36話 葉巻きは趣味とは限らない
「だから今回は、先を越される前にテリトリーも展開して、やる気も出来るだけ出そうと思ってるんだ。此の前みたいに、中途半端にはしないよ」
無気力だったタデウスの緑色の双眸に、精気が宿った。
やる気スイッチが入った途端、タデウスの影がまばたきの速度で地を這い、シモンを捕まえた。
「!?」
「シモン!」
ヤコブはシモンに手を伸ばす。だが。
《因蒙の棺!》
二人の手は届かず、黒い帯はシモンの身体にグルグルと巻き付き、シモンはミイラ状態となって空中に固定された。
「シモンッ!」
「じゃあ、ガープ。其方は宜しくねー」
タデウスは、足元の影の中に消えて行った。
「どうやら今回の主は、本当にやる気が有るようだ」
「みんな気を付けて。きっとまた力が使えなくなる」
再びガープとの戦闘になるユダたちは、前回を踏まえて気を引き締める。
「そう構えんでも良い。前回は少々楽しませて貰ったからのう。今回は、儂の力を教えてやろう」
「いいのか。敵に能力を教えて」
「問題無い。知った所で、お主等が儂との戦いに有利になる訳では無い」
悠々と構えるガープは、追加で三本の葉巻を咥えた。
「儂は、四つの王の能力を持っておる。一つは前回も使った、敵を無知にする“知恵の王”の力。二つ目は、あらゆる武器を自在に操る“武の王”の力。三つ目は、炎や水を操る“魔術の王”の力。そして四つ目は、敵を混乱させる“欺瞞の王”の力だ」
ガープは、能力を明かしながら合計四本の葉巻を吸う。そのうち、それぞれ色の違う煙が発生し、ガープはその煙を一気に吸い込んだ。
「今回は儂の眷属は喚ばぬ。其の代わりに、儂と共に楽しもうぞ」
「それは、ご親切にどうも!」
能力を使われる前に、四人は先制攻撃を仕掛ける。
ヤコブは攻撃を放とうとする。「貫け! ドンナー……」ところが、前回と同様に使徒の力を出せない。
「何でだ!?」
「……まさか!」
「言っただろう。『そう構えんでも良い』と。お主等が我が主のテリトリーに足を踏み入れた其の瞬間から、使徒の力は使えなくなっている」
「……そうか。葉巻は、そういう使い方をしているのか」
ユダは、ガープの能力の発動条件に気付いた。
「発動条件?」
「ガープはこの前の戦いで、葉巻の煙で眷属を喚び出していた。だけどあの葉巻は、能力の発動もできるんだ」
「あれって、ただのおっさんの嗜みじゃなかったのか」
「一応、葉巻は儂の趣味でもある」
ガープは、携えていた剣を手にした。その身幅は20センチはあり、剣身は1メートルを軽く超える、グレートソードランクの剣だ。
筋肉隆々のガープらしい見たこともない大剣に気後れするも、四人もそれぞれハーツヴンデを具現化させた。
「さて。人間のお主等が何処までやれるか、儂に見せてみろ!」
ガープは踏み切った。力強い蹴りでコンクリートを剥がしながら、真っ直ぐヤコブに突っ込んで来る。
「っ!?」
ヤコブは〈悔謝〉で受け止めようとした。だが、まるで一枚岩のような重さで一瞬も止められず、数十メートル吹き飛ばされ、椅子とテーブルを弾きながら商業施設の壁に激突する。
「がはっ!」
「ヤコブ!」
「余所見をしている余裕は無いぞ!」
ガープは次はヨハネを狙い、大剣を振りかぶった。ヨハネは〈苛念〉で止めようとするも、ヤコブ同様に一瞬も堪えられず吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「ヨハネ!」
「力の差があり過ぎる……」
(私たちに気付かれずに能力を発動させることもだけど、あの大剣を扱う身体能力はすごい。能力だとしても、技量のあるガープだからあれを扱えるんだ)
僅か十数秒のあいだに圧倒的な力の差を見せ付けられ、その気迫に圧されたユダとペトロは本能的に一歩後退する。
「さあ、どうした。遠慮せず掛かって来るが良い。主が囚えた仲間と共に、敗北を認めても良いがな」
ガープは使徒との戦いを、まるで武道の稽古のように楽しんでいた。




