でも!」
戦いに関しては素人だが、そんな私でも分かるほどオルドは強い。
今だって陛下はオルドの攻撃を全て捌いているが、あまりの勢いに攻撃にでられないでいる。
「よく見てください。攻撃にでないのはわざとですよ。正気でない兄に負けるほど、ナセル王は柔じゃないです。それにいざとなったら、ちゃんと助けに出ますから」
そう言ってノード様は剣に手をやってみせるが、全く安心などできない。
オルドが一際大きく唸り、剣を振り下ろす。それを受ける剣の音があまりにも大きくて悲鳴が上がりそうになった。陛下は難なくそれを流し、一歩下がり次の攻撃に備える。
相変わらず攻撃にはでないが、陛下の表情は冷静そのものだ。対照的にオルドは顔を真っ赤にし怒りに満ちている。
確かにこの様子を見れば、陛下が押されているだけでない事は分かる。けれど平静でいるなんて無理だ。どうしたって剣が振られるたびに恐怖するのを止めることはできない。あれほど勢いのある剣だ。ほんの少しでも当たってしまえば絶対に無事では済まない。
しかし、私の心配は他所に戦いは続く。
だが、やがて勢いのあったオルドも疲れがでてきたのか衰えてきた。それを待っていたかのように陛下は攻撃へ転じ、今度はオルドが押されていく。
顔を歪ませ、苦しそうに息を乱しながらもオルドは戦うが、勢いは衰える一方だった。
「お前さえいなければ我が君は……!おのれ、おのれえええっ!!」
オルドが叫ぶ。
陛下に負けて欲しいなんて絶対に思わない。けれど、その声に込められた悲しみに、胸が痛む事は止められなかった。
陛下の剣が、一際勢い良く振られる。それはオルドの剣に当たり、ついに弾き飛ばした。
甲高い金属が響く。
それが合図のように、兵士達がオルドを捕らえにかかった。
「……っ!」
「おっと」
安堵のあまり力が抜け、ふらついたところを咄嗟にノード様に支えられた。
戦いは終わったが、まだ全て終わったわけじゃない。ノード様に礼を言い、一人で立つ。
前を見ると、オルドは兵士達によって今度はどうあっても逃れられないほど厳重に捕らえられていた。
そのオルドを見下ろし、陛下は言った。
「そなたの忠誠心には純粋に感服する。だが、できる事はもう何もない。いや、何をしようともアズルムが復活する事は未来永劫決して許さぬ」
「うぬぼれるなよナセル王!私が死んだとしても、信徒は民の中に、貴族の中に、この大陸中にいるのだ。その者達がいつの日か、必ずや神を取り戻し、この穢れた国を滅ぼすだろう!貴様はその日をせいぜい怯えて待つがいい!!」
「……」
それは、窮鼠が最後に放った呪いだった。
ありえない話ではないのだ。
いくら宣誓によって否定しようとも、異教の神に誓った言葉はアズルムの信徒にとって果たしてどれほどの意味があるのだろうか。
もちろん政治的な意味合いではかなりの効力があるだろうし、今回の事で主要な残党はほとんど囚われたのだ。アズルムの復興などもはや不可能に近い。
だが、それでも信徒がまだいる以上絶対にないとは言い切れない事は確かだった。
同じ事を考えているのか、皆暗い面持ちでオルドの言葉を受け止めている。
嫌な沈黙が落ちる中、それを壊すようにカツンと、小さな足音が響いた。
「ねえ。あんた達はさ、逃げてた間あたし以外にも太陽の瞳を持った人がいないか散々探したんでしょう?見つかった?」
アラム様だった。
まるで友人と世間話でもするかのような軽い口調で言いながら、護衛の兵士達の中から歩み出てくる。
この場の注目を浴びても緊張している様子はない。妙に落ち着き払ったその様子はまるで彼女が一気に大人になったかのようで、ひどく違和感を覚えた。
「いいえ。残念ながらあなた様だけです。けれど、必ずや他の方も見つけて——」
「見つからなかったんだね。じゃあ、今太陽の瞳を持っているのはきっとあたしだけだ。そして、神なんかじゃないって誓っても、それでもあんた達にとってはあたしは神のまま」
そう言って、アラム様はどこか諦めたように笑った。いつだって先をまっすぐ見ていた彼女にはあまりにも似合わない笑みだった。
なんだか妙に胸騒ぎがし、アラム様に駆け寄りたい衝動にかられた。だが、さすがに今それを行動に移すことはできない。
「もちろんでございます。卑怯なナセル王に何を言わされようと、あなた様は変わらず私達が信じる神。その輝く太陽の瞳が何よりも確かな証です」
「そうだね。いくら否定したって、子供を生めなくしたって、この瞳をあたしが持ってることは変わらない。あたしがいる限り、きっと諦めない人達はこれからも出て来る」
「その通りです。いつかきっと、御前に仲間の誰かが見える日が訪れるでしょう。だからどうか気を長くお待ちください」
「……」
僅かにアラム様の眉間に皺が寄る。素直に表現されたそれは、いつもの彼女に戻ったように見えた。
しかし瞬きの間に消え、似合わない笑みにとって変わった。
「あんたさ、知ってる?例えアズルムの王族の血をひいてたって、親にこの目を持った人間がどっちかにいないと、絶対にこの目をもつ子どもは生まれないらしいね。でも、あたしはもう子どもは生めない」
「それは……」
渋い顔をしてオルドは言い淀んだ。
初めて聞く話だ。
つまりアラム様が子どもを生せなくなった今、新たに太陽の瞳を持つものが見つからない以上今後も増えることはないという事になる。それこそ戦後はアズルムとナセルの両方が血眼になって探したはずだ。太陽の瞳を持った者が現れる可能性はかなり低い。
つまりこのままいけばアラム様が——
「つまり、あたしが最後の一人だ」
私の思考と同調するようにアラム様は言った。
「でも、例えあたしが正真正銘の最後の一人で、これから増える可能性がなくても、あたしがいる限りあんた達は諦めない。なら、手段はひとつだ。これ以上あんた達に、あたしの大切な人達を傷つけさせなんかしない……!」
先ほどまでの冷静さをかなぐり捨てて、アラム様は叫んだ。
そして不意に袖に手を入れたかと思うと、そこから短剣を取り出し、自身に突きつけた。
「アラム様……っ!」
「アラム!」
私の叫びと陛下の声が重なる。
これは陛下も知らなかったらしい。慌てた様子で陛下は兵士達とともに駆けつけようとしたが、それを遮るようにアラム様の前にマキアが立った。
「どけマキア!」
「これが最も楽な手段でしょう、ナセル王」
そう言いながら、マキアは袖から短剣を取り出し構えた。
それは躊躇いもなく陛下へと向いており、一瞬にして緊迫した空気が流れる。
そんな中、不意に隣にいたノード様が歩いていった。止めてくれるのかと思えば、ノード様までもが剣を構えマキアの横に並び立った。
「ノード様!?」
「すみませんねえ。これが姉との約束なもんで」
マキアだけでなく、仮にも英雄とまで言われたノード様が相手では容易に近づくことができない。
陛下は剣を抜き押し通ろうとしたが、ノード様は易々と陛下の剣を受け止めた。
「やめよアラム!そこまでする必要はない!」
ノード様と剣を交えながら陛下は叫ぶ。しかしアラム様は短剣を突きつけたまま、首を横に振った。
「陛下。せっかく守ろうとしてくださったのに、すみません。だけどあたし、あたし我儘だから、このままなんて嫌なんです。いつ来るか分からないこの人達に怯え続けるのも、先生や皆をまた巻き込んでしまうのも、もう耐えられない。それに、諦められないんです。だから、だから」
——ごめんなさい。
呟くように言った言葉が小さく空気を震わせて消える。
アラム様の気持ちも理解できる。私だって自分が災厄の種となったなら、大切な人を守るためにアラム様と同じ決断をするかもしれない。
けれど、理不尽に奪われ続けてきた彼女がこんな結末を迎えるなんて納得できない。
確かに心配の種は残るが、それでも国の保護のもと生活していくことはできる。窮屈ではあるだろうが、それでも生きている限り、まだ幸せになる可能性はきっとあるのだ。
それを自ら捨てさせるなんて、そんな残酷なことをアラム様にさせたくない。
衝動的に私は兵士達の間をすり抜け走り出した。
「やめてください!あなただけが、あなただけが……っ!」
オルドの悲痛な叫び声が響く。オルドだけでなく捕らえられた信徒達の全員が叫び、あるいは止めようともがいた。
しかしアラム様は彼らをきつく睨みつけ、それらを振り払うように叫んだ。
「うるさい!神は死んだんだ! あたしは神なんかじゃない! それでもあたしを神だって言うんなら、今度こそその終わりを、神の死を、その目で見るがいい!!」
「やめよアラム!!」
ノード様やマキアも、まさか私が来るとは思わなかったのだろう。驚いて一瞬止まった彼らをすり抜けて、アラム様へと駆け寄る。
「アラム様!!」
あとほんの少しで彼女に届く。必死に手を伸ばしたその先で、アラム様と目があった。
彼女は少し驚いたように目を見開き、次いで、この場にそぐわない、どこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
そして——
「あああぁぁぁ、ああああああああああっ!!!」
甲高い悲鳴が響き渡った。
びしゃりと散った赤い雫が、床をあっという間に染める。
ぐらりと傾いだ細い体を必死に抱きとめると、濃い鉄の匂いがした。
「アラム様……?」
「うわああぁぁあああああっ!!」
問う声は悲鳴にかき消された。
響き渡るのは誰の悲鳴か。いくつも重なったそれはもはや絶叫とも言える。
ぬるりと、生ぬるいものが腕に伝った。妙に生々しく感じるそれは、やがて冷たくなり床に落ちる。
私は、間に合わなかったのだ。
麻痺する頭で、ただそれだけは理解できた。
——そして、太陽の瞳を持つ者は、この大陸から誰一人としていなくなった。




