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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

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9話 秘めた輝き



 翌日。ヤコブの撮影現場を見学するペトロは、彼と二人だけで出発した。


「ヨハネは付いて来ないんだな。確か、マネージャーもやってるって聞いたけど」

「付いて来るのは、契約の時と最初の頃だけだ。慣れたら、基本一人」

「じゃあ。向こうの人とのやり取りも、自分で?」

「そ。だから、愛想はよくしとけよ。今日の第一印象で、仕事が来るかもしれないからな」


 二人は最寄りの停留所からバスに乗り、ミッテ区のビル内に構えるシューズメーカーのオフィスへ向かった。

 受付でアポイントメントの確認を取り、エレベーターで上階に上がる。オフィスに到着すると、スポーツをやっていそうな体格をした、パーカーを着たカジュアルな服装の宣伝担当の男性と合流した。


「お久し振りです」

「久し振りヤコブくん。また引き受けてくれてありがとう」

「こちらこそ、ありがとうございます」


 挨拶するヤコブは普段とは違い、少しだけ猫を被り、ビジネスモードで挨拶を交わす。


「今日は、シモンくんは付いて来てないんだ?」

「真面目に学校行ってるんで」

「その代わりに、隣の人を連れて来たのかな?」


 宣伝担当の男性は、ペトロに視線を向ける。


「こいつは、うちの事務所の新入りです」

「初めまして。ペトロと言います」


 緊張であまり愛想はよくできないが、ペトロは礼儀よく自己紹介し握手を交わした。


「よろしく。男の子だったのか。中性的だから、どっちか迷ったよ。失礼なこと言ってごめんね」

「いいえ。慣れてるんで」

「今日、撮影の見学させてやりたいんですけど、いいっすか?」

「もちろんだよ」


 会議室でCMプランナーを含めて撮影の前に軽い打ち合わせをし、ヤコブは新商品のスニーカーに合わせた衣装に着替え、同フロアにある撮影スタジオに入った。

 スタジオは白い背景に、大小の白い四角い台が準備されていた。ヘアメイクもしたヤコブはカメラの前に立ち、台に片足を乗せてスニーカーメインの撮影から始めた。

 ペトロは邪魔にならないように、スタジオの隅でヤコブの仕事ぶりを見学する。


「もうちょっと、つま先をこっちに向けて。……うん。そのくらい」


 カメラマンが撮りたい角度を注文し、ヤコブは指示を聞いて微調整する。その次は、台や床に座って様々な角度からヤコブ込みで撮り始める。


「じゃあ、次はアクティブに。いろいろ自由に動いて」


 今度は、サッカーボールやスケートボードなどの小物を使った動きのある撮影に切り替わり、ヤコブはリフティングをしたり自由に動く。何度か経験している撮影は、もう慣れてきているようだ。


 一通りの撮影を終えたあとは、宣伝担当やカメラマンたちにヤコブも混ざり、撮った素材をチェックする。


「このアングルいいね。商品がわかりやすく写ってる」

「こっちもいいですね。私、こっちの方がイケてると思います」

「僕はこれがいいなー。撮ってて楽しかったし」

「俺もこれがいいっす。これ、めちゃくちゃかっこよくていいっすよね!」

「確かに。躍動感が一番表現されてるね」


 その中に入れないペトロは、警備員のように定位置から動かずに様子を見ていた。

 すると。撮影中に時々ペトロを気にしていたカメラマンが、近付いて来た。


「きみも一枚撮ってみる?」

「えっ?」

「商品専門で人物はあまり撮ったことないけど、きみはいい被写体になりそうだから、撮ってみたいんだ」

「いや。でも……」


 見学だけのつもりだったペトロは、遠慮しようとしたが。


「いいじゃん。撮ってもらえよ、ペトロ。リハーサルだと思って、やってみればいいじゃん」


 ヤコブにも勧められた。彼が世話になっている企業の社員がいる手前、あまり強情に拒否するのも悪い気がする。

 ペトロは少し迷ったが、一枚だけならと、了承した。

 ヤコブが立っていた位置に立つと、天井からの証明が思ったより眩しくて、熱くて、少し目を細めた。


「どうしたらいいですか?」

「いつも通りで。自分の部屋だと思って、リラックスして」

(リラックスって言っても……)


 カメラマンは緊張しないように声を掛けてくれるが、身体はガチガチ。ヤコブはカメラのシャッター音にも緊張せずにできていたから、それくらい簡単なものだと思っていたが、いざ他人に見られながら撮られるとなると、完全にマネキンになってしまった。


「じゃあ……。後ろの壁に向かってちょっと歩いて、振り向いてみようか」


 カメラマンはもう少し自然なペトロを撮りたいらしく、リクエストした。

 ペトロは、言われた通りに後ろの壁に向かって何歩か歩き、カメラマンの合図を待った。


「こっち向いて」


 合図を聞いて振り向き、その瞬間を狙ってシャッターが切られた。

 ファインダーを覗いていたカメラマンは、撮ったばかりの素材を液晶モニターで確認した。その表情はなぜか、一瞬の奇跡でも目撃したかのように呆然としていた。


「……きみ。やっぱり、すごくいい被写体だよ」




 撮影から帰った二人は、事務所に顔を出した。


「ただいまー」

「お疲れさま、ヤコブくん。ペトロくんも、見学どうだった?」

「うん。まぁ。勉強にはなったかも」

「それよりも! 二人に土産があるんだぜー」

「土産?」

「見せるのかよ……」

「何のためにもらって来たんだよ」


 帰宅早々、ウキウキでスマホを操作するヤコブを見て、ペトロは気恥ずかしそうに嫌がる。けれどヤコブは、彼の心情などお構いなしだ。


「カメラマンの好意で、撮ってもらったんだけどさ。ほら。見ろよ、これ!」


 見せられたその写真に、ユダとヨハネは一瞬で釘付けになった。

 ヤコブが見せたのは、カメラマンが撮ったペトロのベストショットだ。その場にいた全員を絶句させるほど大好評だった一枚なので、ユダたちにも見せようとデータをもらって来たのだ。


「すごいと思わね? 俺も、この出来には驚いたわ」

「これ、本当にペトロか?」


 ヨハネは同一人物を疑って、写真と本人を見比べる。ペトロも、気恥ずかしさに気まずさが相俟って、居た堪れなくなってくる。


「あんまりじっくり見るなよ。こんなの、もらって来なくてよかったのに」

「プロに撮ってもらった、記念すべき一枚目だぞ? 喜べよ」

「いや。これ、普通の顔だし……」


 あまりイジってほしくないペトロは、どこかに隠れられる場所があったら頭だけでも突っ込んで、この場を凌ぎたかった。


「いや……。素敵だよ。この写真」


 その中で唯一、ユダは真顔で写真を見つめ続けていた。正確には。

 美しいけれどどこか影があり、儚げで、芯のある雰囲気を醸し出す姿に、心から釘付けになっていた。


「キレイだ」


 無意識の本音を、ユダは口から溢した。その言葉を聞いたペトロは、少しだけ胸がキュっとした。撮影スタジオにいた人たちから褒められても何も感じなかったのに、急にこそばゆくなった。


「何だよ、その感想…………。部屋戻る!」


 急にめちゃくちゃ恥ずかしくなり、ペトロは走るように部屋に戻って行った。

 今日の仕事の報告したヤコブも部屋に戻り、事務所は再びユダとヨハネだけになった。

 ところが、ユダの様子が何やらおかしい。口元を抑えて背中を向ける雰囲気に、ヨハネは感じるものがあった。


「ユダ。どうかしましたか?」

「ううん。何でもない」


 振り返ったユダは、いつもの微笑を浮かべた。デスクに戻り仕事を再開する姿も、いつもと変わらない。

 けれど。その心の動きを、ヨハネは何となく感付いていた。




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