6話 怒濤の一日の終わり
その晩。ペトロの歓迎会も兼ねて食卓を囲んだ。いつもなら当番が食事を用意するが、今日はピザ二種類と、アイスバイン、アプフェルクーヘンをテイクアウトしてパーティー風ディナーだ。
「これからよろしく! 乾杯!」
ヨハネは賭けの景品のビールを開け、ペトロもビールをもらった。未成年のシモンだけは、グレープフルーツジュースで乾杯だ。
「ペトロ。守護領域に入ってみてどうだった?」
クアトロフォルマッジのチーズを口元から伸ばしながら、ヤコブが若干先輩ヅラして感想を訊いた。
「どうだったって訊かれても、始終わけわかんなかった。行きは、激しいジェットコースターだったし」
「でも。不意打ち攻撃をペトロくんが防御したのは、驚いたよ」
「マジかよ。俺、見てなかったわ。でもまぁ、俺だって防御くらいすぐにできたし。そのくらいで鼻を高くしてもらっちゃ、困るけどな」
摂取したアルコールが顔に出始めているヤコブは、先輩マウントを取って新人のペトロと張り合い始めた。
「してないし。咄嗟にできただけで、あとはユダに守ってもらってただけだし」
「まぁでも。早く慣れてもらった方が助かるけどな。ユダとヨハネは、事務所の仕事があるし。シモンも学校あって、俺もバイトとモデル業やってるからさ。人手があるようでないんだよ」
「モデル業って言ったって、バイトのシフト入ってる方が多いだろ」
「だから。お前は余計なこと言わなくていいんだよ、ヨハネ」
「ムダに先輩風吹かしたいのか、張り合いたいだけなのか知らないけど。お前のせいでペトロが辞めたら、どうするんだよ」
「新人イジメはダメだよ、ヤコブ。コンプラに引っ掛かっちゃうから」
ヨハネだけでなく、最年少のシモンにまで注意されるヤコブ。でも確かに。気を付けなければ、いつかペトロの逆襲を受けるかもしれない。
「ヤコブくんはヤコブくんなりに、ペトロくんを気に掛けてるんだよね。でもコンプラに抵触すると、きみの仕事を制御することになるから、やめておこうか」
ユダは笑顔でフォローしてあげるが、半分フォローになってない。
「それ、遠回しに圧力掛けてねぇか。社長だからって、権力に物言わせる気か?」
「うちの事務所は多少ゆるいけど、コンプラに関しては目を光らせてるからね」
ユダは目の代わりに、ペンダントライトの光でメガネをキラッとさせた。
「でもやっぱり、守りながらは大変ですよね。僕だったら、集中力切れてたかもしれません」
「怪我させたら、辞めるって言われちゃうかもしれないから、私も必死だったよ」
「ユダの必死はクールだから、信用できないけどね」
アイスバインに齧り付きながら、シモンは一応褒めたつもりで言った。
「記憶喪失でも普通に戦えるからって余裕こいて、そのうち足元掬われんなよ?」
(記憶喪失?)
ヤコブのセリフから気になるワードが耳に入ってきて、ペトロは隣のユダをちらりと見た。少し気にはなったが、出会って間もないこともあり、詳細を尋ねることはやめた。
「万が一ユダがピンチの時は、僕がフォローするから大丈夫だ」
「おお? やる気満々じゃん、ヨハネ。副社長なら、社長の女房役みたいな感じだもんなー」
「だっ……誰が女房だ!」
ヤコブのイジりに、アルコールの色か、ほんのり頬を染めてヨハネは動揺する。
「よかったな、ユダ。戦闘中に、ヨハネに全任せしても大丈夫だぞ」
「じゃあこの機会に、鍛練ローテーションやってみる?」
「鍛練ローテーション? 何ですか、それ」
「誰か一人を守りながら戦って、集中力を高める特訓だよ」
「女房役の本領発揮、できるかもしれないぞ?」
また女房役と言われて、ヨハネは染まった頬の色をよりはっきりさせる。
「いいよ、そんなの! ローテーションはやりません! 集中力は自分で鍛えて、自分の身は自分で守ってください!」
「ヨハネ、赤くなってるよ?」
「何か、恥ずかしくなることでもあったのか?」
「何もない! これはビールのせいだ! それ以外に理由はないっ!」
ヤコブとシモンのイジりに、ヨハネは全力で非常にわかりやすく抵抗した。
盛り上がりに付いて行けず輪に入れないペトロは、二〜三歩引いて眺めていた。それに気付いて、ユダが話し掛ける。
「ペトロくん。ビール足りてる?」
「うん……。いつも、こんな感じなのか?」
「時々ね。ちょっとヤコブくんが絡んできたけど、きみのことを歓迎してないわけじゃないから」
「だいぶ賑やかだな」
「苦手?」
「ううん。こういうのかなり久し振りだから、なんか懐かしいというか……」
色白の肌がほのかに染まるくらいには、ペトロもビールが進んでいた。けれど、ユダから見たその表情は戸惑っているように感じた。
「ペトロくん。ちょっと向こうで話そうか」
ヨハネイジリで盛り上がっているので、二人はグラスを持ってソファーに移動した。




