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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

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22話 無知と悠々



「て言うか。テリトリー展開しそびれちゃったなぁ……。ま、いっか」


 駄々をこねていたせいで先を越されたタデウスだが、意欲はまだ半分程度なので虫くらいにしか気にならない。


「ガープ。使徒の相手しといてー」

「主。具体的には」

「適当で良いよー」

「相変わらず、やる気の無い主だ。承知した」


 使役されるガープも呆れているが、孫に弱くて怒れないおじいちゃんのように、丸投げされても大目に見た。


「でも。一人だけ貸してね」


 そう言った途端、タデウスの影が伸び、黒い壁がシモンのすぐ隣に現れヤコブたちと分断された。そして、黒い壁はしなやかに自由に動き始め、狙われるシモンはそれから逃げた。


「シモン!」


 ヤコブは、襲い掛かる黒い帯からシモンを助けようとした。その時、ガープが簡略詠唱する。


知は無となる(ウンヴィセンハイト)


 ヤコブは黒い帯に攻撃しようと手を翳す。「降り注げ! リヒト───……」ところが、途中で止まってしまう。


「ヤコブ?」

「……あのさ。攻撃って、どうすればいいんだっけ」

「どうすれば、って。いつものようにやればいいだろ」

「そうなんだけど……。どうやって力を使うかわからねぇ」

「は? 何言ってるんだよ、ヤコブ」


 ヤコブはもう一度攻撃を繰り出そうとするが、記憶が抜け落ちたように、どうやって力を使っていたかを思い出せなくなっていた。


「なんでだ! なんで使えないんだよ!?」


 ヤコブは突然のことに混乱し、焦燥する。

 その様子を見たガープは、筋骨隆々の腕を組み手応えを感じていた。


「敵陣の中ではあるが、儂の能力は使えるようだな」

「ヤコブくんが力を使えなくなったのは、お前の能力だというのか」

「そうだ。お主等全員がな」

「私たちも?」


 そう聞いたペトロはガープに攻撃を仕掛けようとするが、ヤコブと同じように使徒の力がなぜか使えない。ユダもヨハネも同様で、ガープの言う通りだった。


「儂の能力の一つは、相手から知識を奪い無知とさせる事だ。お主等からは、『使徒の力の使い方』の知識を奪わせてもらった」

「何だって!?」

「いつそんなこと……」

「それじゃあ。オレたちはどうやって戦えば……」


 四人は愕然とする。使徒の力が使えなければ、どうやってガープと渡り合えというのだ。このままでは、一瞬で捻り潰されてしまう。

 しかし、ガープは使徒を攻撃せず、その場に胡座をかいて腰を据えた。


「戦い方を考えれば良い。其の知識が有ればの話だがな」


 好き放題にできる獲物が狼狽える様を見て、興に入ろうとしているのか。それとも、本当に悠々閑々と待つつもりだろうか。

 どちらにせよ、使徒に戦法を考える猶予が与えられた。


 一方。タデウスに狙われるシモンは、捕らえんとする黒い帯から逃げていた。

 障害物がほとんどない広場をフェイントを掛けながら駆け回ったり、周囲に立つ建物の壁を走るなどして逃げ回るが、帯がまるで自分の影のように追い掛けて来てかわすのがギリギリだ。


「降り注げ! 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 ガープの術に掛かっていなかったおかげで攻撃はできるが、なくなったと思っても次から次へと新しい帯の影が追い掛けて来る。


(ペトロの時みたいに、ボクを棺に閉じ込めようとしてるのかな)


 フィリポの時と同じように棺が出現するのを警戒しつつ、絶えず襲って来る帯の影への攻撃の手を緩めず逃げ続ける。

 一方から襲って来ていた帯が、前後から出現した。シモンは挟まれかけるが、着地した瞬間に真横に飛び退いた。それを消滅させても、同じことの繰り返しだった。


「意外と、簡単に捕まらないんだなー」


 タデウスは、自身の影で作った座り心地がよさそうな椅子に座り、片方の肘掛けに足を掛け、もう片方には頭を凭れ、スライムのようにだらりとしながら逃げ回るシモンを目で追っていた。

 シモンは思い切って、無防備なタデウスに攻撃を仕掛けた。


「穿つ! 闇世への帰標(ベスターフン・ニヒツ)!」

「わあっ!?」


 しかし、椅子が生きているかのように動き、光の玉から放出された光線は一つも命中しなかった。


「急に狙わないでよー」

「噴出せ! 赫灼の浄泉(クヴェレ・ブレンデン)!」


 シモンは連続で攻撃し、今度こそ直撃したかと手応えを感じた。しかし。


「危ないなぁー」

「!?」


 タデウスは椅子ごと、シモンの半径1メートル以内に移動していた。


「直撃する所だったじゃんー。ぼく、痛いのとか嫌なんだからね」


 タデウスはシモンを睨み付けた。その緑色の双眸は、惰気を貪る性質からは想像できない、鋭く粘着質な本質が覗いていた。



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