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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

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3話 キスマークは計画的に



 携帯電話会社のオフィスに到着した二人は、宣伝担当らと顔を合わせ、そのあとペトロは控え室で衣装に着替えた。

 用意されていたのは、素材違いの生地を縫い合わせたワイシャツだ。それに緑色のネクタイを締め、同系色のジレを羽織った。しかし、ワイシャツが五分袖で、前腕に現れているバンデの名前が丸見えだ。


「なあ、ユダ。袖が短いから名前見えちゃうんだけど。傷だと思われちゃうかな」

「心配ないよ。バンデの名前は、使徒にしか見えないみたいだから」


 それは、ヤコブやシモンで既に実証されていて、仲間以外に指摘されたことは一度もない。


「そうなんだ。それならいいんだけど」


 バンデの二人の腕に刻まれた名前は、以前よりはっきりしていた。ペトロが願望に覆っていた氷を溶かして本心に素直になり、ユダをバンデとしてだけでなく受け入れ、心と心を繋ぐことができたからだ。


「でも。こっちは気付かれそうだな」

「こっちって?」

「お前が付けたやつ」


 少し襟を退かすと、ペトロの首元には赤い斑点がポツリとある。


「撮影あるんだから、目立つところはやめろって言ったじゃん」

「襟で隠れそうだし、大丈夫じゃない? 訊かれたら、虫に刺されたって言えば誤魔化せるよ」

「社長のお前が、そんな緩い意識でいいのかよ。心配になってくるわ」


 出会った当初は頼り甲斐がありそうな年上だという印象だったが、一緒にいる時間を重ねるにつれ、隠されていた部分が見えてきた。そんな些細な印象の変化で気持ちが冷めることはないが、事務所のトップとしての責任感はペトロはちょっと疑っている。


「失礼します。着替え終わりましたか?」


 そこへ、ヘアメイクの女性スタッフ二人がやって来た。部屋に入った途端、ファンキーな髪色のショートカットの彼女が、ペトロを見て目を輝かせる。


「わぁ! 本物のペトロくんだぁ。広告の写真写りもいいけど、生は違って余計にいいですね!」

「こら、はしゃがないの。仕事中よ」

「わかってますよ、先輩。先輩も本当は写真撮りたいけど、我慢してるんですもんね?」

「本人目の前に暴露しなくていいの!」


 ペトロと顔を合わせて五秒で暴露されたお姉様先輩は、居た堪れなさそうに「すみません」と腰を折った。好意的な反応をもらい、ユダの鼻も高くなる。


「よかったら、あとで撮りましょうか?」

「お願いします!」


 ユダが爽やかスマイルでサービスを申し出ると、ファンキー後輩が率先して厚意を受け取った。仕事と割り切っていた先輩も、感情が滲み出てしまっている。


「オレは何も言ってないけど?」

「これも営業だよ。嫌だったら、今日限りにしておくけど」

「ううん。嫌じゃないからいいよ」

「そう言うと思ってた」


 ペトロは鏡の前に座り、ヘアメイクを始めた。年上の女性に挟まれたのは前回が初めてなので、両側からいい香りがしたり肌を触られたりするのはまだ慣れず、肩が上がってしまう。


「ペトロくん、お肌きれいね。スキンケアは何を使ってるの?」

「普通に洗顔だけで、何もしてないです」

「それでこの透明感? 羨ましいわぁ〜」

「髪もサラサラ〜。あたし、この髪になりたい」


 その途中。メイクをしていた先輩の方が、襟から覗く首元の赤い斑点に気付いた。


「あら。この首元の赤いの……」


 ギクッ! と、動揺したペトロの肩が跳ねた。


「あっ。それは、アレです! えっと……」

「それ、虫に刺されたみたいなんです。目立っちゃいますかね?」


 ボロが出る前に、ユダがすかさずフォローした。


「角度によっては見えそうですね。画像処理するから問題ないと思うけど、一応ファンデーションで誤魔化しておきますね」


 危うく、アレの跡だとバレるところだった。ユダのフォローに感謝して、ペトロは胸を撫で下ろした。

 その後スタジオに移動し、撮影が始まろうとしていたが、ペトロは今度は違う動揺で少し表情が強張っていた。


「緊張してる?」

「うん。ちゃんとしたCMだから、ちょっと緊張してる。変な顔になったらどうしよう」

「ペトロだったら、どんな顔してもかわいいよ」

「お前はオレだったら、変顔でも何でもかわいいって言うだろ」

「撮り直しもできるから大丈夫だよ。前もちゃんとできたんだし、自信持って」


 励ますユダは、緊張を解そうとペトロの背中をポンポンと叩いた。

 普通に励まされただけなのに、その声が心許ない気持ちを支え、触れている手から自信を育てる栄養をもらえている気がし、ペトロも自然と緊張が緩まる。


「やっぱ、ユダがいてくれると心強い。不思議と自信が湧いてくる」

「公私ともに、きみの支えになれて嬉しいよ」


 撮影の準備が整い、ペトロは呼ばれた。


「また、素敵なきみを見せて」

「うん」


 ペトロは背筋を伸ばし、本番に向かった。

 あとで映像を合成するので、グリーンバックでの撮影だ。ペトロはCMディレクターの指示で歩く真似をしたり、緑色の台からスマホを持ち上げたり、台詞なしで操作や電話する演技をする。

 ユダはスタジオの隅で見守りながら、その様子の写真を撮っていた。のちのち事務所のSNSに載せるためだが、ほとんどは自分用だ。連写に動画と撮りたいだけ撮り、あとでこっそり眺めるつもりだ。ペトロにバレたら、「実物いるのにまた撮りまくってる」と呆れられるだろう。

 撮影は何度かやり直しはしたが、ペトロも要望に応えて演技を繰り返し、CM撮影は無事終了した。




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