12話 不意打ち、のぞく
カフェデートをしていると、同じカフェに立ち寄った大学生くらいの女性たちが二人に気付いた。
「ねぇ。ヤコブくんとシモンくんじゃない」
「本当だ。今日は二人だけなのね」
二人の女性はフランクに話し掛けて来たが、もちろん初対面だ。けれど、ヤコブとシモンもフレンドリーに挨拶を返した。
「シモンくんは、学校帰り?」
「はい。ヤコブが迎えに来てくれたので、一緒に寄り道です」
「仲良いんですねー。そういえばSNSで、二人の目撃情報が時々上がってるの知ってます?」
「らしいっすね。オレたち一緒に行動してること多いんで、よく目撃されるんすよ」
イートイン目的の女性たちは、二人の横のテーブルに座った。ヤコブとシモンは、せっかくのデートの邪魔だとは思わず、相席だと思って彼女たちと話を続けた。
「じゃあ、これも知ってます? 一部の人たちのあいだで、二人が付き合ってる説が出てるの」
「マジっすか。それは初耳」
「あたしたちも、ちょっと気になってるんですけど。実のところはどうなんですか?」
「ヤコブくんがシモンくんの頭を撫でてるとか聞いたんですけど、どうなんですか?」
ゴシップ好きな女性たちは、二人の聖域に土足で入ろうとしてくる。こんな遠慮のない一般人にもたまに遭遇するので、珍しくはない。
これもファンサービスなので、心象を悪くしないようにヤコブとシモンは快く答える。
「確かにボクたち仲はいいけど、兄弟みたいにめちゃくちゃ仲良しなだけだよね」
「確かにシモンの頭撫でるけど、兄弟みたいに仲良しなだけだよな」
と、二人は合わせた。にこやかに嘘をつくのも、慣れたものだ。
「なんだ、そっかー」
「でも。付き合ってても、それはそれで応援したいわよね。私たちを守ってくれてるぶん、私生活充実させて幸せになってほしいし」
「わかるー。全力で二人の幸せを願うよね!」
この場は嘘をついてしまったが、嬉しい反応を聞けてヤコブとシモンは少し安心する。
二人が交際中の事実を明かしたとしても、多様性を重んじる街の人々は、彼女たちのように祝福してくれるだろう。
「今日は、悪魔退治はお休みですか?」
「おかげさまで、今日は平和に過ごしてます」
「モデルの仕事もして悪魔も退治して、本当に大変ですよね」
「この前は、すごいことになってたらしいじゃないですか。ポツダム広場でボロボロの姿でいて、周囲の人たちが騒然としたって」
「あのくらい、どーってことないっすよ。ちょっと、いつもと違う敵だっただけなんで」
本当はどーってことない訳はなかったが、一般人に不安の種を蒔かない。これも、使徒としての人々への配慮だ。
「だけど。悪魔と戦うのって怖くないんですか? 怪我だけじゃなくて、死んじゃう危険があったりしないんですか?」
その質問をされた瞬間、シモンは微妙に顔色を変えた。
「まぁ、危険はありますけど。それは俺たちも承知だし。一人で戦ってる訳でもないんで。仲間がいれば安心すよ。な。シモン」
「……えっ。なに?」
「俺らが一丸になれば、どんなに強い敵でも負けねぇよな」
「うん。そうだね」
シモンは平気そうに相槌を打つが、ヤコブは微妙な変化を見落とさない。
「どうした? 急にぼーっとして」
「えと……。今日の宿題、面倒くさいやつだったなぁーって」
「そっか……。んじゃ帰るか」
ヤコブとシモンは女性たちに別れを告げ、帰りのトラムに乗った。トラムや電車は自転車を乗せることも可能なので、迎えの時に自転車が活躍することはほぼない。
「今日出された宿題って、どんなん?」
「外国語の宿題。フランス語の」
「俺、母国語の英語しかわかんねぇわ」
「そっか。わかんなかったら、訊こうと思ったのに。じゃあ、ペトロに訊いてみようかな」
ギムナジウムでは英語の他に外国語を二種類選んで勉強していて、シモンはフランス語とスペイン語を選択している。
恋愛では翻弄され、学歴ではシモンに上を行かれるヤコブのプライドは、もはやあってないようなものだ。しかし、学歴の差でシモンを妬んだりはしない。
そんなことよりも、様子が少し気になっていた。
「シモン。さっきの会話の内容、ちょっと気にしただろ」
「ちょっとだけだよ。心配するほどじゃないから」
「本当か?」
「うん。全然大丈夫」
「なら、いいけどよ」
大したことじゃないと普段通りに振る舞うシモンの頭を、ヤコブはポンポン撫でた。
ヤコブがシモンの頭を撫でる時は、意味がある。褒める時や、愛情を示す時や、慰める時。それから、「自分がいる」ということを伝えたい時だ。
シモンが本心を隠して言わなくても、ヤコブがこうして自分の気持ちを伝えてくれる。だからシモンは、頑張って背伸びをしていられるのだ。




