17話 シモンの燻り
シモンももちろん、そのリスクは承知している。けれど、今までに失敗した例がなく、自分と同じ境遇の人の深層に潜入しても、何も心配なくできるんじゃないかと考えたこともある。しかし、その油断で足元を掬われると思い、戦いのたびに気を引き締めた。
それなのに、失敗したのだ。遭遇する覚悟もできていたはずなのに。
「それで片付けていいのかな」
「俺たちは完璧じゃない。できないことは、できないんだ。だから、後悔したなら次に役立てればいいんだよ」
ヤコブは、シモンがこれ以上後悔を引きずらないようにと言葉を掛けた。けれど、シモンはやっぱり、今回の失敗は簡単な言葉で片付けられなかった。
「そうかもしれないけど……。でも、使徒がやるべきことを果たせなかったんだよ? 深層潜入のリスクはわかってたけど、ボクが未熟で、本当は心の準備ができてなかったからじゃないのかな」
「そんなことねぇよ。今回のは、不測の事態ってやつだったんだって」
「ヤコブはそうやって、ボクを甘やかすよね」
シモンは少し腹立たしそうに、ヤコブに視線を向けた。
「そんなつもりじゃねぇよ」
「ヤコブだけじゃなくて、みんなだよ。みんな普段から、ボクが一番年下だからって気を遣ってない? 戦闘中も、一番年下のボクを自分たちで支えてあげようって思ってるでしょ。仲間なのに、僕をラインから一歩下げようとしてるでしょ」
「そんなことないって」
それは気のせいだとヤコブは気持ちを落ち着かせようとするが、湧き出したシモンの不満は収まらない。
「ボクも使徒だよ? みんなと一緒に戦い始めて、最初からずっとヤコブたちと同じラインで戦ってるつもりだった。ボクにだって使徒の誇りがある。なのに、年齢で忖度されるのはすごく傷付く。みんなの背中を見て戦うのは嫌だよ!」
「シモン……」
「ただでさえ学業優先してるせいで満足に戦えてないのに、『学生』と『年下』っていう枷を二つも付けられたら、誇りを持って使徒でいられない。ボクは、みんなの迷惑になりたくない。これじゃあボクは、胸を張って使徒を名乗れないよ。みんなと同じラインに立てないなら、学校も行きたくない!」
不満をぶちまけたシモンは、プイッとそっぽを向いた。口を尖らせ頬を膨らませて、不貞腐れているようにしか見えない。
その顔がちょっとかわいらしく思えるヤコブだが、くすぐられる心を抑えて宥めることを優先した。
「ちょっと待て。中退はさすがに考え過ぎだ」
「ボクは十五歳で学生だけど、気持ちはみんなと同じだよ。だから余計な忖度しないで!」
年上ばかりの中でシモンが必死に頑張って来た姿を、ヤコブはずっと見てきた。もどかしくて、足掻くところも。使徒の使命を優先するために、学校を休学する選択肢も考えていたことも知っている。
だからヤコブは、真摯な気持ちを向けた。
「シモンの気持ちはわかったよ。俺はシモンのこと、ちゃんと仲間だと思ってる。ユダも、ヨハネも、ペトロも、そう思ってるよ。気を遣ってるように感じてたなら謝る。けど、今回のことは、お前を甘やかしたんじゃない。無理なのは明らかだった」
「そうかもだけど……」
「救えなかったのが、そんなに悔しいのか?」
「こんなこと、初めてだったから……」
失敗を引き摺るシモンは、今にも悔し涙を浮かべそうだ。立派な責任感を持っていなければ、そんな表情はできない。
「でも、わかってただろ。使徒はヒーロー扱いされてるけど、映画の主人公みたいなヒーローじゃない。中身はその辺の人と大して変わらない、不完全な人間だ。だけどそういう部分があるから、悪魔に憑依された人を救える。お前だって、今までに何人も救ってきただろ」
シモンはそう言われて、これまで救ってきた人たちのことを思い出す。苦しみが軽減された人からは笑顔で感謝され、周りの人にも称えられた。
ヤコブたちからも、よくやったと褒められた。活動開始初期は気を遣われたことはたくさんあるけれど、ちゃんと思い返せば、仲間と肩を並べることができていた。
「だからお前も、ちゃんと使徒だ。俺たちと同じ使命を背負った仲間だ。でもだからって、無理な時は無理しなくていい。仲間がいるのは、お互いを補い合うためなんだからな」
「ヤコブ……」
「それに。俺はお前の気持ちを忖度しようなんて、考えたことない。ちゃんと一人の人間として見てる。だから対等に、言いたいことは何でも言えよ。付き合い長くなるんだからさ」
ヤコブは微笑んで、シモンの頭を撫でた。
シモンが頑張って背伸びをしようとするのは、年上ばかりの中でも対等でありたいという意志の表れだ。ヤコブもそれはわかっていたが、改めてシモンを仲間の一人として認めてやらなければと感じた。
シモンも、なんとか中退を思いとどまってくれたようだ。しかし、表情はまだ少し曇っている。
「……じゃあ。お願いがあるんだけど」
「なんだよ」
「抱き締めて」
(うっ……)
上目遣いでお願いされ、ハンマーで理性の壁を殴られた。
「なんで今」
「ヤコブが抱き締めてくれたら、悔しい気持ちとか治まると思う」
日頃は軽くハグはするが、過ちを防ぐために熱い抱擁は避けている。上目遣いで甘えられて理性の壁にひびが入ってしまったので、本当は断りたかった。
「…………」
だが、気持ちが落ち込んでいる恋人を慰めずに、何が彼氏だろうか。ヤコブは甘えに負けて、自分より細いシモンを優しく抱き締めてあげた。
「キスもしてほしい」
「お前……」
「いつものやつでいいから」
「……」
追加注文に、理性の壁に穴が開きそうになる。
またもやシモンに負けたヤコブは、つむじが見える頭に唇を落とした。
「気持ち、収まったか?」
「うん。もう少しこのままでいれば」
(くそっ。負けるな、オレの理性!)
理性の壁が崩壊しないように、ヤコブは懸命に堪えた。
するとシモンが、ヤコブの胸に顔を埋めながら言う。
「ありがとヤコブ。怒ってごめんね」
「気にしてねぇよ」
こうして時々甘えてくるシモンは、ヤコブから見ればまだまだ子供だ。そんなことを正直に言ったら怒られそうなので、絶対に言わないようにしている。




