34話 「人類平等」
シェオル界の城の広間に、死徒たちが顔を合わせていた。
その視線の中心はタデウスだ。フィリポに続いて、使徒を堕とすことができなかった件を詰責されていた。
「もう少しやる気を出したらどうなの、タデウス。貴方、恥だと思わないの?」
「そうだよ。やる気が無いからって棺も中途半端にしたから、全体的に中途半端に終わったんだよ?」
「だってー。怠いし、面倒臭いし、疲れたんだもんー。そもそも、行く気無かったしー」
マティアとトマスに追及されても反省の色なく、テーブルにだらりと伏せている。この会議が始まる前からこの調子だ。
「お前等、こんなやる気の無ぇ怠け糞野郎に本気で期待してたのかよ! 馬鹿じゃねーの!? 俺はこんな奴に出来る筈がねぇって最初から思ってたけどな!」
フィリポはふんぞり返って言うが、タデウスも無気力なまま言われっぱなしではない。
「君だって、皆の期待を裏切ったじゃん。しかも、負け犬だし」
フィリポはこめかみに血管を浮かび上がらせ、真っ赤な双眸で睨んだ。
「俺は負け犬じゃねえ! 戦略的撤退だ! やる気ゼロで使徒を見逃したテメェと一緒にするな!」
「五十歩百歩よ、フィリポ。不快だから、大きな顔をしないで貰えるかしら」
マティアは指で髪をくるくる巻き、枝毛の心配をしている。
彼女……いや。彼の言葉にもカチンときたフィリポは椅子を倒して立ち上がり、マティアの胸倉を両手で掴んだ。
「あら。レディに手を挙げるの?」
「何がレディだ、半端糞野郎! まだ何もしてねぇ奴がデカい顔すんじゃねーよ!」
「事実じゃないの。それに。率先して行ったくせに敗走した方が、より恥だと思うけど?」
「テメ……!」
「あら。やる気?」
マティアは、胸倉を掴むフィリポの手首を力強く掴み返す。
「二人がケンカしても、しょうが無いよぉ」
また別のケンカが始まりそうになり、トマスはオロオロし始める。
「兎に角、ぼくはもう行かないよー。後は、皆で勝手にやってー」
タデウスはすっかり、やる気ゼロになってしまっているようだ。問責も無駄だと悟るバルトロマイは呆れ顔で腕を組み、いつも以上に無口になっている。
マタイも腕を組んで悩んだ。使徒も排除したいが、このタデウスを動かすのはかなり面倒臭い。しかし、一人だけ甘やかすつもりは微塵もない。自分たちの願いを叶えるためにも、使徒と戦ってもらわなければならない。
「そう言うなタデウス。もう少し真面に働いたらどうだ」
「そんなに使徒を排除したいなら、他の誰かが行けば良いじゃんー」
「だが、あの使徒との相性はお前が一番良いんだ。全開ではない術で彼処迄追い込められたのは、タデウスだからだ。他の奴が行った所で堕とす事は出来ない」
「じゃあ。別の誰かを行かせて、違う使徒を狙いなよー」
「お前が狙った使徒は、一度大きなダメージを受けている。タイムラグが発生すればダメージは回復し、一からやり直しだ。今追い打ちを掛ければ、確実に堕ちる」
「だからぼくに行けって言うの? やだー。だーるーいー」
タデウスは、また駄々をこね始めた。ダラダラし過ぎて半個体化して、椅子からヌルッと滑り落ちそうだ。
「其れで良いのか、タデウス。お前も、世界を許せないんだろう。だから存在して居るんじゃないのか」
「そーだけどー……」
「タデウス。俺達の目的を忘れた訳ではないだろう」
「『人類平等』……」
どれだけやる気がなくても死徒であるタデウスは、その目的だけは放棄していない。
「そうだ。其れが俺達の目的で、存在理由の筈だ。目的を果たさなければ、俺達が存在する意味は無くなる。俺達の存在を知らしめなければ、目的は果たされない。お前は“痛み”を。フィリポは“怒り”を。バルトロマイは“憎しみ”を。トマスは“苦しみ”を。マティアは“嫉妬”を。そして俺は“怨み”を、人間に思い知らせるんだ」
「其の為に、邪魔な奴等を排除しなきゃならない」
「そうだ。でなければ、俺達は無念の儘、また此の世から消え去る事になる」
「……それは、嫌だな」
「少しはやる気が出てきたか?」
ずっとテーブルに伏せ半個体になりかけていたタデウスは、溜め息を吐きながらだるそうにゆっくりと立ち上がる。
「分かったよ。もう一度だけなら、行ってあげる」
「できれば、今度は本気でやってほしいんだが」
「そーだねー。其れは、使徒と戦う迄に決めておくよ」
そう言いつつも、緑色の双眸には精気が再び溢れていた。




