18話 休日(ヨハネ、思い通りにいかず)
「ペトロくん。今日これからデート行かない?」
「!?」
休日。昼ご飯を食べ終わり、まだ全員がいるリビングルームで、ユダは平然とペトロを誘った。ヨハネは持っていた皿を衝撃で手放したが、側にいたシモンが素早くキャッチした。
誘われたペトロは、みんながいる前でやめろよと言いたげで気恥しそうだ。
「別にいいけど……。また、色んなとこ連れ回すのか?」
「いや。今日はスーパーに買い出しだ」
「なんでヤコブが話に入ってくるんだよ」
「俺も一緒に行くから」
「……デートじゃなくて、普通に買い出しじゃん」
ペトロのドキドキは五秒で覚めた。
「もう、ヤコブくん。ネタバレが早過ぎだよ。もうちょっと、ドギマギするペトロくんを見たかったのにー」
「オレの反応で遊ぶな!」
「なんだ、ペトロ。二人きりのデートじゃなくて、残念だったか」
「そうじゃないし!」
ヤコブのイジりに、ペトロは照れを誤魔化しながら返した。すると。
「はいっ! 僕も行きますっ!」
同じ過ちは繰り返すまいと勇気を振り絞ったヨハネが、同行したいと手を挙げた。ところが、ヨハネの恋を応援しているはずのヤコブがそれを妨害する。
「お前は昼飯の片付けと、シモンと一緒にリビングルームの掃除があるだろ」
「変われヤコブ!」
「やだよ。俺、先週当番やったし。お前が今週の当番なんだから、責任持ってやれ」
「じゃあ、ペトロ!」
「オレ来週当番だから、やだ」
行きたがるヨハネの理由を知らないペトロに断られるのはわかるが、知っているはずのヤコブにまで断られてしまった。
「ヨハネくん、そんなに買い出し行きたいの? じゃあ、私が変わろうか?」
「あ。いえ……。やっぱり大丈夫です」
それでは元も子もない。
誰とも交代できないヨハネは、ユダに変に思われるのを避けて泣く泣く身を引くことにし、買い出しに出掛ける三人を見送った。
「くっ……」
「頑張ったよ、ヨハネ」
シモンは、悔しさで下唇を噛むヨハネを慰めた。
ユダの運転でいつも利用している近所のスーパーに到着し、買い物カゴに三〜四日分の食品や、消耗品のストック分を入れていく。
飲料コーナーを通ると、ユダは炭酸水をカートに乗せる。そんなに飲むことはないのに、最近よくまとめ買いをしている。
「お前、またその炭酸水買うのかよ」
「だって、ペトロくんの初イメージキャラクターの商品だよ? 少しでも売上に貢献したいじゃないか」
「でも買ったところで、オレの給料が増えるわけじゃないだろ」
公私ともにペトロ推しのユダは「気持ちの問題だよ」と言って、ルンルンで六本セットを三つカートに乗せた。
ちなみに。ユダは週に二本は飲んでいるが、ヤコブやシモンの方が消化している。あとは、煮込み料理にも使ったりする。
気持ちは購買意欲も掻き立てるんだなと、自分も同じような行動をしていることに気付いていないヤコブは、感心して言う。
「お前、本当にペトロのこと好きだな」
「うん。好きだよ」
「ちょっ……。ユダ!?」
ユダが流れで普通にカミングアウトして、ペトロは赤面して動揺する。
「なに動揺してんだよ。お前らのことは知ってるから」
「知ってるって……」
「私がペトロくんに告白したこと、ヤコブくんとヨハネくんに話したから」
「何で!?」
自分が知らないうちにどうしてそんなことになっているんだと、ペトロはさらに動揺する。
「訊かれたし、仲間内で隠すことでもないからいいかなって」
「そんなに動揺することないだろ。何だよお前。二人だけの秘密にしておきたかったのか?」
ヤコブはペトロの反応が面白くて、ニヤッと笑う。
「そういうんじゃ……」
ペトロはちょっとだけユダを睨んだが、羞恥の方が勝っていて、非難の言葉は喉で渋滞を起こした。
恥ずかしくなったペトロは二人から少し離れて、別の商品棚を見て気を紛らわせ始めた。
「この感じだと、その後の進展なしか?」
「でも、焦ることじゃないから」
「でもさ。いろいろ我慢はしてるんだろ?」
「またそういうことを……」
焚き付けようとしているようにしか聞こえないヤコブの言い方に、ユダは困り顔になる。
「答えを迫ることだってできるだろ。片思い期間が長いんだし、早く成就させたいって願うのが普通だと思うけど」
「言ったでしょ。欲望のままに触れて、ペトロくんの意志を捻じ曲げることはしたくないんだ。これは、ペトロくんの正直になった心が選ぶべきことなんだ。だから私は、いつまでも答えを待つよ」
思いもよらず未遂事件は起きたが、あれ以降もユダの気持ちは変わっていなかった。人の心は誘導するものでも、思い通りに操作するものでもない。心にも尊厳はあるのだと心得ていた。
「お前、やっぱ紳士だわー。一度でいいから、俺のこと抱いてくれない?」
「ハグならいいけど、それ以外ならお断りします」
ヤコブの冗談を、ユダも冗談で返した。
話しながらゆっくり進むと、ペトロが立ち止まって何かを見つめていた。




