表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/263

44話 いざなう炎



(……痛い……。痛い……。熱い……。いたい……。あつい…………)


 パチパチと鳴りながら燃える木材。

 灰と化して強度がなくなり、折れる音。

 ミシミシと歪ませながら、身体を圧迫する屋根。

 ペトロの身体は、燃え盛る倒壊したクリスマスピラミッドとメリーゴーラウンドに挟まれていた。

 身動きが取れない。寧ろ、取れる精神状態ではなかった。


(あつい……。誰か……助けて……)


 ペトロの意識は朦朧となる。熱くて、痛くて、堪えるのはもう嫌だった。全ての苦しみから開放されたかった。

 ()()()()が近付いている気配がする。


「……あ」


 そんな時、炎の隙間から人影が見えた。ペトロは助けが来たのだと思い、その人物に懸命に手を伸ばした。


(助けて……。お願いします……。オレを……助けて……)


 息ができず、声も出せず、手を伸ばすことで救助を求めた。

 ぼやけていたその人物の輪郭が、次第にはっきりしてくる。顔もわかるようになり、ブロンドの男の子だと判別できた。


「……」


 それは、十五歳当時のペトロだった。こちらを見ている自分は、恐怖と絶望に満ちた表情で瞳を揺らしていた。

 そんな自分の顔を目の当たりにしたペトロは、救助を求めた手を力なく落とした。


(あぁ……。オレはあの時、こんな顔をしていたのか……。助かる見込みはないって、完全に諦めた顔じゃないか……。無力な自分が情けない……? そんなの、自分を少しでも守ろうとした綺麗事じゃないか……。オレは最初から、助けたいなんて思ってなかったんだ……)


 家族の側になって始めて、あの時の自分の表情と本音を知ったペトロは、思っていた自分とかけ離れていて愕然とした。

 絶望の淵に立たされるペトロの傍らに立つフィリポは、瞋恚(しんい)の眼差しを落とす。


(ようや)く分かったか。愛する家族に、テメェがどんだけ酷い終焉を迎えさせたのか。助ける事を諦めたテメェの顔を見た家族は、何て思っただろうなぁ? 『早く逃げて』? 『貴方だけでも無事で』?」


 フィリポの眉間に深く皺が刻まれる。


「そんなんは生き残った奴が綺麗に飾った妄想なんだよ! 此方(こっち)は巨人に踏まれたような痛みと火刑にされるような熱に苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで、苦しんで! 其のまま死んだ。それなのに、生き残った奴の事なんか考えられると思うか? なあ。思うか!?」


 赤い双眸は炎のように怒りに燃え、悪魔の形相でペトロの頭を踏んだ。


「お……思わ、ない……」

「だろぉ? 無力な自分も、一人で頑張ろうとした自分も、ぜぇーんぶテメェの罪からテメェを守るための鎧なんだよ。詐欺師みたいなやり方で被害者アピールして同情を求める、下衆い糞野郎が! 結局テメェは家族を見殺しにしたんだ! 見殺しにしてテメェだけ幸せになろうとした! 其れは変わらない事実で、テメェが死んで償うべき罪過なんだよ!」


 罪を厳しく咎め、頭上から銃弾のごとく撃ち込まれる言葉の数々に、ペトロの精神は闇に蝕まれる。


「此の世は本当に、救いようの無い愚物野郎ばかりだ。テメェの罪すら自覚しねぇまま死んでく。でも、テメェは偉いぞ。ちゃんとテメェの罪を認めた。だから救ってやるよ。其の苦しみから開放してやる。其の死を(もっ)てな。テメェは此処で堕ちろ!」


 脱力したペトロの腕は、指の一本も動かなかった。諦念の幕が降り始め、助かろうとする気力はもはや浮かばなかった。


(オレは、何もわかってなかった。あの時の自分が、本当に抱いた気持ちを。死んだ家族の思いすら……。何が一人で生きるだ。何が強くなりたいだ。全部、自分のためのまやかしじゃないか。オレは、そんなふうに生きたかったんじゃないのに……。やっぱりオレは、幸せになっちゃダメなんだ。そんなものを欲しがっちゃいけないんだ。そんな貪欲な気持ちなんか、持っちゃダメだったんだ。そのしっぺ返しがこれなんだ。オレの選択は、最初から全部間違ってたんだ。だから罪を犯したんだ……)


 ペトロの脳裏に、ユダから言われた言葉が甦る。


 ───生存者のきみに科される罪もない。


(そんなことない。償い切れない重い罪を犯したんだから、そんな優しい言葉はいらないんだ。誰かの優しさなんて、もらっちゃダメなんだ。居場所なんて、作っちゃダメなんだ。大切な存在なんて、求めたらいけないんだ……)


 ペトロは、いざなわれるように堕ちていく。二度と陽のあたる場所で生きられなくなり、使徒ではなくなる道を沈んでいく……。

 そんな時だった。力をなくした右腕を通して、何か感じるものがあった。


(何だろう。この感じは……。引き留められてるような……。誰だ……。もしかして……ユダなのか? お前が、オレを呼んでるのか? ダメだって……諦めるなって……そう言ってるのか?)


 ペトロは思い出す。ユダから与えられた、数々の思い遣りを。注がれた優しさを。倒れそうになっても側にいたいと言ってくれた、愛情を。


(こんなオレでも、お前は受け入れてくれるのか?)


 その全ては、一つも零れることなく心に沁みていた。蝕む闇を拒むように、それだけは聖域で守られていた。

 僅かに残っていた希望に、ペトロは涙する。


(ユダが、オレのことを信じてくれてる。オレが帰るのを、待っててくれてる。そんなユダの気持ちを、裏切りたくない。きっともう二度とない出会いを、こんな結末で終わらせたくない……)


 ユダがくれた真っ直ぐな思いは、彼にとって大切なように、ペトロにとっても大切なものだった。それを何一つ返さずに、別離を迎えたくなかった。

 何より、手放したくなかった。

 ペトロに、少しずつ生気が戻ってくる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ