32話 きらり……
リビングルームの掃除当番のペトロは、ユダと一緒に掃除をしていた。各自の部屋も自分たちで掃除するが、共同スペースは二人一組の当番制を取っている。
ユダは水回りをやっていて、ペトロはフロアに掃除機をかけていた。
(……あ。悪魔の気配が消えた。無事に終わったみたいだな)
ヨハネたち三人は、祓魔に行っていた。シモンは留守番にさせようとしたが、本人は行くことを頑として曲げなかったので、少し心配していた。
「というか。リビングルームの掃除、広くてマジで大変……」
(二部屋ぶんをリノベーションして繋げた、って言ってたもんな)
「母さんは毎日、こんな大変だったのか……。もっと手伝えればよかったな」
家事の大変さを実感しながら、一時間ほどかけてペトロの担当部分は終わった。
「終わったー! あとやり残したことは……。あ。多肉植物、戻さなきゃ」
見回して、棚からテーブルに移動させたままだった多肉植物のポットを両手で持った。
「水回りは終わったよ」
掃除フィニッシュの間際、バスルームの掃除を終えたユダが、水濡れ防止のエプロンを外しながら戻って来た。
「こっちも終わったとこ」
「じゃあ、コーヒーでも淹れて一息つこうか」
「賛成ー……っとお!?」
ペトロは端が捲れていたラグに躓き、転倒しそうになる。
「ペトロくん!」
ユダは咄嗟にエプロンを投げ、腕捲りした手を伸ばしてペトロの身体を支えた。
「っぶなかったぁー……」
ヒヤッとしたペトロは、胸を撫で下ろした。持っていた多肉植物も無事だ。これを落としていたら、掃除のやり直しになるところだった。
「危うく、チェストに顔をぶつけるところだったね。大丈夫?」
「うん。ありがと……」
顔を上げるとユダの顔がすぐ側にあり、ペトロの心臓が高鳴った。ふいにバスルームで起きた事故の記憶が甦って、赤面して顔を逸らした。
「ポットも無事でよかった」
「このポット、高いのか?」
「ううん。過去に、ヤコブくんもシモンくんも落として割ってて、ヨハネくんに怒られてたんだ」
「ヨハネのこだわりなのか?」
「この子にはこのポットがいいって、選んでるみたいだから」
(この子……)
ペトロは、ヨハネが店で選んでいるところを想像した。独り言を呟いて店員に気持ち悪がられていないかと、ちょっとだけ心配になった。
「ペトロくんて、掃除中ドジするよね。前にも、掃除道具踏んで転んだし。掃除機で家具に傷付けちゃうし」
「あんまり言うなよ」
「アンティーク味が増したと思えば、大丈夫だよ。家具はだいたい、歴代住人の置土産なんだし」
指摘されて決まりが悪そうなペトロを、ユダはフォローした。
「注意してるつもりなんだけど、なんでか何かしらやらかすんだよなぁ。昔からずっと」
「そんなに気にすることでもないよ。人には得意不得意があるんだし」
「でもさ。ユダがそつなくこなしてるの、ちょっと羨ましい」
自分は家事が不得意なんだろうと思うが、家事全般を得意とするユダと比べると、どうしてそんなふうに上手くできないんだろうと、ペトロは少し落ち込む。
「それが、きみらしさだよ。頑張ろうとしてドジするのも、かわいいし。そんなきみを見てると癒やされる」
ユダは微笑んで全力フォローした。ところが、ペトロの表情は不満げだ。
「肯定してくれることには文句は言わないけど、かわいいとか言われても嬉しくないからな?」
「あれ。そうだった? 照れてるのは、てっきり嬉しいからだと」
「散々、性別間違われてきたのに、そんなこと言われても喜ぶ訳ないだろ。自分が言われるの想像してみろよ。オレの気持ちわかるから」
ペトロは、一度同じ屈辱を味わってみろと言う。
「じゃあ、ペトロくんが言ってみて」
「ユダってかわいいよな」
心にも思っていないことだったので、ペトロは無表情と無感情で言った。
面と向かって言われたユダは一度「かわいい」を噛み締めると、フッと笑いを漏らした。
「うん。確かに、嬉しくないね」
そして、顔を綻ばせて笑った。
笑うユダの顔を見た瞬間、ペトロは何かが輝いた気がした。でも、胸の苦しみも感じた。
「ペトロ。まだいる?」
そこへ、帰って来たシモンが顔を出した。
「シモン、お疲れ。大丈夫だったか?」
「うん。ヤコブとヨハネが気を遣ってくれて、防御に徹してたから」
「ペトロくんに何か用事?」
「ちょっと話したいことがあって……。というか、二人とも。多肉植物持って向かい合って、何してるの?」
「二人で、この子に名前を付けようかって話をね」
「そんな話してないだろ」
若干散らかっていた掃除道具を片付け、ユダが淹れたコーヒーをお供に三人はテーブルに座った。




