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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

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28話 掴む声



 ガープが喚び出した軍勢と対峙し続けるユダたちだが、一部隊を退けてもまた次の部隊が進軍して来ての繰り返しで、全くガープに近付くこともできない。


()のまま、儂の出番は無く終わりそうだのぅ」


 悠々と腰を据えて、戦闘を静観し続けているガープ。咥える葉巻は、半分ほどまで減っている。しかし、出続ける煙の量は最初とさほど変わらない。

 消耗戦に圧倒的な不利を強いられている四人にも、疲労の色が見え始める。


「まずいね。どうにかしてガープへ近付かないと」

「こんな戦闘ごときで負けるの、街のヒーローとしてカッコ悪いよな」

「だったら突破口作るしかねぇだろ! いつまでも、こんなザコに構ってる暇はねえ!」


 シモンが気掛かりでならないヤコブも、苛立ち始めていた。


「ここは、二つの突破口を開こう!」


 四人はユダとヨハネ、ペトロとヤコブで分かれ、それぞれで突破を試みる。


「貫き拓く! 冀う縁の残心(エントゥウィクレン)皓々拓く(ゼルプスト)!」


 ヨハネは〈苛念(ゲクイエルト)〉で、正面の悪魔を一掃する。そこをユダが、ヨハネに援護されながら襲い掛かって来る悪魔を排除しつつ突破していく。


「断切る! 来たれ黎明(アウスシュテアブン・)祝禱の截断(ゲベート)!」


 別の部隊に阻まれても、〈悔責(バイヒテ)〉で攻撃を連続で繰り出して半分ほど一掃し、残りは無視して悪魔の壁を飛び越え、ガープを直接狙った。


「はあっ!」


 ところが、また違う盾を持った部隊に阻まれる。


「お主、なかなかやるではないか」

「なかなかやるだけじゃ、使徒は務まらないよ!」


 ユダは、再び〈悔責(バイヒテ)〉で邪魔な部隊を排除する。そして、一気にガープの目前へと飛び込み大鎌を振り下ろす。


「はあっ!」


 ところが、ガープは姿を消し、瞬間的に別の場所に移動していた。


「!?」

「ほぉ。お主、人間にしては見所が有りそうだな」


 顎髭を触るガープは目を細め、ユダに関心を示した。

 一方。ヤコブは、ペトロの助けで悪魔の壁を突破していく。


「強靭奮う! 晦冥たる白兎赤烏(ムーティヒ・)照らす剛勇(ブリヒトニヒト)!」

「貫き拓く! 朽ちぬ一念(シュナイデン・)玉屑の闇(エントシュルス)!」


 二人で攻撃を連続で繰り出し、憚る悪魔の個体は少なくなった。


「行け、ヤコブ!」


 ヤコブは薄くなった悪魔の壁を跳躍して突破し、再びシモンの元へ駆けた。ペトロはヤコブの邪魔をさせまいと、残った悪魔を排除していく。


「シモン! 幻覚に惑わされるな!」


 シモンに近付こうとするが、邪魔をされたくないタデウスに妨害される。ヤコブは、襲い掛かって来る影の帯を〈悔謝(ラウエ)〉で受け流す。


「無駄だって言ったじゃん。どんだけ愚蒙なの?」


 謗ってくるタデウスをボコボコにしたい気持ちを抑えて無視し、ヤコブはシモン救出にだけ神経を注いだ。


「俺の声が聞こえないのか! それは全部偽物だ!」


 襲い来る攻撃をできるだけ受け流すが、四方から次々と生えてくるように黒い帯が現れ、避けきれずに頬や腕に傷を負う。

 だがヤコブは痛みなど構わず、シモンに近付いて手を伸ばす。


「シモン!」


 攻撃を掻い潜ったその手は、帯に巻かれていなかった腕を掴んだ。その時。


「……!?」


 ヤコブの脳に、瓦礫と化した街とそこここで上がる火の手と煙、そして、銃を構える人間と、母親と逃げる幼いシモンの姿が断片的に見えた。


(これが、前にユダが言ってたやつか!)


 ユダから教えられた体験と同じく、幼いシモンの身体に染み込まされた悲しみと恐怖が、同じ体験をしたかのようにヤコブの心にも生まれる。


「シモン! そこは今のお前がいる場所じゃない! 今のお前がいるべき場所を思い出せ! 俺のとこに戻って来いっ!」




「……!?」


 絶望に染まりかけていたシモンは、一縷の望みを見つけたかのようにハッとする。

 そして少し冷静さを取り戻すと、右腕に何かに触られているような感覚を覚えた。


(ヤコブ……。そこにいるの?)


 右腕に刻まれている名前が、何かを教えてくれていた。

 ヤコブの存在を感じるシモンは気持ちが落ち着いていき、浸食していた恐怖や絶望感が薄れていく。

 幾分か落ち着いてきて、汚れた袖で涙を拭き、目を背けたい気持ちを堪えてもう一度凄惨な光景に目を遣った。

 するとシモンは、違和感を覚えた。


「なんか違う……。ボクの記憶とこの光景は、別物だ」


 すると。戦車や瓦礫や人が全て消え、戦場はまっさらな暗い空間となった。


「あれー。幻覚が消えちゃった?」


 作り出した幻覚が風に飛ばされたようになくなり、タデウスは目を疑った。


(帰らなきゃ。ヤコブが待ってる!)


 シモンは弓矢のハーツヴンデ〈恐怯(フルヒト)〉を手にして、頭上に向けて光の矢を放つ。


「射貫く! 泡沫覆う惣闇(ホフノン・)星芒射す(リヒトシャイネン)!」




 シモンは現実でも〈恐怯(フルヒト)〉を具現化させ、放った矢で棺が断ち切られると、解放されて地面に落下する。


「シモンッ!」


 ヤコブは、解放されたシモンを抱き止めた。


「大丈夫か!? しっかりしろ!」

「ヤコブ……。大丈夫だよ」


 顔色は悪いが、シモンの意識ははっきりしていた。弱々しくも微笑で無事を伝える姿に、ヤコブは心底安堵する。

 一方の棺を破られたタデウスだが、全く悔しがってもしていない。 


「あれー。脱出されちゃったー。中途半端にした所為(せい)かなぁ……。ま、いっか。もう一度やる気力も無いし。ガープ。帰ろー」


 ユダと対峙していたガープに、帰還命令が下った。


「おっと。主から帰還の命令が下された。此の勝負、次の楽しみとしておこうではないか」

「主があれだから、次がいつあるのかはわからないけどね」

「はっはっは! 違いない!」


 豪快な笑いとともにガープが消えると、呼び出された眷属の軍勢も霧のように消え去った。


「じゃあ。疲れたから帰るねー。バイバイー」


 最後まで無気力だったタデウスも、あっさりと影の中に姿を消した。ある意味、立つ鳥跡を濁さない引き際だ。




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