23話 鬼ごっこ
またタデウスの影から、幾つもの帯が出現する。シモンは駆け回り、壁で宙返りし、跳躍してかわしつつ、建物の屋上に上がりハーツヴンデ〈恐怯〉を手にした。
「泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
地上から這い上がって来る帯の影を、全て射抜いた。しかしまた、次の攻撃が来る。屋上にまで追い掛けて来た帯の影は背後から襲い掛かり、シモンは飛び降りて地上に戻ってまた走った。
「何でボクばっかり狙うんだよ!」
「そーだなぁー……。何となく気になったから?」
「何となくで選ばないでよ! こういう場面でそういうの、一番迷惑なんだから!」
「だって。何か気になっちゃったんだもん。ぼくに似た物を持ってる気がしてさー」
「死徒と似たものなんて、持ってるはずないだろ!」
シモンは、再び襲い来る帯の影を〈恐怯〉で一掃する。
「でも。ぼくだって昔は人間だったんだから、同じものを持っててもおかしく無いよ? だから、ぼくと君でも出来るんだよ。相互干渉。ちょっと試してみたくない?」
タデウスは肘掛けに両膝を突いて顎を乗せ、かわいいポーズで誘った。
「ものすごく遠慮する!」
そんなかわいらしいポーズで釣られるような男じゃないシモンは、だらけながら勝負を挑んでくるのが若干イラッとしてきた。
(襲ってくる帯の影をどうにかしたいけど、そうするにはたぶんタデウスを倒さないとダメだ。だけど、一人じゃ……)
「ねー、怠いんだけどー。良い加減、観念しなよー。終わらなきゃ帰れないじゃんー」
シモンを追い掛け回すのが飽きてきたのか、タデウスは領域内に残っていたトラムに帯の影を巻き付け、シモンに向かって投げた。
「っ!?」
轟音と振動を立てて目の前に落ちて来たトラムに驚いて、シモンは思わず足を止める。その一瞬の隙きに、帯の影がシモンの両手足に巻き付いた。
「しまった!」
「漸く捕まえたー。なかなか捕まらないから、一日掛かっちゃうかと思ったよー」
拘束されたシモンは宙に浮く。帯の影を引き千切ろうとしても、鉄のように強力で人間の力では無理だ。
椅子に座ったまま接近して来るタデウスに、シモンは気持ちを構える。
「このまま、ボクを棺に閉じ込めるつもりなの?」
「あー。あれね。やっても良いんだけど、結構怠いんだよねー。だから、全力でやろうかどうしようか迷ってるんだー」
「怠いなら、やらなくてもいいんじゃない?」
「其れもアリなんだけど、何もしないで帰ったらチクチク言われちゃうから」
タデウスは、シモンを顔を覗くように近付いた。
「君の中には、どんな負のエネルギーが溜め込まれてるのかなー。心は、どんな痛い事を覚えてるのかなー。誰にどれだけ傷付けられたのかなー」
惰気のままでありながらも、その双眸はシモンの心に侵入してくる。巣穴を掘り返して餌を探すかのように。
「正当な理由だった? 正義は有ったのかな? それとも、悪意ばかりだった? 傷付ける意味は有ったかな? そんなの無くて、理不尽な理由だったのかな?」
土足で侵入して来るタデウスの問いに、シモンは反応しないよう黙っていた。しかし、表情は動かしていないつもりだったのに、タデウスは鋭くその微妙な変化を感知する。
「あ。そうなんだ。君は、理不尽に痛め付けられたんだね。じゃあ、其の理不尽は何だったの? 監禁かなー? 殺人かなー? もっと酷い事? それじゃあ、テロ? それとも……戦争かな?」
質問に反応して、シモンの瞳孔が開いた。タデウスはそれを見逃さなかった。
「あ! 当たったー。そっかー。戦争に巻き込まれたんだねー。それなら、負のエネルギー溜め込むよねー」
見抜かれたシモンは心臓の鼓動が早まるのを感じたが、平静を維持する。
「……お前に、ボクの何がわかるの」
「分かるよー。すーっごく分かる。だって死徒は、何億という人間の怨念の集合体だもん。色んな凄惨な死に方をしてるから、戦争で死んだ人間の怨念も勿論有るよ。だから、君の気持ちも理解出来るんだ」
無気力な表情だったタデウスは、ニタァ……と笑った。「……っ!」気持ちが共有できる同胞を見つけ、引きずり込みたいと嬉々とするその笑みに、シモンは背筋を凍らせる。
「其の痛みを、ぼくに見せてよ。壊れるきみを!」
《因蒙の棺》
「……!?」
黒い帯がシモンの目と耳を塞ぎ、聴覚と視覚が現実世界から遮断された。
「面倒臭いから、此れで良いやー」
タデウスはまた、椅子の肘掛けに足を掛け、頭を凭れさせて惰気満々状態になると、目を瞑った。




