27話 棺の中。酸鼻は笑う②
校舎を出ると、目視できる距離に撃ち合う味方と敵勢力、そして、こちらへ主砲を向ける戦車が見えた。味方勢力は、ミサイルランチャーを戦車に連続で発射し、前進を阻もうとしていた。
シモンはその光景を横目に一瞬見ただけで、他の避難民たちとともに一心不乱に走った。どこへ、なんてわからない。とにかく、危険が及ばない場所を求めて。
(なんで……)
周辺の建物はすでにいくつも砲撃で崩落していて、瓦礫で逃げ道は障害物だらけだ。人々は裸足だろうが擦り傷を負っていようが、割れた硝子を踏み、鋭利なコンクリートの破片を踏んでも、自分の命を死守するために息を切らしてひたすら走った。
シモンも、大人の数分の一の体力を振り絞った。
(なんで……なんで……!?)
「あっ!」
しかし足がもつれ、転んでしまった。母親とは手が離れ、周囲の人々の足音が次第に遠ざかっていく。
後方では、ミサイルランチャーが着弾する爆発音と、連続で銃弾が発射されるライフル銃の音が聞こえる。それが自分を狙っている音だとわかっているシモンは、身体の震えが止まらず、その場から動けなくなってしまう。
「……おかあさん?」
顔を上げても、母親の姿はなかった。他の避難民も消え、いつの間にかシモン一人だけになっていた。
囲む瓦礫の間からは挟まれた人の腕や足がはみ出し、仰向けになった上半身は糸を切られたマリオネットのように寝ている。
あちこちから火の手も上がる。何かが燃えて、灰色の煙が天上に送っている。
「どうして……。どうして、こんなこと……。なんでボクたちが、巻き込まれなきゃいけないの……」
シモンは震える声で、誰にでもなく問い掛ける。
「そうだよねー。酷いよねー」
その問いに答えるのは、タデウスだ。姿はなく、声だけがシモンの耳に届く。
「ぼく達が一体何をしたの? って感じだよねー。前触れも無くミサイルを打ち込まれて、街が破壊されて。戦車が何台もやって来て、更に建物を壊して。武装した人間が殺し合って、其の巻き添えで周りの人が沢山死んで」
「死ぬ……」
シモンは青褪めてブラウンの瞳に涙を浮かべ、震える自分の身体を抱く。
「死ぬのは、嫌だ……」
「嫌だよね。死にたくないよね。でも此れが、因果応報って奴なんだよ。過去の責任を、君も取らなきゃいけないんだよ」
タデウスはやる気のない口調で、それでいて問責する声音でさらなる追い込みを始める。
「でも。ボクは、こんな地獄みたいな仕打ちを受けることやってない!」
「自分は普通に生きて来ただけ? そうだよね。そう思うのが普通だよね。でも其れは、思い込みだよ。誰もが平和に一生を終えられるなんて、誰が決めたの? 神様はそんなに優しくないよ。もしも神様が全人類に優しかったら、君はこんな事に遭ってないでしょ。だから、普通に生きたって意味は無いんだ。どう生きようが、どうせ人間は死ぬ。理不尽に殺されるんだ」
「そんなの……嫌だ」
「君も遅かれ早かれ、皆と同じように死ぬんだよ。ほら。喚んでる」
タデウスがそう言うと、シモンの神経が聴覚に注がれ、周りから人の声がいくつも聞こえて来る。
「おいで……」
「おいで……」
「こっちのほうがラクだよ……」
「なにもイタクないよ……」
「なにもクルシクないよ……」
「おいで……」
作られた亡霊の声にシモンは耳を塞ぐ。
「嫌だ……。いやだっ!」
「君も、痛いのや苦しいのはもう嫌でしょ? 本当は使徒だってやりたくないんでしょ? ぼくは分かるよ。ぼくは、君と似てるから」
「いやだ!」
(だけど……)
「ほら、見て」
唆す声に抗おうとするシモンのすぐ側に、タデウスが姿を現し、シモンの髪を引っ張って顔を上げさせた。瓦礫が消え去った代わりに、戦車が街を焼き、阿鼻叫喚の光景が眼前に広がっている。
「君は、此れに堪えられる?」
「いやだ!」
「ほら。またミサイルで建物が壊れて、瓦礫で人が潰れたよ」
「やめて!」
逃げ惑う人々の叫びとともに、光景が脳裏に重なる。
「彼処で銃で撃たれてるよ。血飛沫、凄いね」
「いやだ……。やめて……」
溜まった涙が溢れ、両目から零れ落ちる。
「分かったでしょ? 君が生きて来た世界も、これから生きる世界も、何方も地獄なんだよ」
タデウスは耳元で囁く。惨劇を上書きされたシモンの表情が、絶望の色に染まっていく。




