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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

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23話 鬼ごっこ



 またタデウスの影から、幾つもの帯が出現する。シモンは駆け回り、壁で宙返りし、跳躍してかわしつつ、建物の屋上に上がりハーツヴンデ〈恐怯(フルヒト)〉を手にした。


泡沫覆う惣闇(ホフノン・)星芒射す(リヒトシャイネン)!」


 地上から這い上がって来る帯の影を、全て射抜いた。しかしまた、次の攻撃が来る。屋上にまで追い掛けて来た帯の影は背後から襲い掛かり、シモンは飛び降りて地上に戻ってまた走った。


「何でボクばっかり狙うんだよ!」

「そーだなぁー……。何となく気になったから?」

「何となくで選ばないでよ! こういう場面でそういうの、一番迷惑なんだから!」

「だって。何か気になっちゃったんだもん。ぼくに似た物を持ってる気がしてさー」

「死徒と似たものなんて、持ってるはずないだろ!」


 シモンは、再び襲い来る帯の影を〈恐怯(フルヒト)〉で一掃する。


「でも。ぼくだって昔は人間だったんだから、同じものを持っててもおかしく無いよ? だから、ぼくと君でも出来るんだよ。相互干渉。ちょっと試してみたくない?」


 タデウスは肘掛けに両膝を突いて顎を乗せ、かわいいポーズで誘った。


「ものすごく遠慮する!」


 そんなかわいらしいポーズで釣られるような男じゃないシモンは、だらけながら勝負を挑んでくるのが若干イラッとしてきた。


(襲ってくる帯の影をどうにかしたいけど、そうするにはたぶんタデウスを倒さないとダメだ。だけど、一人じゃ……)

「ねー、怠いんだけどー。良い加減、観念しなよー。終わらなきゃ帰れないじゃんー」


 シモンを追い掛け回すのが飽きてきたのか、タデウスは領域内に残っていたトラムに帯の影を巻き付け、シモンに向かって投げた。


「っ!?」


 轟音と振動を立てて目の前に落ちて来たトラムに驚いて、シモンは思わず足を止める。その一瞬の隙きに、帯の影がシモンの両手足に巻き付いた。


「しまった!」

(ようや)く捕まえたー。なかなか捕まらないから、一日掛かっちゃうかと思ったよー」


 拘束されたシモンは宙に浮く。帯の影を引き千切ろうとしても、鉄のように強力で人間の力では無理だ。

 椅子に座ったまま接近して来るタデウスに、シモンは気持ちを構える。


「このまま、ボクを棺に閉じ込めるつもりなの?」

「あー。あれね。やっても良いんだけど、結構怠いんだよねー。だから、全力でやろうかどうしようか迷ってるんだー」

「怠いなら、やらなくてもいいんじゃない?」

「其れもアリなんだけど、何もしないで帰ったらチクチク言われちゃうから」


 タデウスは、シモンを顔を覗くように近付いた。


「君の中には、どんな負のエネルギーが溜め込まれてるのかなー。心は、どんな痛い事を覚えてるのかなー。誰にどれだけ傷付けられたのかなー」


 惰気のままでありながらも、その双眸はシモンの心に侵入してくる。巣穴を掘り返して餌を探すかのように。


「正当な理由だった? 正義は有ったのかな? それとも、悪意ばかりだった? 傷付ける意味は有ったかな? そんなの無くて、理不尽な理由だったのかな?」


 土足で侵入して来るタデウスの問いに、シモンは反応しないよう黙っていた。しかし、表情は動かしていないつもりだったのに、タデウスは鋭くその微妙な変化を感知する。


「あ。そうなんだ。君は、理不尽に痛め付けられたんだね。じゃあ、其の理不尽は何だったの? 監禁かなー? 殺人かなー? もっと酷い事? それじゃあ、テロ? それとも……戦争かな?」


 質問に反応して、シモンの瞳孔が開いた。タデウスはそれを見逃さなかった。


「あ! 当たったー。そっかー。戦争に巻き込まれたんだねー。それなら、負のエネルギー溜め込むよねー」


 見抜かれたシモンは心臓の鼓動が早まるのを感じたが、平静を維持する。


「……お前に、ボクの何がわかるの」

「分かるよー。すーっごく分かる。だって死徒(ぼくたち)は、何億という人間の怨念の集合体だもん。色んな凄惨な死に方をしてるから、戦争で死んだ人間の怨念も勿論(もちろん)有るよ。だから、君の気持ちも理解出来るんだ」


 無気力な表情だったタデウスは、ニタァ……と笑った。「……っ!」気持ちが共有できる同胞を見つけ、引きずり込みたいと嬉々とするその笑みに、シモンは背筋を凍らせる。


「其の痛みを、ぼくに見せてよ。壊れるきみを!」


因蒙の棺ザーク・レミニスツェンツ


「……!?」


 黒い帯がシモンの目と耳を塞ぎ、聴覚と視覚が現実世界から遮断された。


「面倒臭いから、此れで良いやー」


 タデウスはまた、椅子の肘掛けに足を掛け、頭を凭れさせて惰気満々状態になると、目を瞑った。




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