表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/263

17話 シモンの燻り



 シモンももちろん、そのリスクは承知している。けれど、今までに失敗した例がなく、自分と同じ境遇の人の深層に潜入しても、何も心配なくできるんじゃないかと考えたこともある。しかし、その油断で足元を掬われると思い、戦いのたびに気を引き締めた。

 それなのに、失敗したのだ。遭遇する覚悟もできていたはずなのに。


「それで片付けていいのかな」

「俺たちは完璧じゃない。できないことは、できないんだ。だから、後悔したなら次に役立てればいいんだよ」


 ヤコブは、シモンがこれ以上後悔を引きずらないようにと言葉を掛けた。けれど、シモンはやっぱり、今回の失敗は簡単な言葉で片付けられなかった。


「そうかもしれないけど……。でも、使徒がやるべきことを果たせなかったんだよ? 深層潜入のリスクはわかってたけど、ボクが未熟で、本当は心の準備ができてなかったからじゃないのかな」

「そんなことねぇよ。今回のは、不測の事態ってやつだったんだって」

「ヤコブはそうやって、ボクを甘やかすよね」


 シモンは少し腹立たしそうに、ヤコブに視線を向けた。


「そんなつもりじゃねぇよ」

「ヤコブだけじゃなくて、みんなだよ。みんな普段から、ボクが一番年下だからって気を遣ってない? 戦闘中も、一番年下のボクを自分たちで支えてあげようって思ってるでしょ。仲間なのに、僕をラインから一歩下げようとしてるでしょ」

「そんなことないって」


 それは気のせいだとヤコブは気持ちを落ち着かせようとするが、湧き出したシモンの不満は収まらない。


「ボクも使徒だよ? みんなと一緒に戦い始めて、最初からずっとヤコブたちと同じラインで戦ってるつもりだった。ボクにだって使徒の誇りがある。なのに、年齢で忖度されるのはすごく傷付く。みんなの背中を見て戦うのは嫌だよ!」

「シモン……」

「ただでさえ学業優先してるせいで満足に戦えてないのに、『学生』と『年下』っていう枷を二つも付けられたら、誇りを持って使徒でいられない。ボクは、みんなの迷惑になりたくない。これじゃあボクは、胸を張って使徒を名乗れないよ。みんなと同じラインに立てないなら、学校も行きたくない!」


 不満をぶちまけたシモンは、プイッとそっぽを向いた。口を尖らせ頬を膨らませて、不貞腐れているようにしか見えない。

 その顔がちょっとかわいらしく思えるヤコブだが、くすぐられる心を抑えて宥めることを優先した。


「ちょっと待て。中退はさすがに考え過ぎだ」

「ボクは十五歳で学生だけど、気持ちはみんなと同じだよ。だから余計な忖度しないで!」


 年上ばかりの中でシモンが必死に頑張って来た姿を、ヤコブはずっと見てきた。もどかしくて、足掻くところも。使徒の使命を優先するために、学校を休学する選択肢も考えていたことも知っている。

 だからヤコブは、真摯な気持ちを向けた。


「シモンの気持ちはわかったよ。俺はシモンのこと、ちゃんと仲間だと思ってる。ユダも、ヨハネも、ペトロも、そう思ってるよ。気を遣ってるように感じてたなら謝る。けど、今回のことは、お前を甘やかしたんじゃない。無理なのは明らかだった」

「そうかもだけど……」

「救えなかったのが、そんなに悔しいのか?」

「こんなこと、初めてだったから……」


 失敗を引き摺るシモンは、今にも悔し涙を浮かべそうだ。立派な責任感を持っていなければ、そんな表情はできない。


「でも、わかってただろ。使徒(俺ら)はヒーロー扱いされてるけど、映画の主人公みたいなヒーローじゃない。中身はその辺の人と大して変わらない、不完全な人間だ。だけどそういう部分があるから、悪魔に憑依された人を救える。お前だって、今までに何人も救ってきただろ」


 シモンはそう言われて、これまで救ってきた人たちのことを思い出す。苦しみが軽減された人からは笑顔で感謝され、周りの人にも称えられた。

 ヤコブたちからも、よくやったと褒められた。活動開始初期は気を遣われたことはたくさんあるけれど、ちゃんと思い返せば、仲間と肩を並べることができていた。


「だからお前も、ちゃんと使徒だ。俺たちと同じ使命を背負った仲間だ。でもだからって、無理な時は無理しなくていい。仲間がいるのは、お互いを補い合うためなんだからな」

「ヤコブ……」

「それに。俺はお前の気持ちを忖度しようなんて、考えたことない。ちゃんと一人の人間として見てる。だから対等に、言いたいことは何でも言えよ。付き合い長くなるんだからさ」


 ヤコブは微笑んで、シモンの頭を撫でた。

 シモンが頑張って背伸びをしようとするのは、年上ばかりの中でも対等でありたいという意志の表れだ。ヤコブもそれはわかっていたが、改めてシモンを仲間の一人として認めてやらなければと感じた。

 シモンも、なんとか中退を思いとどまってくれたようだ。しかし、表情はまだ少し曇っている。


「……じゃあ。お願いがあるんだけど」

「なんだよ」

「抱き締めて」

(うっ……)


 上目遣いでお願いされ、ハンマーで理性の壁を殴られた。


「なんで今」

「ヤコブが抱き締めてくれたら、悔しい気持ちとか治まると思う」


 日頃は軽くハグはするが、過ちを防ぐために熱い抱擁は避けている。上目遣いで甘えられて理性の壁にひびが入ってしまったので、本当は断りたかった。


「…………」


 だが、気持ちが落ち込んでいる恋人を慰めずに、何が彼氏だろうか。ヤコブは甘えに負けて、自分より細いシモンを優しく抱き締めてあげた。


「キスもしてほしい」

「お前……」

「いつものやつでいいから」

「……」


 追加注文に、理性の壁に穴が開きそうになる。

 またもやシモンに負けたヤコブは、つむじが見える頭に唇を落とした。


「気持ち、収まったか?」

「うん。もう少しこのままでいれば」

(くそっ。負けるな、オレの理性!)


 理性の壁が崩壊しないように、ヤコブは懸命に堪えた。

 するとシモンが、ヤコブの胸に顔を埋めながら言う。


「ありがとヤコブ。怒ってごめんね」

「気にしてねぇよ」


 こうして時々甘えてくるシモンは、ヤコブから見ればまだまだ子供だ。そんなことを正直に言ったら怒られそうなので、絶対に言わないようにしている。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ