33話 複雑に浸透する言葉
ランチの利用客で混み合う、地元料理のレストラン。店内もテラス席も、ほぼ満席。店の前には、客が列を作っていた。
キッチンでは、料理人たちの声か飛び交い、フライパンの上で味付けされた食材が舞い、皿に料理が盛り付けられると、次々と客が待つテーブルに運ばれて行く。
地元の伝統衣装風の制服を着るヤコブも、フロアとキッチンのあいだを忙しなく動き回っていた。
「すみません。デザートを追加したいんだけど」
「少々お待ちください」
「こっちのテーブル、トマーテンズッペが来てないんだけど」
「申し訳ございません。すぐにお持ちします」
ヤコブはキッチンカウンターに行き、トマトのスープの出来上がりはまだかと確認する。
ちょうどその時。社員のホルガーと、先輩アルバイトのゴードンもカウンターに来た。二人はオーダーを通しに来たのではなく、キッチンにオーダーミスを伝えに来た。
「おい、ヤコブ。お前、オーダー間違えてたぞ」
「えっ?」
「十九番テーブル。カリーヴルストじゃなくて、シャルロッテンブルガー・ヴルストパーラーデ注文したって」
「こっちもだ。七番テーブル。ツィレス・メットと、ブルートツァイト・ア・ラ・ファーターツィルスを間違えてる」
「す、すみません!」
混雑時の厄介なオーダーミスに、やってしまったと反省するヤコブだが、それ以上に恐ろしいことが頭を過る。
「お前、今日大丈夫か? いつものヤコブじゃない」
制服のシャツ越しでもわかる胸筋と上腕二頭筋の持ち主である、太眉のゴードンが心配する。ついでに、声も太く逞しい。
「迷惑掛けてすみません。気合い入れ直して、ちゃんとやります!」
ヤコブは自分で顔を叩いて気合を入れ直し、ちょっと赤くなった頬でしばらく接客を続けた。
その後は、どうにかランチタイムを乗り越えた。が。気持ちに余裕が生まれたのも束の間。オーダーミスの報告が、ホルガーから店長のティウブに報告され、ヤコブは呼び出される。
「シーグローヴくん。ちょっといいか」
「……はい」
恐ろしい時間がやって来てしまった。
(ヤバい。怒られる。絶対こっぴどく怒られるやつだ、これ!)
他のスタッフが怒られているのを目の当たりにしているので、自分はミスはするまいと気を付けていたが、とうとうヤコブにもその時が来てしまった。
ヤコブは事務所へ連行……いや、同行を求められる。残念ながら、現在副店長は昼休憩で外出中の密室で、ビビりながらティウブと二人きりになる。
肩に力が入り、緊張状態のヤコブ。茶色い合皮のソファーに対面で座るが、顔なんて正面からまもとに見られなかった。
張り詰めた空気が漂う中、銀縁のメガネを掛け直し、ティウブは真顔で尋ねる。
「ランチタイムで連続でオーダーミスをしたと、先程報告があった。それは事実か?」
いつもの重厚感に加え威圧感のある声で、問い質される。
「は……はい。オーダーを、聞き取り違えてしまいました。すみません……」
「私に謝罪しても意味がない。ちゃんとお客様にも、誠心誠意謝罪したのか?」
「はい。しました」
自分にはどんな叱責が飛んで来るのだろうと、緊張感と圧迫感でヤコブは俯いて答えた。
ティウブは腕と足を組み、ヤコブに聞こえるように溜め息を漏らす。
「忙しい時間帯であったとはいえ、連続でミスをするなど、きみらしくないな。体調でも悪いのか?」
「そういうわけでも……。ちょっと、寝不足が続いてるだけで……」
悪夢のせいで真夜中に目を覚ましてしまったり、アラームが鳴る前に起きてしまっている。寝ようとしても、また同じ夢を見るんじゃないかと思うと、意味なくスマホをイジってしまう。その繰り返しの日々だった。
「夜更しか?」
「いえ。最近、ちょっと夢見が悪くて、満足に寝れてないだけです。こんなの、ミスする原因にもならないですよね。睡眠改善ができるように、どうにかします」
こんな理由では、ティウブは納得しないだろう。アロマテラピーをするなり、寝る前にハーブティーを飲むなりして、仕事に集中できる身体に直せ。そんな感じで、心配と見せかけた圧を掛けて改善を求められると思った。
ところが。想像と違った言葉が、厳つめの顔立ちの口から出てきた。
「大変な日々を送っているのだから、悪い夢を見ることもあるだろう。疲れも、溜まっているんじゃないのか?」
心配と見せかけた圧を掛けてくるのかと思ったら、普通に心配された。完全に怒られると覚悟して対面していたヤコブは、意想外の表情を上げた。
「いえ……。大丈夫です」
「自分では大丈夫だと思っていても、知らないうちにいろいろ溜め込んでいることもある。本当に休めているのか?」
「はい。充分に休息は取れています……」
しかも、さらに気遣う言葉を掛けられた。なぜ自分は心配されているんだろうと、逆に疑問を浮かべ戸惑うヤコブ。
「あの……。ミスのことは、怒らないんですか?」
「途中から気持ちを切り替え、ミスをしないよう注意していたことも聞いた。普段の勤務態度を見ていても、きみは信頼できる部下だと思っている……。いや。私に必要不可欠な、チームメイトだ。大事な任務と掛け持ちしているにも拘わらず、仕事に手を抜かないその姿勢は、尊敬に値する」
予想だにしなかった言葉の連続に、これは白昼夢なのかと、ヤコブは思ってしまった。密かに太腿を思い切りつねってみるが、ちゃんと痛い。
「上司が部下を尊敬って。普通、逆じゃないですか」
「おかしいか? だが、事実だ。ゆくゆくは、社員になってもらえたらと考えているが」
「いやいや。俺はそこまで……」
ヤコブは手を振って遠慮する。ティウブの優しい言葉が、普段とのギャップで段々怖くなってくる。
「それに。嫌な顔せずに私の相談を聞いてくれたことにも、感謝している。兄のダニエルの方と年齢が近いせいか、親近感も湧いてしまう」
そう聞いた瞬間、ティウブに父親の顔がダブって見えてしまい、視線を下げてしまう。
「よかったら、今度はヤコブくんの話を聞かせてくれ。悩みでも、愚痴でもいい。他の誰にも言えないことがあるなら、いつでも聞こう。私は、きみと信頼関係を結びたいと思っている」
「店長……」
父親にそっくりなティウブと正面から対面すると、どうしても視線を逸したくなる。しかし、複雑な心境になりながりも、信頼関係を結びたいと言われ、ヤコブの自尊心は膨れ上がるようだった。




