15話 街を食べるブラックホール
「さて。私たちはやつの相手をするんだけど……」
「ウξッテヤ£。オマ∉ζチ、ソ⊄モノ∑……」
未だ建物の屋上にいる悪魔が地上に向かって手を開くと、ユダたちの目の前に渦を巻きながら直径2メートルほどの大きさの黒い玉が現れた。
「ケシζヤ£!」
そして悪魔は、開いた手をグッと握った。
「散開!」
ユダの直感で、四人はバラバラに退避する。ヤコブはシモンを抱えてその場を離れた。
四人が退避するのとほぼ同時に、黒い玉は一瞬で膨張し消えた。消滅したあとには、地面がきれいに半円形に削られていた。その直径はおよそ5メートルだ。
「なんだ今の!?」
「あれに触れたものは、消えてしまうみたいだね」
「まるでブラックホールだ」
悪魔はブラックホールを連発する。使徒はあちこちに散らばって回避行動を続けながら、攻撃を開始した。
「貫け! 天の罰雷!」
「降り注げ! 祝福の光雨!」
的は大きくなり狙いやすいはずだが、悪魔の逃げ足は小動物のごとくで、ヤコブを苛つかせたことが納得できた。悪魔の攻撃の手もハイスピードで、ブラックホールが出現するたびに地面や建物に次々と穴が開いていく。
「街が穴だらけになっていくね」
「守護領域を開放すれば原状回復するとはいえ、このままだと僕たちの逃げ場がなくなりますよ!」
「足場が悪いのは勘弁だな」
「私とヨハネくんで接近してみる。ヤコブくん、二人を頼める?」
「了解!」
深層潜入中のペトロとシモンを任せ、ユダとヨハネは悪魔への接近を試みる。
「ヤコブ。ボクならもう大丈夫だよ。だから戦う」
「顔色悪いやつが何言ってんだ。ペトロも言ってただろ。無理して頑張ろうとするな」
シモンのもどかしさは、わからない訳ではない。しかし、無理して戦闘に加わり負傷する方が、後々大きな後悔になる。
悪魔に接近するユダとヨハネは両サイドに別れ、ブラックホールを回避しながら攻撃する。
「穿つ! 闇世への帰標!」
「降り注げ! 祝福の光雨!」
攻撃は全く別方向からにも拘らず、視界から撃たれる光線と、頭上から降り注がれる光の弾丸を悪魔は巧みに避け、反撃も忘れずにお見舞いする。地上のシモンたちも狙われるが、ヤコブが防御と反撃で応戦した。
防御は、ブラックホールに触れても機能した。だが、悪魔からの距離は関係なく戦闘領域内ならどこでも出現した。
「貫け! 天の罰雷!」
ユダとヨハネは、一瞬の休みもなくブラックホール回避と攻撃を続け、ヨハネは隙きを見て悪魔の死角に身を隠した。
ヨハネが姿を隠したため、悪魔は目の前をうろつくユダに攻撃を集中する。
「爆ぜろ! 御使いの抱擁!」
「℃%ェ#ッ!」
回避不可能な光の爆発を食らい、悪魔は初めて悲鳴のような声を上げた。
その背後から、姿を隠していたヨハネが現れる。
「穿つ! 闇世への帰標!」
放たれた光線は、悪魔を捉えると思われた。が、悪魔はユダからの攻撃でダメージを受けながら、劣らぬ逃げ足でそれをギリギリかわした。おかげで、標的を失った光線は危うくユダに命中しかけた。
「すっ、すみませんっ!」
「大丈夫!」
二人はブラックホールから一時逃れるために地上に降り、悪魔の死角へと隠れた。
「ユダ。本当にすみませんでした」
「かわされたのは予想外だったね。それにしても、逃げ足が早いおかげで捉えられない。何か手を考えないと……」
「それなんですが。あれは使えないでしょうか」
そう言って、ヨハネは上を指差した。ユダは頭上のあるものを見て、ハッと気付く。
「なるほど。やってみようか」
ヨハネの発案で、ユダは作戦を実行に移した。
二人はブラックホールに注意しながら、再び別方向から攻撃を開始する。
「貫け! 天の罰雷!」
攻撃したユダは即時、悪魔の前から身を隠す。その背後からヨハネが攻撃を仕掛ける。
「降り注げ! 祝福の光雨!」
「ケ§テヤ£! キ∉ロ!」
ヨハネは、張り出した窓や地下鉄の看板などを足場にし、縦横無尽に回避行動をしながら攻撃を続ける。ヨハネしか見えていない悪魔も、執拗なまでに狙い続けた。
しばらく一人で攻撃と回避を続けたヨハネは、交差点が見下ろせる建物の上でわざと足を止めた。
「ほら、ここだ!」
「キエζッ!」
斜向かいの屋上に悪魔が立ち、ヨハネを狙ってブラックホールを出現させようとした。その時。
「噴出せ! 赫灼の浄泉!」
「爆ぜろ! 御使いの抱擁!」
「&◇€ゥッ!」
再び光の爆発を食らわされた悪魔は、一瞬だけ動きが止まった。
その一瞬を狙ったユダが、大鎌のハーツヴンデ〈悔責〉を手にし、目標を目掛けて地上から斬り掛かった。
「はあっ!」
しかし、ユダが斬ったのは建物の角だった。悪魔が立っていた場所は三角錐状に斬られ、足元が崩れた悪魔は落下していく。
「心具象出───〈苛念〉!」
ヨハネも長槍のハーツヴンデ〈苛念〉を具現化し、落下する悪魔の方へ向かっていく。
「はっ!」
ところが、またもや斬ったのは悪魔ではなく、トラムの架線だ。落下した悪魔は切り口から電流を放出する架線に触れ、感電する。
「ギャ@¿ア℃&オッ!」
稲妻は身体中を走り、悪魔は地面に落下した。
「噴出せ! 赫灼の浄泉!」
「ガ$%ァ#ッ!」
そこへ追い打ちをかけたのは、シモンだった。そして、すかさずユダが十字の楔で拘束し、悪魔は沈黙した。
「シモン、お前」
「仕返しくらい、いいでしょ?」
「……ったく」
無理をするなと念を押したのに、精神的ダメージを受けても失われなかったシモンの負けん気を、ヤコブは呆れながら褒めた。
「%&ゥ……。グ$%ァッ!」
悪魔が苦しみの呻き声を上げた。その直後、救済に成功したペトロが無事に帰還した。
「もう大丈夫だ!」
「よっしゃ! トドメは俺にやらせろ!」
ヨハネが〈苛念〉で鎖を断ち切ったあと、ヤコブは斧のハーツヴンデ〈悔謝〉を具現化させ悪魔に突っ込んで行く。
「これはシモンの代わりだ! 濁りし魂に、安寧を!」
「グ♀&ア@◇ァ……ッ!」
ヤコブに斬られた悪魔は断末魔を上げ、黒い塵となり消えていった。少し手子摺らされたが、無事に祓魔を終えた。
「ヨハネくん、ありがとう。助かったよ」
「いいえ。進化した悪魔にはどうなんだろうと思ったんですが、通用するかは一か八かでした」
「たぶん力を得た個体は、実体に近い存在になるんだ。私も、この前のグラシャ=ラボラスとの戦いでやつに傷を負わせた時、悪魔を祓う時と違う感覚があった。ヨハネくんが言ってくれなければ、状況は変わってなかったよ。きみのおかげだ」
「いえ。そんな……」
面と向かって感謝されたヨハネは、気恥ずかしくなって目を逸らした。今回の戦いで、一番ユダの役に立てたのなら本望だ。
「おい、ユダ。シモンも頑張ったんだから、労ってやってくれよ」
「シモンくんも、ありがとう。大丈夫?」
「みんな、ごめんね。迷惑掛けて」
「気にすることないって」
「シモンくんの過去と似た境遇の人だったんだよね。辛かったはずなのに、もう一度救おうとしたその心意気は誇りに思うよ」
シモンの失敗で祓魔にも時間が掛かってしまったが、誰も責めなかった。深層潜入は毎回完璧にできるのは当然とは考えていないから、こんなのはちょっとした失敗だと寛容なのだ。
だが、不完全燃焼のシモンの表情は晴れなかった。




