30話 ペトロ、ストーカーされる?
デリバリーのアルバイト中のペトロは、お昼の配達が一区切りし、カフェに立ち寄って少し遅めの昼食にしていた。
壁にはアートが飾られ、カウンターやテーブルには木が使われた、すっきりとした内装だ。テーブルには一輪挿しのかわいらしい花が置いてあり、店側からのささやかな客への配慮が窺える。
昼時は過ぎたが、店内はほぼ満席だった。空いていた二人用のテーブル席に座るペトロは、傍らに相棒の電動キックボードを立て掛け、窓の方を向いて食べていた。
生ハムのオープンサンドのあと、デザートのベリーのマフィンを頬張りながら、考え事をする。
(やっぱり。この前の空気、なーんか悪かった気がする……)
ヨハネがハーロルトの説得に失敗したと報告があった時、ペトロは微妙に四人の空気が悪くなったように感じた。普段からある、何てことないやり取りではあったが、揉め事に発展しそうになっていたのが、少し気になっていた。
(説得に失敗したことが原因か? でも、期待は五分五分だったよな。それとも、ハーロルトの姿勢が反感を買った? でもだからって、〈バンデ〉がケンカするような大した要因じゃないし……)
「まぁ。今まで、揉め事がなかったわけじゃないし。翌朝には普通だったし。気にすることないか」
カフェの前は車道が一本走り、車道と店舗を挟んだ場所に、公園とは言い難いが、ちょっとした憩いのスペースがある。ペトロの視線はふと、そこのベンチに座っている人物に目がいった。
肩まであるウェーブがかった髪、羽織っているコートから靴まで全身に黒を纏った男性だ。
男性もベンチからカフェを見ていて、黒目を向けていた。ペトロはその視線が合った気がして、パッと視線を逸らした。
(目が合った? 何か、オレが見られてるような気がしたけど……。違うよな)
周りから活躍を褒められて、もっと自分の価値を自覚しろなど言われ続けているせいだろうか。それはさすがに自意識過剰だと思い、あまり外を見ないようにスマホをいじりながら、昼休憩を過ごした。
カフェを後にする際、店員に「頑張ってください」と手を振られ、それに照れ混じりの笑みで応え、電動キックボードを蹴ってデリバリーを再開した。店を出る時も、まだ黒尽くめの男性はベンチに座っていたが、なるべく見ないようにして出発した。
午後も近隣を回るが、ピックアップで立ち寄る店の前で、さっきの黒尽くめの男性を見掛けた。偶然だろうと気にしないようにしたが、届けに行った公園でも見かけた。
それだけではなく。信号待ちでは向かいの歩道にいたり、ひと休みするために寄ろうと思った公園でも見かけて、即座に踵を返した。
(えっ、何。何なのあの人!? オレが行くとこ行くとこにいるんだけど!? 偶然? それとも付けられてる? だったら何が目的? オレ、あの人に何かしたとか? 全然知らない人なんだけど!)
「何か怖……。今日はもう帰ろ」
黒尽くめの男にストーカーをされているような気がして、身の危険を感じたペトロは、いつもより早めにデリバリーを切り上げて帰ることにした。
「───で。今日は、こんなに早く帰って来たのか。じゃあ、仕事手伝ってくれ。経費精算がまだ……」
帰ったペトロは事務所に逃げ込み、ヘルメットも取り忘れデリバリーバッグも背負ったまま、すぐさまヨハネに話した。が。人手不足のヨハネは話もそこそこに、猫の手を借りて仕事をさせようとする。
「経費とか、今はそんなのどうでもいい! もっとマジメにオレの話聞いてくれよ、ヨハネ!」
「お前のファンかなんかじゃないか? 『ERZÄHLUNG』に載ったおかげで、今じゃ男女問わず注目されて人気だし……。あ、そうだ。事務所公式SNSに届いたお祝いメッセージに、お前からもコメント返してくれ」
こんな感じで、仕事モードのヨハネは全くまともに相手をしてくれないので、ペトロは必死に恐怖を訴える。
「お祝いメッセージとかも、どうでもいい! 向こうは徒歩で、オレは電動キックボード使って移動してるのに、何でかオレが行くとこ行くとこにいるんだぞ? どうやって先回りしてるんだよ! 瞬間移動してるとしか思えない!」
「本当に徒歩なのか、その人。単純に、車かバイクで後付けられただけじゃないか?」
「そしたら、ガチでストーカーじゃん!」
「あ、そっか。気付かないうちにGPS着けられてる可能性もちらっと浮かんだけど、どっちにしろストーカーだな」
「GPSとか怖いこと言うなよ!」
事務所の稼ぎ頭で看板が青褪めているというのに、今日のヨハネはとことん仕事スイッチが入っているようだ。冷静に推測するのは関心するが、恐怖を煽ってどうする。
「もう、怖くて外出たくないよ。事務所の前にいたりしないよな……」
ペトロは窓の前にしゃがんで、自分の姿が見えないように外を覗う。ひとまず、通りにも曲がり角にも、怪しい黒尽くめの男の姿はない。
「明日も遭遇したらどうしよ。バイト行くのやめようかな……」
「心配なら、そうしとけよ。その代わり、事務所の仕事手伝えよ」
「ええー……」
「そもそもお前は、バイトしなくてもいいくらいの収入あるんだから。僕としては、バイト辞めて事務所の仕事手伝ってくれた方が、ありがたいんだけど」
「バイトは、オレのライフワークなの」
ペトロはようやくヘルメットを取り、デリバリーバッグを下ろした。
「だけど今は、できれば業務を少しでもできるようになってほしい」
「ていうか。オレって、事務所の看板になったんじゃないの? 看板に仕事手伝わせるの、労働基準法労的にどうなんだよ」
契約書にそういった文言はなかったが、稼ぎ頭に事務所の業務までやらせるのはどうなんだと、やりたくないペトロは副社長に尋ねる。すると。
「我が事務所は少人数の個人経営で、尚かつ社長不在のため、人員不足により慢性的に義務が停滞している。なので、現状を鑑みるに、労基法云々は適応されないと見做し、例え稼ぎ頭だとしても、所属モデルにも業務に携わることを義務付ける」
まるで用意していたようなそれらしい文言を、副社長ヨハネは稼ぎ頭のペトロに言い渡した。
「ええ〜。契約書に、そんなこと書いてなかっただろ」
「僕が過労死してもいいのか」
この前デリバリーで届けに来た時、ソファーに寝ていたヨハネが半分屍になりかけていたのを思い出した。見放すのかと言われたら、それを見たペトロは断り切れない。それに、ヨハネに倒れられたら、それこそ本当に事務所運営の危機だ。ならば、渋々でも手伝う他ない。
「わかったよ。手伝う」
「じゃあ早速、SNSのお祝いメッセージにお返しコメント書いておいてくれ。そしたら、経費精算頼む」
事務所運営は、みんなで助け合う。そんな、いつしか生まれていた暗黙の了解に、そっぽを向くわけにもいかない。




