21話 意欲なき訪問者
人々に囲まれていたのは、ボロボロのロングコートの軍服を着たタデウスだった。体育座りをしながら地面に横になっていて、ブツブツ独り言を言っている。
「はぁー。矢張り来るんじゃなかったー。怠いし、面倒臭いよー。今から、誰か代わりに来てくれないかなー」
「こいつは……。つーか。これは一体どういう状況だ?」
群衆に囲まれていることにも気付かずに、自身の胸の内を大っぴらにしている者が死徒であることは、気配から確実だった。しかし、そのやる気ゼロの姿にシモンとヤコブは戸惑う。
「明らかにやる気なさそうだね」
「こいつ、戦いに来たのか? それとも、ダラダラしに来ただけなのか?」
「敵地でこれだけ気を抜けるって、相当肝が据わってるよね」
「それか。俺たちがナメられてるかだな」
スマホで写真を撮る観光客などの一般人に紛れて観察していると、地元民が二人の存在に気付いた。
「あれ。使徒さんたちじゃないか」
「あんたたちで、この人保護してやってくれよ。もう十分以上この状態なんだ」
(十分以上って……)
二人は、敵地で群衆に惰気を晒しまくっていたことに敵ながら呆れ、一瞬言葉が出なかった。
「いや。保護は無理っす。こう見えて、こいつ敵なんで」
「なので、今のうちに退避して下さい。ボクたちが見張っているので」
惰気満々で危険はないように見えるが、今は眠っているハリネズミ状態なだけだ。二人は平常心で避難を促すと、地面に転がる青年を悪と認識しながらも、人々は使徒に倣って落ち着いてその場から離れて行った。
人払いをしたシモンとヤコブは守護領域を展開し、さてどうするかと相談を始める。
「今なら一発で倒せそうだけど……」
「やるか? 正義の味方としてそれはどうなんだっていう疑問があるけど、やっちまうか?」
「でも、隙きがあるようで全然ないよね」
地面に転がる石ころのように動かず、未だ後ろ向きな独り言を呟いているタデウスだが、全く隙きがない。どこからどう攻めても仕留められない雰囲気だった。
「……あ」
すると。タデウスはようやく、使徒二人の存在に気付いた。
「しまった。使徒に会っちゃったぁ……」
タデウスはげんなりした顔で言うが、シモンとヤコブも「こっちだって会いたくなかったよ」と言いたげな表情をする。
「一応確認するけど。お前も死徒なのか?」
「死徒? ……あー。そう言えば、マタイが即興で考えたって言ってたなぁ……。うん。そうだよ。ぼくも死徒。『痛哭のタデウス』だよ。宜しくしないで良いからね〜」
(自己紹介までやる気ねぇー!)
(本当に戦いに来たのかな……)
ファーストコンタクトとなる敵との挨拶も、気合いの「き」の字も感じない。間違えて送られて来た刺客なんじゃないかと死徒本部に問い合わせたいところだが、残念ながら連絡方法はわからない。
タデウスは寝転がり体育座りの体勢から、寝そべり体勢に変えた。
「君達、ぼくと戦う気なの?」
「そのつもりだよ。敵が目の前にいるのに、見過ごさないよ」
「だよねー。そーだよねぇー。矢張り来なきゃ良かったぁー。面倒臭いよぉー。帰りたいー」
(出直すなら出直してくれてもいいけど)
「でも。帰っても、また来る事になるんだろうなぁー。其れも面倒臭いなぁー。往復するの怠いなぁー……」
敵の駄々を聞くこの奇妙な時間は何なんだと、二人は突っ込みたかった。帰ってもいいんじゃないかとすら思った。
そんなタデウスに、ある提案が思い浮かんだ。
「あ。そうだ。ねぇねぇ。良い事思い付いたんだけど」
「なんだよ。一発超デカいのぶちかまして、終わりにするとかか?」
「そんな事じゃないよー。ぼく、面倒臭いから戦いたくないもん。でも、君達にとっても良い事だよ」
「一応聞いてあげる。なに?」
「君達が使徒を辞めれば良いんだよ。そうすれば、ぼくも君達も戦わなくて済むし。Win-Winで良いでしょ」
どんな提案かと思えば、大変馬鹿げたものだった。
「何がWin-Winだ。俺たちのメリットは?」
「え?」訊かれたタデウスは、ぽかんとした顔をする。
「最悪、死なずに済むって事だよ? 人間にとって、死なない事は最大のメリットでしょ?」
「何言ってんだ。使徒のことをだいぶ勘違いしてんな。俺らは、平穏を脅かす危険な存在から人々を守るためにいるんだよ。お前らが消えない限り、俺たちは立ちはだかる。そうだよな、シモン」
「……え?」
ぼうっとしていたシモンは聞き返した。
「おいおい。彼氏がかっこいいセリフ言ったのに、聞いてなかったのかよ」
「ごめん……」
惰気満々を晒しているとはいえ、敵を目の前にして少し気を抜いていたのだろうか。ヤコブは、そんなシモンの様子が少し気になった。
「えーっ。絶対何方にとっても良い条件なのになぁー。見逃してくれないんだー。使徒って案外、冷酷なんだねー」
「どっちが冷酷だ。お前らの方がやり方残酷だろうが」
そこへ、遅れてペトロたち三人も駆け付けた。そして、着いた早々拍子抜けを食らう。
「てか。この状況なに」
「寝そべりスタイルで遭遇するのは、初めてだね」
「驚け。さっきまでは体育座りで寝転がってたんだぞ」
「やる気のなさが清々しいな」
「そういう訳で、まだ何も始まってない。始まる気配もない」
使徒史上初のゆるゆる展開に、戦闘スイッチを入れて来たペトロたちも緊張感が抜け落ちてしまった。
「ヤバいー。使徒が集まっちゃったー」
使徒が勢揃いした状況にタデウスは顔を伏せ、足をバタバタさせ始める。
「どーしよー。ボコボコにされちゃうー。矢張り帰ろうかな。帰って誰かにバトンタッチしようかな……。でも。フィリポみたいにチクチク言われるかな。使徒を前に戦わずに逃げて来たって、負け犬以上の汚名を着せられるよなー。其れはヤダなぁー。フィリポ以下になりたくないなぁー……」
「独り言が激しいね」
「さっきからこの調子だ」
駆け付けたばかりのユダたちも、この数秒でタデウスの性質を理解して呆れ返る。
タデウスの駄々で戦闘は始まらないんじゃないかと、一同が思い始めた時だった。うつ伏せで独り言を言っていたタデウスはふらりと立ち上がり、深い溜め息をついた。
「はぁーーーっ。仕方が無いかぁ。勝てる自信無いけど、逃げ帰った後の方が嫌な事待ってそうだし」
嫌々やる気を出したタデウスは、掌を地面に翳す。
「ま。其の他大勢はガープに任せるし。適当にやろうっと」
掌には憤怒のフィリポと似たような紋章が刻まれている。
「出て来て。ガープ」
地面に掌のものと同じ紋章が現れ、紫色の光を放つ。そして、タデウスの相棒が現れた。
頭に二本の太い角を生やし、銀色の鎧を身に着けた、人間の三倍ほどの厳つい体格をしたゴエティア・ガープが召喚された。




