2話 ラウンドアバウト
「でも。ヤコブやシモンの時もこんな感じだったんだろ」
「全然! こんな反応なかったよ。これって使徒の子だよね? くらい。ペトロみたいな盛り上がりはなかったよ。だから、ボクたちみんな驚いてるんだ」
「そうなんだ……」
最初の世間の反応は少し話題になったくらいだったが、購買やイメージアップには一役買っている。その後、功績とともに結果が付いてきた感じだ。
「事務所のホームページも、ペトロのプロフィールが追加されたし。もしかして、アクセス増えたんじゃないかな。新しいオファー来てないの?」
「いや。全然聞いてない。たぶん、使徒のオレと広告のやつが同一人物だと思われてないんじゃないか?」
注目される一方で仕事が来ないことをユダは腕を組んで悩んでいて、贔屓して過剰な広報戦略を打ち出しそうだったので、ペトロはヨハネと一緒に止めておいた。
「普段とのギャップが、思わぬ弊害になってるんだね」
「別に見られなくていいよ。プロフィール写真、あれだし」
ホームページのペトロのプロフィール紹介で使われている写真は、あの奇跡の一枚だ。もちろん使用したのはユダの独断で、ペトロは変えてほしいと交渉したのだが、社長の自分が決めたことだからと言って変えてくれなかった。また職権濫用である。
「あれ、いい写真なのに。ペトロは嫌なの?」
「不特定多数に見られるの、まだ慣れないんだよ……。社長に言ってダメなら、副社長に言ってみようかな。副社長が説得してくれれば、宣材写真変更してくれるかも」
しかしシモンは、要望が通る可能性を即否定した。
「それは無理かも。だってヨハネ、ユダ相手だと“イエスマン”だもん」
「副社長がそんなんでいいのかよ……」
「ユダは、ペトロのこれからに大いに期待してるんだよ。だから、目を引くあの写真使ったんじゃない?」
「職権濫用じゃなくて?」
「職権濫用かもしれないけど。でもきっと、あの写真がじわじわ役に立ってくるよ。それまでは、アルバイトしつつオーディション頑張らないとね」
シモンもペトロのポテンシャルを認め、これからの活躍に期待しているようだ。
しかしペトロには、周囲の反応というのはまだ遠く感じる。これから進む道を選び倦ねている今は、環状交差点でグルグルと回り続けている状態だ。
帰宅したペトロは、乾いた洗濯物を取り込んだ。室内干し必須の物件なので、香り付きの柔軟剤は欠かせない。畳んでいると、シャボンの香りがふわりと香ってくる。
「アルバイトしながらオーディションも、か……。ヤコブがそんな感じでやってるんだよな」
(でも。まだ、モデルを本気でやろうとは考えてないし。オーディションは強制されない限り行かないかな……。ていうか。普通にモデルの仕事の話するけど、オレたちの本業は使徒だよな?)
「本業がわからなくなりそうだ……」
服を畳んだ次は、自分の下着を手に取った。すると、ある出来事を思い出して羞恥がひょこっと顔を出した。
「家事分担のことも、ちょっと考えようかな……」
(自分のパンツをユダに干されてるのを見ただけで、動揺するなんて……)
数日前。正式に告白されたあとだったこともあり、自分に好意を抱いているユダに自分の下着を触られているのを見た瞬間、恥ずかしさが噴き出して朝から取り乱してしまった。
「自分のは自分で洗おうかな……」
「ただいまー」
そこへ、本日の業務を終えたユダが戻って来た。ジャケットを脱いでネクタイも取り、すっかりオフモードだ。
「お疲れ」
「洗濯物、畳んでくれてるんだ。ありがとう」
「どういたしまして」
ジャケットとネクタイをハンガーに掛けるユダは、ジッとペトロに視線を送る。なんとなくその視線に気付いたペトロは振り向いた。
「……何だよ?」
尋ねると、ユダはニコッと笑って言う。
「なんか。このシチュエーションが、新婚夫婦みたいだなと思って」
「新こ……」
唐突な発言に動揺して、ペトロは一瞬で頬を赤くする。
「何言ってんだよ! 付き合ってもいないのに!」
「じゃあ。同棲ホヤホヤのカッp」
「カップルでもない! 同室なだけ!」
「そんなに否定されると傷付くなぁ」
「否定じゃなくて事実だろ! お前の洗濯物、畳んでやらないぞ!」
ペトロは、ユダの洗濯物のズボンをバサッと投げ付けた。ユダは「そう言いながら投げないでよー」と、笑いながら洗濯物をキャッチする。
ユダから告白され返事を保留にしているが、関係性は以前と変わらなかった。ユダは返事を催促せず、無理やり何かをしてくることもない。なので、同室でもギクシャクせずに過ごせていた。
そのユダの気遣いは大変ありがたいペトロだったが、返事を待たせてしまっていることが少し申し訳なく思っていた。それは、バンデのこともある。
ペトロはこれから、バンデであるユダとの絆を深めていくことになる。しかし、告白の返事を先送りにすることでバンデとしての成長が遅れ、戦いに影響が出てしまうのではないかと気にしていた。
「……なに?」
「え?」
「だって。見つめてくるから」
「っ!」考え事をしながらユダを見つめていたことに自覚がなかったペトロは、また頬を染めて慌てて顔を逸らした。
「……あ……。あの、さ」
「うん?」
「その……。アレ……」
「アレ?」
「……やっぱり、なんでもない」
もしかしたら、ユダもこれからのことを気にしているのではと思い「返事を待たせてごめん」と言おうとしたが、やめた。そんなことを言えばユダはまた優しい言葉を掛け、その優しさに絆されて返事をしてしまいそうな気がした。
けれど、今はまだ言えない。環状交差点から出る道はわかっていても、車線変更ができず抜けられない。
抜け出る機会を探っている今は、返事の言及は自分も避けようと思った。




