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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

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15話 街を食べるブラックホール



「さて。私たちはやつの相手をするんだけど……」

「ウξッテヤ£。オマ∉ζチ、ソ⊄モノ∑……」


 未だ建物の屋上にいる悪魔が地上に向かって手を開くと、ユダたちの目の前に渦を巻きながら直径2メートルほどの大きさの黒い玉が現れた。


「ケシζヤ£!」


 そして悪魔は、開いた手をグッと握った。


「散開!」


 ユダの直感で、四人はバラバラに退避する。ヤコブはシモンを抱えてその場を離れた。

 四人が退避するのとほぼ同時に、黒い玉は一瞬で膨張し消えた。消滅したあとには、地面がきれいに半円形に削られていた。その直径はおよそ5メートルだ。


「なんだ今の!?」

「あれに触れたものは、消えてしまうみたいだね」

「まるでブラックホールだ」


 悪魔はブラックホールを連発する。使徒はあちこちに散らばって回避行動を続けながら、攻撃を開始した。


「貫け! 天の罰雷(ドンナー・ヒンメル)!」

「降り注げ! 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 的は大きくなり狙いやすいはずだが、悪魔の逃げ足は小動物のごとくで、ヤコブを苛つかせたことが納得できた。悪魔の攻撃の手もハイスピードで、ブラックホールが出現するたびに地面や建物に次々と穴が開いていく。


「街が穴だらけになっていくね」

「守護領域を開放すれば原状回復するとはいえ、このままだと僕たちの逃げ場がなくなりますよ!」

「足場が悪いのは勘弁だな」

「私とヨハネくんで接近してみる。ヤコブくん、二人を頼める?」

「了解!」


 深層潜入中のペトロとシモンを任せ、ユダとヨハネは悪魔への接近を試みる。


「ヤコブ。ボクならもう大丈夫だよ。だから戦う」

「顔色悪いやつが何言ってんだ。ペトロも言ってただろ。無理して頑張ろうとするな」


 シモンのもどかしさは、わからない訳ではない。しかし、無理して戦闘に加わり負傷する方が、後々大きな後悔になる。

 悪魔に接近するユダとヨハネは両サイドに別れ、ブラックホールを回避しながら攻撃する。


「穿つ! 闇世への帰標(ベスターフン・ニヒツ)!」

「降り注げ! 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 攻撃は全く別方向からにも拘らず、視界から撃たれる光線と、頭上から降り注がれる光の弾丸を悪魔は巧みに避け、反撃も忘れずにお見舞いする。地上のシモンたちも狙われるが、ヤコブが防御と反撃で応戦した。

 防御は、ブラックホールに触れても機能した。だが、悪魔からの距離は関係なく戦闘領域内ならどこでも出現した。


「貫け! 天の罰雷(ドンナー・ヒンメル)!」


 ユダとヨハネは、一瞬の休みもなくブラックホール回避と攻撃を続け、ヨハネは隙きを見て悪魔の死角に身を隠した。

 ヨハネが姿を隠したため、悪魔は目の前をうろつくユダに攻撃を集中する。


「爆ぜろ! 御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」

「℃%ェ#ッ!」


 回避不可能な光の爆発を食らい、悪魔は初めて悲鳴のような声を上げた。

 その背後から、姿を隠していたヨハネが現れる。


「穿つ! 闇世への帰標(ベスターフン・ニヒツ)!」


 放たれた光線は、悪魔を捉えると思われた。が、悪魔はユダからの攻撃でダメージを受けながら、劣らぬ逃げ足でそれをギリギリかわした。おかげで、標的を失った光線は危うくユダに命中しかけた。


「すっ、すみませんっ!」

「大丈夫!」


 二人はブラックホールから一時逃れるために地上に降り、悪魔の死角へと隠れた。


「ユダ。本当にすみませんでした」

「かわされたのは予想外だったね。それにしても、逃げ足が早いおかげで捉えられない。何か手を考えないと……」

「それなんですが。()()は使えないでしょうか」


 そう言って、ヨハネは上を指差した。ユダは頭上の()()()()を見て、ハッと気付く。


「なるほど。やってみようか」


 ヨハネの発案で、ユダは作戦を実行に移した。

 二人はブラックホールに注意しながら、再び別方向から攻撃を開始する。


「貫け! 天の罰雷(ドンナー・ヒンメル)!」


 攻撃したユダは即時、悪魔の前から身を隠す。その背後からヨハネが攻撃を仕掛ける。


「降り注げ! 祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」

「ケ§テヤ£! キ∉ロ!」


 ヨハネは、張り出した窓や地下鉄の看板などを足場にし、縦横無尽に回避行動をしながら攻撃を続ける。ヨハネしか見えていない悪魔も、執拗なまでに狙い続けた。

 しばらく一人で攻撃と回避を続けたヨハネは、交差点が見下ろせる建物の上でわざと足を止めた。


「ほら、ここだ!」

「キエζッ!」


 斜向かいの屋上に悪魔が立ち、ヨハネを狙ってブラックホールを出現させようとした。その時。


「噴出せ! 赫灼の浄泉(クヴェレ・ブレンデン)!」

「爆ぜろ! 御使いの抱擁ウムアームン・エンゲル!」

「&◇€ゥッ!」


 再び光の爆発を食らわされた悪魔は、一瞬だけ動きが止まった。

 その一瞬を狙ったユダが、大鎌のハーツヴンデ〈悔責(バイヒテ)〉を手にし、目標を目掛けて地上から斬り掛かった。


「はあっ!」


 しかし、ユダが斬ったのは建物の角だった。悪魔が立っていた場所は三角錐状に斬られ、足元が崩れた悪魔は落下していく。


心具象出ヴァッフェ・ダーシュテーレン───〈苛念(ゲクイエルト)〉!」


 ヨハネも長槍のハーツヴンデ〈苛念(ゲクイエルト)〉を具現化し、落下する悪魔の方へ向かっていく。


「はっ!」


 ところが、またもや斬ったのは悪魔ではなく、トラムの架線だ。落下した悪魔は切り口から電流を放出する架線に触れ、感電する。


「ギャ@¿ア℃&オッ!」


 稲妻は身体中を走り、悪魔は地面に落下した。


「噴出せ! 赫灼の浄泉(クヴェレ・ブレンデン)!」

「ガ$%ァ#ッ!」


 そこへ追い打ちをかけたのは、シモンだった。そして、すかさずユダが十字の楔(カイル・クロイツェス)で拘束し、悪魔は沈黙した。


「シモン、お前」

「仕返しくらい、いいでしょ?」

「……ったく」


 無理をするなと念を押したのに、精神的ダメージを受けても失われなかったシモンの負けん気を、ヤコブは呆れながら褒めた。


「%&ゥ……。グ$%ァッ!」


 悪魔が苦しみの呻き声を上げた。その直後、救済に成功したペトロが無事に帰還した。


「もう大丈夫だ!」

「よっしゃ! トドメは俺にやらせろ!」


 ヨハネが〈苛念(ゲクイエルト)〉で鎖を断ち切ったあと、ヤコブは斧のハーツヴンデ〈悔謝(ラウエ)〉を具現化させ悪魔に突っ込んで行く。


「これはシモンの代わりだ! 濁りし魂に、安寧を!」

「グ♀&ア@◇ァ……ッ!」


 ヤコブに斬られた悪魔は断末魔を上げ、黒い塵となり消えていった。少し手子摺らされたが、無事に祓魔を終えた。


「ヨハネくん、ありがとう。助かったよ」

「いいえ。進化した悪魔にはどうなんだろうと思ったんですが、通用するかは一か八かでした」

「たぶん力を得た個体は、実体に近い存在になるんだ。私も、この前のグラシャ=ラボラスとの戦いでやつに傷を負わせた時、悪魔を祓う時と違う感覚があった。ヨハネくんが言ってくれなければ、状況は変わってなかったよ。きみのおかげだ」

「いえ。そんな……」


 面と向かって感謝されたヨハネは、気恥ずかしくなって目を逸らした。今回の戦いで、一番ユダの役に立てたのなら本望だ。


「おい、ユダ。シモンも頑張ったんだから、労ってやってくれよ」

「シモンくんも、ありがとう。大丈夫?」

「みんな、ごめんね。迷惑掛けて」

「気にすることないって」

「シモンくんの過去と似た境遇の人だったんだよね。辛かったはずなのに、もう一度救おうとしたその心意気は誇りに思うよ」


 シモンの失敗で祓魔にも時間が掛かってしまったが、誰も責めなかった。深層潜入は毎回完璧にできるのは当然とは考えていないから、こんなのはちょっとした失敗だと寛容なのだ。

 だが、不完全燃焼のシモンの表情は晴れなかった。




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