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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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33話 複雑に浸透する言葉



 ランチの利用客で混み合う、地元料理のレストラン。店内もテラス席も、ほぼ満席。店の前には、客が列を作っていた。

 キッチンでは、料理人たちの声か飛び交い、フライパンの上で味付けされた食材が舞い、皿に料理が盛り付けられると、次々と客が待つテーブルに運ばれて行く。

 地元の伝統衣装風の制服を着るヤコブも、フロアとキッチンのあいだを忙しなく動き回っていた。


「すみません。デザートを追加したいんだけど」

「少々お待ちください」

「こっちのテーブル、トマーテンズッペが来てないんだけど」

「申し訳ございません。すぐにお持ちします」


 ヤコブはキッチンカウンターに行き、トマトのスープの出来上がりはまだかと確認する。

 ちょうどその時。社員のホルガーと、先輩アルバイトのゴードンもカウンターに来た。二人はオーダーを通しに来たのではなく、キッチンにオーダーミスを伝えに来た。


「おい、ヤコブ。お前、オーダー間違えてたぞ」

「えっ?」

「十九番テーブル。カリーヴルストじゃなくて、シャルロッテンブルガー・ヴルストパーラーデ注文したって」

「こっちもだ。七番テーブル。ツィレス・メットと、ブルートツァイト・ア・ラ・ファーターツィルスを間違えてる」

「す、すみません!」


 混雑時の厄介なオーダーミスに、やってしまったと反省するヤコブだが、それ以上に恐ろしいことが頭を過る。


「お前、今日大丈夫か? いつものヤコブじゃない」


 制服のシャツ越しでもわかる胸筋と上腕二頭筋の持ち主である、太眉のゴードンが心配する。ついでに、声も太く逞しい。


「迷惑掛けてすみません。気合い入れ直して、ちゃんとやります!」


 ヤコブは自分で顔を叩いて気合を入れ直し、ちょっと赤くなった頬でしばらく接客を続けた。


 その後は、どうにかランチタイムを乗り越えた。が。気持ちに余裕が生まれたのも束の間。オーダーミスの報告が、ホルガーから店長のティウブに報告され、ヤコブは呼び出される。


「シーグローヴくん。ちょっといいか」

「……はい」


 恐ろしい時間がやって来てしまった。


(ヤバい。怒られる。絶対こっぴどく怒られるやつだ、これ!)


 他のスタッフが怒られているのを目の当たりにしているので、自分はミスはするまいと気を付けていたが、とうとうヤコブにもその時が来てしまった。

 ヤコブは事務所へ連行……いや、同行を求められる。残念ながら、現在副店長は昼休憩で外出中の密室で、ビビりながらティウブと二人きりになる。

 肩に力が入り、緊張状態のヤコブ。茶色い合皮のソファーに対面で座るが、顔なんて正面からまもとに見られなかった。

 張り詰めた空気が漂う中、銀縁のメガネを掛け直し、ティウブは真顔で尋ねる。


「ランチタイムで連続でオーダーミスをしたと、先程報告があった。それは事実か?」


 いつもの重厚感に加え威圧感のある声で、問い質される。


「は……はい。オーダーを、聞き取り違えてしまいました。すみません……」

「私に謝罪しても意味がない。ちゃんとお客様にも、誠心誠意謝罪したのか?」

「はい。しました」


 自分にはどんな叱責が飛んで来るのだろうと、緊張感と圧迫感でヤコブは俯いて答えた。

 ティウブは腕と足を組み、ヤコブに聞こえるように溜め息を漏らす。


「忙しい時間帯であったとはいえ、連続でミスをするなど、きみらしくないな。体調でも悪いのか?」

「そういうわけでも……。ちょっと、寝不足が続いてるだけで……」


 悪夢のせいで真夜中に目を覚ましてしまったり、アラームが鳴る前に起きてしまっている。寝ようとしても、また同じ夢を見るんじゃないかと思うと、意味なくスマホをイジってしまう。その繰り返しの日々だった。


「夜更しか?」

「いえ。最近、ちょっと夢見が悪くて、満足に寝れてないだけです。こんなの、ミスする原因にもならないですよね。睡眠改善ができるように、どうにかします」


 こんな理由では、ティウブは納得しないだろう。アロマテラピーをするなり、寝る前にハーブティーを飲むなりして、仕事に集中できる身体に直せ。そんな感じで、心配と見せかけた圧を掛けて改善を求められると思った。

 ところが。想像と違った言葉が、厳つめの顔立ちの口から出てきた。


「大変な日々を送っているのだから、悪い夢を見ることもあるだろう。疲れも、溜まっているんじゃないのか?」


 心配と見せかけた圧を掛けてくるのかと思ったら、普通に心配された。完全に怒られると覚悟して対面していたヤコブは、意想外の表情を上げた。


「いえ……。大丈夫です」

「自分では大丈夫だと思っていても、知らないうちにいろいろ溜め込んでいることもある。本当に休めているのか?」

「はい。充分に休息は取れています……」


 しかも、さらに気遣う言葉を掛けられた。なぜ自分は心配されているんだろうと、逆に疑問を浮かべ戸惑うヤコブ。


「あの……。ミスのことは、怒らないんですか?」

「途中から気持ちを切り替え、ミスをしないよう注意していたことも聞いた。普段の勤務態度を見ていても、きみは信頼できる部下だと思っている……。いや。私に必要不可欠な、チームメイトだ。大事な任務と掛け持ちしているにも拘わらず、仕事に手を抜かないその姿勢は、尊敬に値する」


 予想だにしなかった言葉の連続に、これは白昼夢なのかと、ヤコブは思ってしまった。密かに太腿を思い切りつねってみるが、ちゃんと痛い。


「上司が部下を尊敬って。普通、逆じゃないですか」

「おかしいか? だが、事実だ。ゆくゆくは、社員になってもらえたらと考えているが」

「いやいや。俺はそこまで……」


 ヤコブは手を振って遠慮する。ティウブの優しい言葉が、普段とのギャップで段々怖くなってくる。


「それに。嫌な顔せずに私の相談を聞いてくれたことにも、感謝している。兄のダニエルの方と年齢が近いせいか、親近感も湧いてしまう」


 そう聞いた瞬間、ティウブに父親の顔がダブって見えてしまい、視線を下げてしまう。


「よかったら、今度はヤコブくんの話を聞かせてくれ。悩みでも、愚痴でもいい。他の誰にも言えないことがあるなら、いつでも聞こう。私は、きみと信頼関係を結びたいと思っている」

「店長……」


 父親にそっくりなティウブと正面から対面すると、どうしても視線を逸したくなる。しかし、複雑な心境になりながりも、信頼関係を結びたいと言われ、ヤコブの自尊心は膨れ上がるようだった。




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