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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

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7話 憂鬱なビール



「今日も一日お疲れしたー」


 夕食後。リビングルームに残ったユダとヨハネとヤコブの三人は、ビールを注いだグラスを触れ合わせた。

 それぞれ好みのビールは違い、ユダとヨハネは地ビールのベルリナーピルスナー、ヤコブはベックスというピルスナービールだ。おつまみには、スライスしたソーセージを用意した。


「この三人で飲むの久し振りだね。この前は、ヨハネくんと二人で飲んだけど」

「なんだ。呼んでくれよ、水臭いな。じゃあハブられた分、普段できない話しようぜ」

「どんな話するの?」

「そーだなぁ……。ユダの近況とか」

「私の? 大して話題にすることはないよ」

「俺らに隠してることあるだろ」

「隠してること?」

「ペトロとはどうなんだよ?」

「え?」

「お前、あいつのこと好きなんだろ?」


 ヤコブはズバッと話を切り出した。その横でヨハネは大事そうにグラスを持ち、その思い切りのよさに心臓をバクバクさせる。


「あれ。バレてた?」


 ユダは苦笑いするが、隠したり誤魔化さずに肯定した。


「バレバレだっての。お前、普段は笑顔で誤魔化してるけど、結構わかりやすいからな」

「この前ヨハネくんにも言われたけど、そんなにわかりやすい?」

「滲み出るどころか、顔に書いてあるよ。な、ヨハネ」

「え? ……あ。うん」


 ヨハネは、この場はヤコブに任せることにしている。いざ聞き出そうとすると、緊張やら憂鬱やら現実逃避やらで口を開かなそうなので、真相を知りたい本人は聞き役に回るのが適切だと、ヨハネの取り扱いに慣れたヤコブの判断だ。

 そんな負けヒロインの代わりに、ヤコブは前のめりになって質問を始める。


「で。今どんな感じなんだよ。告ったのか?」

「うん。まぁ」


 知らないあいだにそこまでいっていたことを知ったヨハネの脳天に、雷が落ちた。


「じゃあ付き合ってんの?」

「ううん。返事待ち」

「あいつ保留にしてるのか。てことは。ペトロもお前のこと気になってるってこと?」

「それはどうだろう」


 ユダがペトロに告白したという事実が出だしから明らかにされて、すでにヨハネはこの席の意味を見失った。雷に打たれた上に、背後から敗北に抱き締められている気分だ。


「でも、それキツくね? 返事待ちなのに同室って、もどかしくて感情のやり場に困るだろ」

「それはあるよ。本当は毎日心境の変化を訊きたいし、ベッドルーム覗きたいのも我慢してる」

「じゃあ、まだ全然手を出してないのか。でも、抱き締めるとか、手を繋ぐくらいしただろ」

「それもしてないよ」


 ユダはこの場は余計な事実は口を噤んだ方がいいと考えて、強めのハグをしたことはわざと隠した。一応、手はまだ繋いでいない。

 ヤコブは素手でソーセージを丸めて摘んだ。


「頑張ってんな、お前。でもさ。もしも、キスできそうな雰囲気になったらどうする? 流れでしちゃわないか?」

「しないよ。ペトロくんの返事を聞くまでは、何もしないって決めてるから」


 ユダは大人の余裕を醸し出しながら、グラスを傾ける。


「本当かよ。お前だって男だろ。もしも好きなやつと密着状態のシチュエーションになったら、理性ぶっ飛んであれやこれやしたくなるだろ」

「ヤコブくん、私を煽ってるの?」

「普通の男ならって話だよ。オレだって、シモンの年齢とか考えて何もしてないだけでギリギリなんだぜ? でもペトロは成人してるんだから、手を出したところで誰も何も言わないだろ」

「ヤコブくん。成人してるしてないの話じゃないんだよ」


 ユダは飲み口から滴る水滴を親指で拭い、グラスの縁を撫でる。その誠実な眼差しは、ここにいないペトロを見つめている。


「この前の戦いを経て、ペトロくんは変わった。私にも心を開いてくれて、頼ってくれるようになった。だけどまだ、彼は戦ってるんだ。過去から持って来た罪悪感と。自分が掴もうとしているものが本当に正しいのか、悩み続けているんだ。だから返事を保留にしてる」

「確か、家族を喪ったんだよな。棺の中でトラウマと戦ったとは言ってたけど、克服した訳じゃないのか」

「だから、私は待ってるんだ。ペトロくんが本心に素直になって、彼の人生を歩む選択ができるまで。本当は触れたい。だけど、私の欲望のままに触れてしまったら、彼の意志を捻じ曲げることになる。例え、ペトロくんの心の中に私と同じ気持ちが芽生えていたとしても、私の気持ちで動かしてはいけないと思うから」


 ペトロが一人で強くいようとしたことも、罪悪感で涙したことも、大切な家族を思ってのことだと知った。選択を迷っている背景にも、家族の存在がある。ペトロが今一番優先したいのは家族への“証明”だ。それが十分だと思うまで、自分が介入して気持ちの舵取りをしてはいけないと、ユダは心に留めていた。

 なんてユダらしいんだろう。ヨハネは聞きながら、その気持ちは揺るぎないものなんだと教えられる。

 ヤコブも、そのユダの心構えに頬杖を突いて溜め息を漏らす。


「お前って本当に紳士だな。そんな男に好きになってもらったペトロは、幸せ者だよ。オレだったら、心も身体も許してるわ。優しくしてくれそうだし」

「優しくできるかどうかは、わからないけどね」


 ユダは微笑みを湛えながら、ペトロが聞いたら後退りしそうな保険を掛けた。


「お。意外と容赦ないタイプか?」

「片思い期間長いから」

「そういえば。使徒として戦い始めて一ヶ月後くらいからか。ギャラリーを見回して誰かを探してたよな、お前。それからなんか、生き生きし始めた気がする」

(バレてる……。私って本当にわかりやすいんだ)


 ペトロを探していたことまでバレていた事実が判明したユダは、これからは容易に感情が読まれないように気を付けようと追加で心に留めた。




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