4話 挑戦状
「ただいまー」
「お帰り」
「お疲れさまでした、ユダ」
帰宅してそのままリビングルームに行くと、シモンがヨハネと一緒に夕飯の支度をしていた。
「ペトロ。CM撮影どうだった?」
「電波に乗るって思うと、緊張したよ」
「どんな感じで撮ったの?」
「緑色の布の前で動作だけ指示されて、って感じ。あとでAIで作った背景合成するって言ってたけど、どうなるのか全然イメージ湧かなかった」
一応、ディレクターと一緒にいたプランナーからイメージを伝えられたが、上手く脳内変換できなかったので、本当に言葉の指示通りにやっただけだ。
「完成した映像がどんな感じになるか、楽しみだね」
「私も、テレビで動くペトロを早く観たいよ」
「毎日肉眼で見れてるからいいだろ」
ユダの隠し撮りも見破っているペトロは、そんなに実物だけじゃ不満か? と半ば呆れ気味だ。
そこへ、ヤコブがアルバイトから帰って来た。
「おっ。帰って来たな、ペトロ!」
「ヤコブ。おかえ……」
「俺と勝負しやがれ!」
唐突にヤコブに人差し指を刺されて、困惑しながらちょっとイラッとするペトロ。
「いきなりなんだよ」
「ヤコブ。唐突過ぎるだろ」
「どうしたの急に。もしかして、ペトロに事務所の看板を奪われそうで焦ってる感じ?」
察しがいいユダに、「その通りです」とヨハネは話を切り出す。
「それで。タイミングよく、あるオファーが来まして」
「ヤコブくんに?」
「いいえ。ヤコブとペトロの二人にです」
「オレとヤコブに?」
「正しくは、ペトロかヤコブに依頼したいそうなんですが……」
ひとまずオファーの件は区切り、一同はテーブルを囲んで夕飯にした。今晩は、魚料理のロールモプスと、キャベツの塩漬けのザワークラウトだ。
食事が始まってから、ヨハネは改めてオファーの内容を説明した。
「オファーが来たのは化粧品メーカーで、スキンケア商品の広告です。最初は、『男性も美しく』というコンセプトからペトロを起用することで一致したそうなんですが、それだとコンセプトが伝わりづらいんじゃないかという意見が一部あり、ヤコブの名前も上がったそうで。それで今、ペトロ派とヤコブ派でバチバチなんだそうです」
「確かに。ペトロとヤコブじゃ、消費者への伝わり方が違うだろうね」
シモンは炭酸飲料を飲みながら、大人目線の意見を言った。
今日のヘアメイクたちのリアクションの通り、ペトロは誰から見ても女性のような肌をしていて、消費者の「こんな肌になれるかもしれない」という期待感から宣伝効果も抜群だろう。
一方のヤコブはペトロより肌の色は黒いが、「男性向け」という観点から同性の購買意欲を掻き立て、ペトロとは違う宣伝効果を得られる見込みがありそうだ。
「なので。大変申し上げにくいことですが、事務所の方でどちらか決めてほしい、と」
「丸投げかよ……」
ペトロは呆れた。先方の上司も相当悩んで、決断できなかったんだろうか。
「それでヤコブくんは、ペトロに勝負を申し込んだと」
「そうだ。立て続けに起用されて調子いいかもしれねぇけど、俺はこのままペトロに看板を渡すつもりはない。俺とお前、どっちが事務所の看板に相応しいか決めようぜ!」
ヤコブはロールモプスを食べたフォークでペトロを指し、勝負を申し込んだ。
「今回の依頼、ヤコブくんの中ではそういう位置付けになってるんだね」
「勝負しなきゃダメなのか?」
仕事獲得のチャンスとはいえ、そこまで拘っていないペトロはちょっと面倒臭そうだ。
「拒否したら俺の不戦勝で、事務所の看板も俺だって認めることになるぜ?」
「別にいいけど」
「よしっ! じゃあ勝負決定だな!」
「人の話聞けよ」
どうしても勝負がしたいヤコブの決定で、一方的に勝負が約束された。
「どうしても勝負したいみたいだね」
「こうなると、なかなか諦めませんからね」
「今回だけでいいから付き合ってよ。ペトロ」
シモンにお願いされたペトロは、仕方がないと溜め息を漏らす。
「それで? どうやって勝負するんだよ」
「どうやって決めるかは、指示されてない。だから俺が決めさせてもらった……。これだ!」
ヤコブがスマホで見せたのは、ショート動画投稿アプリでダンスを踊っている動画だ。
「ダンス?」
「今SNSで流行りのこのダンスの動画を上げて、いいねの数が多かった方が勝ちだ!」
「えー。オレ、ダンスとかやったことない……」
「ボクでも踊れる簡単な振り付けだから、大丈夫だよ」
「来週には、事務所のSNSに上げる予定だから。ペトロ、悪いけど付き合ってくれ」
そう言うヨハネも申し訳なさそうだ。シモンだけはヤコブを応援していて、どうやらこの対決に気合いが入っているのは二人だけのようだ。
そんなわけで。ペトロとヤコブは、「仕事争奪ダンス動画いいね対決」をすることになった。投票期間は一週間。結果が出るまで二人はライバルだ。




