43話 三等星
「だから……。其れが分かんないんだってば!」
シモンの思考が絶対的に理解不能なタデウスは、より顰めっ面となり、全てのダートをシモンに放った。シモンは手にしていた〈恐怯〉の光の矢で、正面から向かって来た黒い矢を全て撃ち落とす。
「生きてるボクには、希望が持てる。小さい輝きだったとしても、確かにあるなら、ボクはそれを糧に生きられるし、何があっても諦めない。例え、またあんな出来事に直面しても、今のボクには勇気をくれる人がいるから絶望しない。その人が隣にいてくれれば、ボクは恐れず絶望と向き合える」
シモンは、ヤコブの名前が刻まれた右腕に触れた。今もまだ、思いの温もりを感じる。
「そんな人、何時居なくなるかも分からないのに。希望とか、君より先に死ぬかもしれない人とか、そんな不確かな物を信じるよりも、今すぐ得られる安寧を求めた方が生産的だよ」
タデウスは再び黒いダートを複数作り出し、シモンに狙いを定め一気に放つ。放たれたと同時に、シモンは走って避けながら撃ち落とす。撃ち漏らしたダートは、ガタガタの地面に突き刺さっていく。
「それに。たぶん、もう遅いよ」
「何が遅いの?」
「あの人たちに、痛みは教えられない気がする。きっとあの人たちは、そんなの忘れてるんだ。スマホの写真を整理するみたいに、いらない感情はゴミ箱に捨ててるんだよ」
反勢力と味方の男たちを見遣るシモンの目は、切なさと哀れみを帯びていた。
「人間が持ってる物なんて、所詮は全部ゴミだよ。君を襲った奴等が痛みを捨てたように、此の世から要らない物は結局、最後には排除されるんだ。ぼくらのようにさ!」
タデウスはさらに多くのダートを出現させ、矢継ぎ早にシモンを攻撃する。シモンは回避行動をしつつ、光の矢で黒い矢を相殺していく。
「君の其の選択は、絶対に後悔するよ。使徒の役目なんて放棄して報復の道を選んだ方が、楽に生きられたって」
「ボクがあの大人たちと同じだったら、なんの迷いもなくそれを選んでた。でもボクは、あの大人たちとは違う。それは誰も……自分のことすら信じないのと同じだから!」
「面倒臭い生き方。もっと本能に素直になれば良いのに」
タデウスは再び黒いダートを複数作り出し、シモンの両側から挟み撃ちを狙う。
「あとで後悔するかなんて、どうでもいい。今はただ、安心していられる場所があるから、それでいいんだ!」
シモンの思いが流れ込んだ〈恐怯〉が、希望の光で輝く。そして、上に向けて放たれた光の矢は流星のように分裂し、ダートを一つ残らず撃ち落とした。
「君が理解できないよ」
タデウスはまた黒いダートを出現させたが、シモンは放たれる前に全てを消滅させた。
「わっ!?」
自身のすぐ側でダートが破壊されたタデウスは、目を瞑り一瞬怯んだ。シモンはその隙きに、もう一度、恐れを打ち砕く力を鈍色の空に向けた。
「射貫く! 泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
光の矢が絶望の空に放たれると同時に幻は消え、矢は流星のように真っ暗な空間に昇る。
シモンは、自分が帰る場所への道を開いた。
ミイラのようにシモンを巻いていた帯の影が散り散りに破れ、解放されたシモンは地面に落下する。
「シモンッ!」
ヤコブはシモンの身体を受け止めた。シモンは、確かに感じる安らぎの温もりで目を開く。
「ヤコブ……。ただいま」
「大丈夫か?」
「うん。平気だよ。ヤコブの温もりを感じて、勇気もらえた」
「ごめんな。助け出してやりたかったんだけど」
シモンは首を振り、ヤコブに微笑を送る。
「ううん。ヤコブの思いは伝わってきたよ。ありがとう」
二人は手を繋ぎ、心が強く結ばれていることを喜び、お互いに感謝した。
「あーあ。また失敗しちゃったー」
シモンを堕とすことに失敗し影から姿を現したタデウスは、すっかり無気力状態に戻っていた。
「ガープ。其方はー?」
タデウスがガープの状況を伺うと、なんと、ユダたち三人に追い込まれ降参の証に両手を挙げていた。
「主も失敗したか。儂も此の通りだ。どうだろう主。儂も元々、此奴等をどうこうしようとは考えておらん。主が良ければ、此の儘退散するが」
そう言うガープだが、頬など数ヶ所に傷は見受けられるが、鎧もまだ状態はよく、追い詰められるほどのダメージを受けたようには見えない。
タデウスは、ガープに疑念の目を向け尋ねる。
「ガープ。本当にやられたの?」
「見た儘だが」
両手を挙げ降参しているが、全体的に見ても圧倒的にガープが優勢だったことが一目瞭然だった。それなのにガープは、戦闘継続を拒否した。反撃する余力は、使徒よりも遥かにあるというのに。
しかしタデウスは、使徒を倒す意志はないと言うガープに理由の追及はしなかった。
「ぼくも、もう気力無いしなー……。そーだねー。帰ろっかー」
「おい。本当にこのまま帰るつもりか?」
腹の虫が疼くヤコブはタデウスを睨み付ける。
「そう言ってるじゃん。ガープも降参してるし、君達ももう戦いたく無いでしょ」
「だからって、見逃すわけないだろ!」
ヤコブは〈悔謝〉で斬撃を繰り出した。しかし、タデウスは鋼鉄のような影の壁で防御し、そのまま包み込まれ、黒い球体の中に身を隠されてしまった。
「もうやる気無いからー。だけど。また機会が有ったら、来るかも知れ無いね。『人類平等』のために。エスケープするかもだけど」
「『人類平等』?」
「て事で。帰ろ、ガープ」
「有意義な時であった。再び相見える事が有れば、宜しく頼むぞ」
「おい、待て!」
喚ばれたガープの姿は消え、タデウスを包んでいた球体も瞬く間に縮小し消え去った。




