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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

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38話 傷の旅─溶け始め②─



「そういえばさっき、ユダ言ってたよな。過去を振り向かないように、家族の写真を見るたびに自分への誓いを再確認するようにしてた、ってオレが言ったら、まるで自分自身に呪をかけてるみたいだって」

「うん」

「オレが強くなりたいと思ったのは、亡くした家族に自分の生き様を示すためなんだ。この世を去った三人の無念と、生きているオレへの羨望を浄化してもらうために。よく“死んだ人の分まで生きる”とか言うけど、“死んだ家族の無念を抱えて生きる”ことが、オレの決意だった。だから、脆弱な生き方なんて見せられなかった。どこかで見ている家族に、『何でお前が泣いてるんだ』って落胆させたくなかった。誰かに寄り添われる幸せを求めちゃいけないと思った。だから強くいようとした。強くなりたかった。だけどそれが、自分への呪だとは思ってなかった」


 ペトロは、誓いを立てることで強くいられると考えていた。しかし、それが枷となり、本心の自由を奪っていることには気付いていなかった。あるいは、それも償いになると思っていたのかもしれない。


「それはきっと、全てを背負って生きようと覚悟していたからだね。お父さんも、息子のきみに罪悪感を背負わせてしまったことに責任を感じていた……。だけど、二人とも何も背負うことはないんだよ。だって被害者なんだから。そして、生存者のきみに科される罪もない」


 そのことを、ユダに気付かされた。誓いでがんじがらめにされてしまっていたから、願望まで氷で閉ざしてしまっていたことも。

 それがわかった今、向けられている柔和な微笑みが酷く心に沁みる。また少しずつ解氷し始めた氷の雫が、目から零れ落ちそうになる。

 だからペトロは、誤魔化してぎこちない笑みを見せた。これからは、少し違った生き方ができそうだと。


「やっぱり、ユダに一緒に来てもらってよかった」

「助けになれた?」

「うん。今日だけじゃなくて、いつもだよ。この前の戦いで閉じ込められた時も、微かにユダの声が聞こえたんだ」

「本当に? 聞こえるかわからなかったけど、私の思いがきみに届くように叫んでたんだ」

「そうだったのか。自己否定の沼に沈みそうになってたんだけど、おかげで落ちなくてすんだよ」

「そっか。届いてたんだ……」


 掛ける言葉を間違えることはあるけれど、ちゃんと届いた言葉もあった。ペトロの力になれたことに、ユダは嬉しくなった。


「だから。またピンチの時は、オレに立ち上がる力をちょうだい。ユダの言葉なら、大丈夫な気がするんだ」

「もちろん。きみのためなら……。私たちは、強い絆を結べるはずだから」

「絆?」


 ユダは徐に、左の袖を捲り腕を見せた。


「私の腕には、きみの名前が現れてる。シモンくんにも確認してもらった」


 ユダの前腕の裏に、ヘブライ語で「פטרו(ペトロ)」と薄っすら浮き出ていた。


「きみにも似たようなものがない?」


 訊かれたペトロは、自分にも似たような傷があると思い、右の袖を捲くった。

 白い右腕の裏には、薄っすらと「יְהוּדָה(イェフダ)」と現れていた。


「それは、私の名前だよ」

「ユダの名前?」

「私ときみはバンデなんだ。だから、唯一無二の存在になれる」




 その頃。シェオル界では、使徒を倒せずむざむざと逃げ帰って来たフィリポが、集まった仲間にイジられ倒されていた。


「情け無いくて、此方(こっち)が顔を合わせられないわ」

「がっかりしたよ……」

「フィリポって、口程でも無いんだね」

「人選を間違えたな」

「テメェら、チクチクネチネチズルズル煩ぇんだよ! 俺様は戦略的撤退したんだよ!」


 誰が何と言おうと敗走ではないと言い張るフィリポに、腕を組むマティアは冷静に矛先を向け続ける。


「撤退に戦略も何も無いわよ。貴方の傲慢さが呼んだ結果じゃないの。敗戦の原因を明らかにして猛省する事が、貴方に出来る責任の取り方じゃないの? そうでしょ、バルト」


「……」バルトロマイは眉間に深い皺を刻み、無言で同意を示した。


「おい、アンデレ! テメェ今なんつった? 敗戦? オレ様が人間如きに負けたって言ったか!?」

「そうよ。『慙愧に堪えない』の『慙愧』くらいは言いなさいよ」

「誰が言うか! 其の喧嘩買ってやるよ! 表出ろ性別半端野郎! タイマン勝負しやがれ!」


 喧嘩腰のフィリポは興奮して椅子から立ち上がるが、喧嘩を売られたマティアは毛先を気にして微塵も動こうとしない。むしろ、まともに相手をしていなかった。

 また調和が乱れ始めた場を、マタイは整えようとする。


「落ち着けフィリポ。お前も動揺しているだろうが、俺も使徒が棺から脱出する事は想定外だった。今回の事は、今後の俺達の利益にもなったのだし、此れで終わりにしよう。トマスも、タデウスも、バルトロマイも、いいな?」


 統括のマタイがそう言うならと、三人は口を閉じる代わりに意志を示した。

 ところが、フィリポは黙らなかった。


「おいマタイ。負け犬呼ばわりされたままの俺様に、此の儘(このまま)引っ込めなんて言わねーよなぁ?」

「其の口振りは、勝てる勝算が有るのか?」

「そんな物はねぇ。有るのは自信だけだ!」


 こんなアホが仲間にいるのかと、バルトロマイたちは嘆息を漏らす。


「フィリポは汚名返上をしたいのか」

「当たり前だろ! 仲間に襤褸糞(ボロクソ)言われて大人しく反省するなんざ、俺様じゃねぇ!」

「そんなにリベンジしたいか?」

「しないと気が済まねぇ!」


 この興奮が収まらなければフィリポは暴れ、破壊の限りを尽くし、城が瓦礫と化してしまうかもしれない。

 同士たちと同様に勝算がないのは心配だが、一度わからせなければ大人しくならないだろうと考え、マタイは判断する。


「なら行って来い」

「任せろ! テメェ等も見てろよ! 今度は必ず仕留めて、俺様達の恐ろしさを刷り込んで来てやる!」


 気負い立つフィリポは、同士たちに指を差しもう一度宣言した。

 なんだか、似たようなことを聞いたような気がすると、五人は同じ既視感を抱いた。




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