45話 迷いを抜けて
シモンとヤコブが帰って来ると、事務所の前にアルバイト帰りのペトロがデリバリーのリュックを背負ったまま立っていた。何やら様子がおかしく、窓から事務所の中をじっと見ている。
「何してるの、ペトロ?」
「ヤコブ。シモン」
「ボーッと突っ立って覗いてると、不審者扱いされるぞ」
「ユダとヨハネに用でもあるの?」
「……いや。何でもない」
そう言って、電動キックボードを持ってペトロは部屋に戻って行った。
その後もペトロの様子は何だかおかしく、夕食時も四人が楽しく会話をしていても輪に入らず、一人黙々と食べていた。
そんな中、ユダからある報告がされる。
「実は。みんなに、嬉しい発表があります」
「何なに?」
「なんと! ペトロくんに、新しい仕事のオファーが来ました!」
「マジかよ。ちなみに何?」
「携帯会社の新機種の広告だ」
「やったね、ペトロ!」
シモンは素直に喜んでくれたが、隣のヤコブは自分に新しいオファーが来なくてちょっと悔しそうだ。
そしてオファーが来た当人は、話を聞いていなかったのか、ノーリアクションでザワークラウトを口に運んでいた。
「おい、ペトロ。聞いてたか? お前に新しいオファーが来たんだぞ」
「え? ……あ。うん」
ヨハネが尋ねるとペトロは一応リアクションするが、驚いても喜んでもおらず、なんだか心ここに在らずな様子だ。
「何だよ。あんま嬉しそうじゃないな」
「いや。一応、嬉しいよ。また声掛けてもらえるなんて、思ってなかったし」
「一応って何だよ。初仕事の評判がよかったからって、胡座かいてんじゃねぇよな?」
「そんことないって」
ヤコブが軽く吹っ掛けると、ペトロはいつものノリで付き合った。
しかし、その心の片隅では常に何かに占領されているような気がして、ユダは少し気になった。
夕食が終わり、それぞれの時間を過ごし、夜も更けてきたころ。
シャワーを浴びたユダは、少し湿った状態まで髪を乾かして部屋に戻った。今日は持ち帰った仕事もないので、読書をしてから寝ようと思った。
すると。フロアライトが灯る部屋のソファーに、ペトロが腰掛けていた。テレビを付けて観ているわけでもなく、ただ座っていた。
「ペトロくん、まだ寝てなかったんだ」
「えっ? ……あ。うん」
ユダが声を掛けた瞬間、ペトロの肩が僅かに跳ねた。視力0.3の裸眼でも、振り返った表情が少し固くなっているのもわかった。
「眠れないなら、ハーブティーでも淹れようか?」
「ううん。大丈夫。そうじゃないから」
そう言った顔も元気がないというか、自然な笑みを作れていなかった。
夕食時から様子が気になっていたユダは、ペトロは口にするべきかどうかをためらっていることがあり、慎重になって表情を固くしているのだろうかと思い、何気なく訊いてみる。
「新しい仕事、あんまり乗り気しない?」
「そんなことないよ」
「前にも言ったけど。強制はしないから、やるかどうかはペトロくんが決めていいよ。まだ先方に返事はしてないから」
「新しい仕事が来たのは嬉しいよ。まだ広告の仕事やり始めたばかりで、右も左もわからないオレを選んでくれるのは、ありがたいと思うし。やってみたいって思ってる」
それは空気を読んだ訳でも忖度した訳でもなく、本心からの言葉だった。ユダもなんとなくそう感じた。
それなら、緊張している理由はなんだろうと、話を聞くためにペトロの隣に座った。
「そっか。それならいいんだけど……。それじゃあ。何か悩みごと?」
「悩みごとって言うか……。この前までは、悩んでたこと……」
ユダから顔を逸らしたペトロは目を伏せ、一度口を閉じ、緊張した面持ちになる。
その間は、まだ少し残留していたためらいと迷いの、整理の時間だった。
「……大事な話がある」
「大事な話?」
「ずっと、保留にしてたこと」
ペトロは、再びユダに顔を向けた。
「……告白の返事」




