表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/263

33話 六等星



「それで。話したいことって?」

「トラウマのことだよ。ボクもちゃんと向き合えるようになりたくて、免疫付けたペトロに、どうしたらそうできるのか訊きたいんだ」

「でも、参考になるかは……。オレとシモンのトラウマは違うし」


 ペトロたちは先日、シモンのトラウマについてヤコブからあらかた聞いていた。


「だけど、ボクも強くなりたいんだ。これからも、みんなと一緒に戦いたいから」


 傷を抱えた状況が違えば克服手段も変わってくるだろうが、シモンは真剣な眼差しで聞きたがっている。


「わかった。飽くまでも参考だけど」


 その姿勢に、一人の人間として背中を押してやりたいと思えたペトロは、僅かでもシモンの力になれればと話すことにした。


「ペトロは前に、心構えが変わったって言ってたよね」

「オレは、思い込みが修正されたことと、自分へ掛けていた呪に気付いて、生き方を見つめ直したんだ。だけど、自分を縛っていたものを全部取り払った訳じゃない。吹っ切れた考え方ができるようになったんだ」

「もういいや! ってなったの?」

「そんな、投げやりな感じじゃないけど。でも、第三者からの言葉がかなり助けになった。自分のことは自分が一番わかってるつもりでも、周りは自分とは違う視点だから、自分が見えていない自分に気付かされるんだ」

「第三者って、ユダのこと?」


 訊かれたペトロは、隣のユダをチラッと見た。ユダも、ペトロの顔を見た。


「まぁ……。一応、その一人」


 心恥ずかしくなりながら、ペトロはわざと曖昧に答えた。


「とにかく。周りから掛けられた言葉のおかげで、オレは少し心を自由にすることができたんだ。オレには家族や自分への誓いがあって、それが自分から自由を奪う呪になってた。まだその誓いを捨てることはできてないけど、今はそれが原動力になってる」

「呪なのに?」

「呪だったものが、おまじないになった感じかな。お守りみたいな。だから今は前ほど苦しくないし、選び取れなかったものをほしがってもいいのかなって、思い始めてる」

「でもさ。ペトロが変われたのは、死徒の棺の中だよね。あの状況でどうやって……」


 変われる要素がないだろうと、不可解に思うシモンは訊いた。


「確かにあの状況だと、絶望しか抱けなくなる。孤独で、怖くても誰にも縋れない。でも、本当は一人じゃないんだ。心を抉られて潰されそうになっても、誰かが優しく強く心を包んでくれてるのを感じる」


 ペトロはテーブルの下で、右腕に触れた。


「その存在に支えられてるから、孤独でも一人じゃないよ」


 ペトロのその言葉で、シモンはヤコブが言ってくれたことを思い出す。


 ────俺はお前のことを思ってる。どんな状況でも側にいる。絶対に、シモンを寂しくさせない。


 その言葉を聞いただけで、すごく心強く思えた。だから、ペトロが言ったことがわかる。誰かの支えが自分の助けになり、その人の存在を感じるだけでいとも簡単に勇気を抱けてしまうことが。


「ボクね。こうして思い出したってことは、いつまでも逃げてちゃダメなんだって思って、次があるなら逃げずに戦おうって覚悟してる。だけど、本心はやっぱり怖がってて、負けたらどうしようって少し不安なんだ。でも、希望があるなら克服したい。これからも、使徒を続けたいから」


 使徒を続けたいというそのシモンの願いは、ペトロも嬉しく思う。だから、勇気を持てるよう真摯に答えを返した。


「それなら、目を逸らさないことだと思う。怖い思いしたんだからそんなの無理だ、って思うよな。でもやっぱり、それが一番大事なのかもしれない。だって、自分のことだから。自分にしかわからない苦しみで、自分じゃないとそれをどうしたいのかわからない。このままの状態で付き合っていくにしても、克服するにしても、自分が歩いて来た道の足跡を残すかどうするかは、自分次第だと思う」

(足跡……)


 もしも足跡が消える時は、その出来事の“全て”を忘れられるだろう。憎しみも、悲しみも、絶望も全て。

 だが、土砂降りの雨が降ろうとも、足跡はきっと消えない。消すことができたとしても、シモンの望みである使徒は続けられない。

 シモンもペトロも、足跡は残したくないのが本心だ。しかし。意味のない足跡など、あるのだろうか。


「ユダは、ペトロを支えてて感じたことは何かある?」

「私? そうだなぁ……」


 シモンに尋ねられたユダはコーヒーカップを置き、目を伏せて考えた。


「克服できるなら、その方がいいんだろうけど。やっぱり、焦らないことかな。熱いコーヒーを飲む時って、舌を火傷しないように必ず冷ましてから飲むでしょ? 時間が経てば、熱さは引いていって飲みやすくなる。トラウマも、再適応を急がなくてもいいんだ。時間を掛けて一歩ずつ歩いて行けば、大丈夫だよ」

「そっか……。そうだね」


 ユダのわかりやすいアドバイスは、シモンもすんなり飲み込めた。


「参考になったか?」

「うん。話聞けてよかった。もしかしたら逃げ出したくなっちゃうかもしれないって不安だったけど、勇気出すよ」

(ここで恐怖に負けて逃げたら、きっと一生後悔する。背筋を伸ばして、ヤコブの隣にいられない。ボクは見つけたい。未来の希望を)


 現在は過去の延長ではなく、未来も現在の延長ではない。それぞれが違って、独立している。そして、それぞれを繋いでいるのは自分で、遮断するのも自分だ。

 シモンは、遮断していた過去と未来を繋ぎたいと思った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ