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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

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47話 きらり、儚い



「さすがに、そんな考え方はしないよ」


 自分が思っていたよりも明るく返されて、ユダは少し戸惑った。けれどその明るさは、違う意志が芽生えた明るさだった。


「でも、改めて覚悟は決めたよ。だけど、前とは違う覚悟で、自分に向けられてる思いを裏切るような選択はしないことが大前提。その思いが怨みでも温情でも、大切な人からの気持ちを蔑ろにしない。だから、そのためにオレは、これからも強く生きていく」


 決意表明したペトロの表情はどこかさっぱりしていて、突貫で作られた芯がきれいに真っ直ぐになっているように感じさせた。

 フィリポが言っていたことが全て真実ではないのは、ペトロも何となくわかっている。けれど、一度立てた誓いは捨てるべきではなく、寧ろ必要なものなんだと理解した。罪悪感を消すことができない今の自分が、しっかり歩くための重りなんだと。

 ユダはその表情で、ペトロはちゃんと前に向かっているんだと感じ、同情を抱いては失礼だと余計な救いは仕舞った。


「そっか……。そう決意できる時点で、きみはすごいよ」

「でも、不安はあるよ。マイナスの感情が、全部なくなった訳じゃないから。だから、本当に頑張るのはこれからだと思う」

「大丈夫だよ。私が側にいるから、きみは一人じゃない」


 ユダは、ペトロに真っ直ぐな真心を捧げた。

 真摯な眼差しで見つめられるペトロは、ほんのり胸から熱くなる。

 すると。その思いに少しでも返したいと、解氷途中の願望が顔を出す。


「ユダは本当に、オレに優しいよな。一緒にいると安心するし、居心地がいいし。なんか、オレの心まで温かくなって、不思議な感じ。こうして二人きりでいるのも、嫌じゃないって思う」


 川面が穏やかに波打つ。ペトロは、自分の心音が可視化されているように見えた。


「嫌いじゃないよ。ユダのこと」


 初めて、ユダに対する自分の気持ちを言葉にした。思っていたよりも、抵抗感はなかった。

 風が吹いて、川面が少し大きく波を打つ。

 ペトロから初めて素直な気持ちを聞いたユダは、本当に大切なものを確信した。

 それがわかった瞬間、ペトロの右手を握り、言葉を紡いだ。


「好きだ……。私は、きみのことが好きだ」

「……」


 ユダから真剣な面持ちで唐突に告白されたペトロは、顔を赤く染める。今までにないくらい心臓が高鳴り、身体じゅうに熱が広がっていくのを感じる。


「それって、バンデだから?」

「バンデなのは関係ない。きみだから好きなんだ」

「……本当に?」

「私がきみへ言うことは、嘘なんて一つもないよ」


 その気持ちは本物だ。わざわざ確かめなくてもわかることだった。


「きみと一緒にいて、本当のきみを知って、これからも側にいたい、大切にしたいと思った。だから、きみの中に残る懺悔と喪失を、私にも預けてほしい」

「でも……」

「全然重くないよ。時間が経てば軽くなる。私といれば、きっと」

「……」


 握っている手が熱い。ユダから伝わってくる熱で、燃えそうだ。自分の中の熱と合わさって、どっちの熱かわからなくなりそうだ。

 思いを受け止めるペトロは、視線を下げて少し考えた。


「……ありがとう。その気持ちは嬉しい……。でも。まだ応えられない」

「恋愛対象にできない?」

「そういう訳じゃないんだ」

「幸せになることを、ためらってる?」


 ペトロは頷く。表情に後ろめたさと憂いを浮べて。


「だから、時間がほしい。ユダの気持ちに、適当に応えられないから」

「じゃあ、返事を待ってていい?」


 ペトロは、申し訳なさげにもう一度頷いた。

 返事が保留になっても、ユダは少しも肩を落とさなかった。「今は無理だ」とはっきりと断ってもいいのに、自分の気持ちを思い遣ってくれるその素直さがとても嬉しく、愛おしかった。


「それじゃあ……。保留になった代わりに、いくつか私の願い事を聞いてくれるかな」

「願い事?」


 ユダは、戸惑うペトロにささやかな願いを並べる。


「ソファーで隣に座ってもいい?」

「え? ……うん。そのくらい別に」

「あと。また、デートに誘ってもいい?」

「う……うん。まぁ、いいよ」

「それから。時々、手を繋いでいい?」

「……誰にも見られないなら」


 三つ目は恋人同士じゃないとおかしいのでは、と思ったが、手を握られても嫌じゃないのでとりあえずOKした。

 願い事は以上……ではなく。「あと、一つ……」と、ユダは遠慮がちに言う。


「ちょっとだけ、ハグしていい?」


 ペトロはまた頬を染める。

 ハグなんて、仲がいい相手となら挨拶ですることもある。戦闘後に、一般人から感謝のハグをされたこともある。だから、今さら恥ずかしがることもないのだが、告白されたのを意識してちょっとドキマギしてしまう。

 これは拒否するべきか。それとも、そこまで頑なになる必要はないのか。自制心と本心が葛藤し、視線を泳がせて迷う。

 そして、十数秒の葛藤の末。恥じらいを覗かせながら、許可をする。


「まぁ……。ハグくらい、ちょっとだけならいいよぉおあっ!?」


 ペトロが返事をしたした瞬間にユダはハグした。突然のことでうろたえるペトロの顔は、また真っ赤になる。


「ちょっ! 今? ここで!?」

「いいって言ってくれたでしょ?」

「だけど! 人見てるっ!」

「見てないよ」

「見てるから!」

「ハグなんだから、日常風景だよ」

(こんなのハグじゃないって!)


 がっつり抱き締められるペトロは、他人の視線が気になって恥ずかしかる。けれど、ユダは離そうとしない。


「ごめん。本当に、ちょっとだけでいいから」


 耳元から聞こえた、囁くような声。

 声に乗せられた思いは、ダイヤモンドのようだった。手が届きそうで届かなくて、扱いを間違えれば壊れてしまうかもしれない、この世で唯一の無敵で儚い宝物。


「……」


 包み込む腕は、少しだけ力強かった。

 ペトロは、その思いが寂しくならないように、コートの袖を少し掴んだ。

 川面が眩しくて、目を瞑った。




第1章はおしまいですが、次のエピソードに、ユダとペトロのちょっとしたお話をご用意しました。

そちらもぜひ♪

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