45話 覚悟と志
「こんな結末は、ダメだ……」
腕に力を入れ、足に力を入れ、重くのしかかる罪を押し退けようとする。
「何だと!?」
あと一歩で堕ちるところまで追い詰めたフィリポだったが、復活しようとするペトロに驚愕する。
「オレが思い描いていた自分は、お前の言う通り幻想だった。もう手遅れだと心の底で思ったのも事実だし、被害者ぶっていたのも自覚がなかった。家族も、オレの無事を喜んでないかもしれないし、助けようとしなかったオレを恨んでるかもしれない」
瓦礫を退け、炎の中に立ち上がろうとする。
「オレは、家族の気持ちを自分の都合の良いように想像していた。自分自身を罪から守るために。一人で生きるために強くなろうとしたのも、事実から目を逸らすためだ」
「テメェはテメェの罪を認めたんだろ! だったら潔く償えって言ってんだよ!」
「償うよ。でも本当に、この方法で合ってるのか?」
ペトロはよろけながらも、自身の意志で立ち上がった。
「ああん? 何言ってんだ!」
「オレは、お前が求める償いの方法が一番正しいとは思わない。お前の要求は間違ってない。だけど。呵責に苛まれて人として死ぬだけじゃ、何も解決しない。肉体ごと死んでも同じだ。それだけじゃ、家族への償いにはならない」
「だから、人間らしい尊厳を持った儘生きたいってか。結局テメェは欲望の塊じゃねぇか! 死んだ家族を裏切って人生を謳歌しようとする鬼畜糞野郎が!」
フィリポは再び自身の身体から〈業雷穿撲〉を作り出し、カットラスをペトロに投げた。
「そうだ。オレは糞野郎だよ」
ペトロはその手に〈誓志〉を具現化し、鋼同士がぶつかる音を鳴らしてカットラスを弾いた。
絶望を見ていたその目には光が戻り始め、己の罪悪感ともう一度見つめ合っていた。
「でも、その生き方を選んだ。裏切り者って恨まれて、呪われようと構わない。寧ろそれでいい。その方が、自分の罪を忘れずに生きられる。家族の存在を心に刻んでいける」
「開き直りかよ!」
カットラスを軌道を変え、四方八方から何度も襲い掛かる。ペトロはそれを剣で弾き返し続ける。
「オレはもう決めたんだ……。いや。最初から決めてたんだ。家族の思いを抱いて生きていくって。だから強くなりたいと願った。強くならないと、全部持って歩けないから。開き直りでも、欲望の塊でも何でもいい。これからも、自分が決めた道を歩ける理由になるなら!」
「巫山戯た事抜かすんじゃねー!」
フィリポはもう一本カットラスを作り出す。その刀身から炎が吹き出し、ひと振りすると、ペトロを囲う炎は勢いを増した。
しかし、精神は刺激されても、ペトロはその足で立ち続けた。
「納得できないなら、オレを呪えばいい。咎めたいなら、好きなだけ咎めればいい。オレはそのぶん強くなる。償いを終えるまで強く生き抜く。もう一人じゃないから何も怖くない。罪も、家族の思いも、全部連れて行く!」
ペトロが〈誓志〉を振り上げると、刀身が強い意志の輝きを放つ。そして、炎や燃える瓦礫、家族の姿を作っていたものの姿が消えた。
「朽ちぬ一念、玉屑の闇!」
そして輝く剣で空間を切り裂き、棺は内側から破壊された。
フィリポの棺は崩壊し、その中からペトロの姿が見えた。
「ペトロ!」
「無事に戻って来た!」
悪魔と戦闘中のヨハネたちは、無事な姿で棺から脱出したペトロに歓喜の表情を浮かべた。
崩壊した棺から逃れたフィリポも影から現れた。ペトロは倒れそうだったが気力で踏ん張り、〈誓志〉を手にフィリポへ突撃する。
「彷徨える怨念に、天の祝福が与えられんことを!」
この程度ならフィリポは回避することはできた。だが。
「はあーーーっ!」
一方で、グラシャ=ラボラスがユダに斬り掛かられそうになっていることに目を疑った。
(何やってんだグラシャ!)
使役するグラシャ=ラボラスを失う訳にはいかない。
「フィリポーッ!」
フィリポはカットラスでペトロの刃を受け止め、強く腹を蹴った。「ぐふっ!」蹴り飛ばされたペトロは、無念にも地面に叩き付けられる。
ペトロを退けるが、そのあいだにグラシャ=ラボラスにユダの大鎌の刃が迫る。
「我らを闇に導く存在を滅する!」
「戻れ! グラシャ=ラボラス!」
ユダが〈悔責〉を振り下ろしたのとほぼ同時に、フィリポはグラシャ=ラボラスを回収。大鎌は空を切った。
「くっ!」
(あと一歩というところで……!)
「まさか、グラシャが手子摺るとは思わなかったな。しかも、此の俺様が獲物を仕留め損ねるとは。糞愚物のクセに……!」
思い通りにいかず、奥歯を噛み締めるフィリポ。赤く燃える双眸でペトロを睨み付けたが、仕切り直しを選択し、その場から姿を消した。
同時に影は消えて展開されていたテリトリーは解除され、いつもの喧騒の街が戻った。
「終わった……」
「ボクたち、一応勝ったってこと?」
「だな」
ヤコブとシモンは、安堵とお互いの健闘を称えたグータッチをした。
人々の様子もやはり、世界から消えていたことに気付いてはいなかった。だが、突然傷だらけの姿の使徒が現れて騒然とする。
「ユダ」
「ペトロくん!」
ペトロはヨハネに抱えられて歩いて来た。精神的ダメージを負ってはいたが、無事に帰って来てくれたその姿にユダは酷く安堵する。
「……おかえり」
「ただいま……。なんか、ボロボロだな」
「うん。すごく大変だったからね」
ペトロはユダに手を伸ばした。よろけそうになったその身体を、ユダは傷だらけの身体で抱き止めるように支えた。
「オレ、またダメになりそうだった……。でも。一人じゃなかったから、戻って来れた……。ユダがいてくれたおかげだよ」
「きみを信じてた。無事に帰って来てくれて、本当によかった……」
抱き止めた手に、心からの安堵の思いが込められた。
その表情は見られなかったが、衷情を感じたペトロは溢れ出しそうな感情を押し止めたくて、ユダの胸に顔を埋めた。
「オレの心の中にいてくれて、ありがとう。ユダ……」




