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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

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42話 やり返してはいけないケンカ



 シモンは、敵である反勢力を〈恐怯(フルヒト)〉で射殺そうとする。この凄惨な現実を自らの手で終わらせ、痛みから解放されようと。


「さあ。君の報復で、()の希望の無い世界を終わらせて」

「終わらせる……」

(ボクがあの人たちを殺せば。この原因をなくせば。ボクは解放される。みんな解放される)


 シモンは、前方に展開する武装した男たちに光の矢の矛先を向け、狙いを定める。

 自分を苦しめ続けていたものを消し去れば、平和な日常が戻って来る。明日からは、心健やかな日々を過ごせる。何にも怯えず、不安にも駆られず、死を待つ必要がない、なんでもない日々を。この世界を変革できる力を持っている自分が、取り戻すんだと。

 その時だった。シモンは、弦を引いていた右腕が熱く感じた。


 ───あいつは、過去の自分に負けるような弱いやつじゃない!


 シモンは弦から手を離した。

 光の矢は放たれた。だが敵には向かわず、中空で静止していたロケット弾を破壊した。爆薬を仕込まれていた弾は、爆音とともに粉々に四散する。


「え?」


 思っていた行動と反していたタデウスは一驚する。


(ありがとう。ヤコブ)


 シモンは正気を取り戻した。聞こえた気がしたヤコブの声は、ただの空耳だったのかもしれない。けれど、繋がった心を通じて思いが伝わって来て、信じて待ってくれているヤコブを裏切る結果にはしたくなかった。


「どうして? 何で報復しないの?」


 訳がわからないタデウスは、呆然としながら尋ねた。


「あの人たちに報復すれば、ボクたちと同じ痛みを教えられる。報復は一番簡単で、単純な方法だよ」

「じゃあ、今すぐ出来るでしょ? 君の其の力で、奴等を一掃出来るよ。憎いでしょ? 街をこんなにして、沢山の人を殺した奴等が憎いよね? それなら仕返ししないと」


 シモンは首を振って否定の意思を表す。


「違う」

「何が違うの?」

「それは、ボクが望むやり方じゃない」

「君が望むやり方? そんなの関係ないよ。報復が一番簡単で単純な方法なのは分かるんでしょ? 君がやらないと、君が此の世界に()られるよ? 君が見て来た死体も、君が代わりに報復してくれる事を望んでるよ? ほら!」


 周りに群がる死体が、「報復、報復、解放、解放」と呪文を唱えるように呟いている。その呪文は、シモンの心の深奥でも密かに唱え続けられている。だからシモンには、彼らの願いを叶えることもできた。


「死ぬのは嫌でしょ? 怖いでしょ? 此の世界に居る限り、其の恐怖に付き纏わられるんだよ? 生きた心地しないよ?」


 恐れへの報復と惨苦からの解放が叶えば、楽に生きられるだろう。そう願うのが当然であり、身体も精神も理不尽から守られることが常識だ。

 シモンはその常識に守られなかった。だからトラウマとなって、今も苦しみ続けている。


「今すぐ報復すれば、君は皆と一緒に開放されるんだよ? 君のお母さんも」


 痛みからの解放は、同じ経験をした者なら誰もが望むことだ。そして、救われるために二択から選択する。神に縋るか、あるいは、悪魔に魂を売るか。


「それはもう、例え話だよ。ボクたちの心に深く刻まれた戦争の傷は、きっとどれだけ時間が経っても消えない。でも。その傷を負わされた代わりに報復をするのは違う。それが一番簡単で、当たり前な方法かもしれない。普通のケンカだって、やられたら悔しくてやり返すのは当然だもん」


 二択の後者を選択するのが、世界の当たり前。だがシモンは、後者を選びたくてもグッと堪えた。自分が望んでいるものは、その選択の先には絶対にないと。


「でも戦争は、ケンカじゃない。どれだけ悔しくても、怒りが溢れてきても、大切なものを奪われたことが憎くても、簡単にやり返そうなんて考えちゃダメなんだ」

「それじゃあ、君はどうするの? 死ぬ恐怖から永遠に開放されないよ?」


 シモンはまた、首を横に振った。


「たぶんボクは、『死』を恐れてたんじゃないんだと思う。本当は何が怖いのか、それとどう向き合っていくかは、まだわかんない……。でも。一つだけ、わかってることがある。ボクは、この世界と付き合っていくしかないんだ」


 報復の道を絶ち、先が不透明な道を手探りで進むことを選んだシモンは、トラウマとともに世界と付き合っていくことを決意の面持ちで告げた。


「意味分かんない」


 顔をしかめたタデウスは距離を取り、自身の身体の一部から作り出した複数の黒いダート〈極霖無天(クマー・ヴェアトロス)〉をシモンに向ける。


「其れは自滅だよ。こんな世界には絶望しかないのに、どうしてそんな事が言えるの?」

「希望はあるよ」

「何処にそんな物が有るって言うの」

「ボクの中にある」


 自分の中に希望の星の存在がわかるシモンは、断言した。




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