第四八一話、正体を確信す
ウェントゥス騎兵が森の道を爆速で駆け抜ける。
アラテッラほか魔人軍の待ち伏せで、数騎のウェントゥス騎兵と小型竜コンプトゥスが転倒した。
足元から崩れ、地面に激突する者。騎兵のほうから落下するなど、さらなる犠牲者が出た。
だが止まらない。ジャンプで倒れた味方を飛び越え、森に潜伏する魔人軍偵察中隊より先に進んだ。
そしてすぐに反転し、個々に突撃を仕掛けてきた。隊列を組んでいる余裕などない、という判断だろう。
実際、騎兵の突撃にはまったく向かない場所である。アラテッラら魔人兵は、森の木々や草むらがその姿を隠して小型竜の通過を困難なものにした。
お前たち騎兵が通過できるのは道だけだぞ――だが練達な騎兵であるウェントゥス兵は、個々とはいえ飛び込んできた。
魔石長銃でそれぞれの敵を打ち倒していられる余裕はなかった。最初の奇襲で、後続の騎兵に待ち伏せが発覚してしまっているので、彼らは続々と森に入ってきた。
小型竜を降りて斬りかかるウェントゥス兵。魔人兵もまた木の裏や茂みから逆襲を仕掛ける。
アラテッラも片刃のショートソードに持ち替えて、敵兵に飛び込んだ。心臓を一突き、体当たりの勢いで押し倒す。急所を抉られ、ウェントゥスは絶命する――しなかった。
ぐにょりと曲がるその体。刺されてもウェントゥス兵の兜ごしの目はアラテッラを向く。
「やはりそうか」
アラテッラの体をウェントゥス兵の体から突き出した針のような槍が貫いた。
――それが生身の魔人や人間になら通じただろうが。
コルドマリン人を装っている魔人軍将校は、壮絶な笑みを浮かべる。
「ウェントゥス軍の正体を見たり!」
森の中で金属同士が激しくぶつかる音は、次第に下火になった。片方がもう片方を制圧した……ということでもなく、しかしやがて静かになった。
・ ・ ・
『ウェントゥス軍突撃歩兵連隊、ガーズィ連隊長』
「レリエンディール近衛軍第二偵察大隊第三中隊、コメータ・アラテッラ中尉」
二人の軍人は対峙した。
すでに戦闘は終わっていて、互いの兵たちが睨み合うに立っているが、もはや誰も戦おうとはしなかった。
「このまま我々を処理しなかったのは、『敵』ではないと判断したと受け取っていいのかな、連隊長殿」
『お前たちが何者で、どういう者たちかわかったからな』
ガーズィは答えた。
『レリエンディール軍にいるとはいえ、そちらの内情もまた複雑なようだ。少なくともお前の所属する部署は、我々の敵ではないと判断した』
「こちらも、まったく同感です」
階級差を意識してか、アラテッラは丁寧に答えた。
「我々もまた、あなた方ウェントゥス軍を敵ではないと判断しました。足を運んだ甲斐はあったと考えます」
『そうだな。お前たちのことを知れてよかった』
「彗太殿に我々のことをよろしく」
『……伝えよう』
ガーズィは首肯した。
『一応、必要ないとは思うが、敢えて言っておく。お前たちの主以外には、我々のことは――』
「誓って他言はしません」
我々の正体にも関わることなので、とアラテッラは諧謔に満ちた微笑を浮かべた。
「ただ、我々も気をつけていますが、そちらも正体が露見するようなことにはお気をつけを」
『忠告、痛み入る』
ガーズィが敬礼すると、アラテッラも答礼する。
『幸運を』
「あなた方も」
撤収――ガーズィは追撃部隊に、エアリアへの帰還を命じた。
アラテッラも部下たちに合図して部隊を集めた。グリン曹長はいつもの調子で告げた。
「正体、わかりましたな」
「ああ。こちらのこともわかってしまったな」
シェイプシフター――ウェントゥス軍の主力を形成する兵は、シェイプシフターであり、アラテッラたち近衛軍第二偵察大隊第三中隊員もシェイプシフターだった。
「ともあれ、任務は果たした」
正体を確かめることどころか、接触し、こちらの存在を知らせることもできた。
「殿下もお喜びになるだろう」
集まった兵たちと共に、アルゲナム領の方向へと移動を開始する。
「心残りは、彗太の姿を確認できなかったことだな」
「ほぼすれ違いですからね」
長身の曹長は視線を転じた。
「ま、こちらのことを間違いなく伝わるでしょうから、問題はありますまい。我々のことで特に関係があるとすれば、アルゲナム奪回後でしょうし」
「いきなりアルゲナムから他の領地を無視して、レリエンディールを攻めるということはないだろうからな」
アラテッラは苦笑した。それはいくらシェイプシフターを主力とするウェントゥス軍であっても無茶が過ぎる。人間たちと共に進むのであれば、とりわけ彼らを上手く説得し、理解を得られなければいけない。
それだけ、軍を進めるにあたって、順番というのは大事なのである。そもそも兵站がもたない。
「……しかし」
そこでアラテッラは首をひねる。
「シェイプシフターだけの部隊であったなら、不可能ではないのか」
適した形態に姿を変える。それは時に空を飛び、海さえも超えるだろう。人間では不可能な進軍ルートを取り、なおかつ兵站もさほど気にしない。
あり得ないとレリエンディール軍が考えているところに、仕掛けてくるからこそ、それは奇襲となる。
――そうまで無茶をするとは思えないが……。
アラテッラは嫌な予感がするのである。
――もし、非常事態となり、必要とあれば彗太はそういう手も取るか。
彼をそこまで駆り立てる何かが起きたなら……。
冗談ではないとアラテッラは頭を振った。




