28話 先祖の写真
今日はホテルの手伝いはなく、ハーロルトは実家で勉強をしている。妹のヴァネサは大学、母エミーリエも働きに出ているので、一人での在宅だ。
中心街から近くはあるが、閑静な住宅地なので、あまり騒音のない環境の方が勉強は捗る。しかし。ここ数日は、あまり進んでいなかった。
(勉強。このまま続けてて、意味あるのかな。編入も決めきれてないのに……)
ヨハネと話した日以来、今の自分が選ぶべき人生の方向を見失いつつあった。方向性の違いが明らかとなったオイゲンとのケンカもあり、今過ごしている時間の全てが無駄なものに思えてきてしまった。
それに。時折現れる勉強を阻害する邪念が、余計に迷わせていた。
「……気分転換しようかな」
ノートパソコンを閉じたハーロルトは自室を出て、廊下の一番端のオイゲンの書斎に入った。
リラックスをしたい時には、オイゲンが趣味で集めてるジャズレコードを聴いている。自分が持っている80年代のポップスのレコードは、気分を上げたい時に聴く。
どれにしようか選んでいると、棚から飛び出していたレコードが足に当たった。
下を向くと、収納棚の一番左下に収納されているものだけが全て、なぜか3センチほど不自然に前に出ている。たまに来ているが、あまり下の段や端まで見ることがないので、初めて気付いた。
「なんでこの段だけ……。奥に何かあるのかな」
不思議に思ったハーロルトは、数十枚のレコードを全て棚から抜き取り、奥を覗いた。すると、何かがすっぽりと背板に立てられていたので、出してみた。
「これ……。アルバムだ」
(どうして棚のなんか奥に……)
カバーは新しいものではなく、何十年と経過した古いもので、「ファミーリエ・クアラデム」と万年筆で書いてある。
オイゲンの机に置いて開くと、白黒やセピア色の写真がほとんどだ。レンガの家の前で撮られた六人家族や、夫婦二人だけが写っているもの、男性一人だけなど、何十年も昔の写真ばかりだ。
「ご先祖さまたちなのかな。ちゃんと見たのは、初めてかも」
祖父母や、昔のオイゲンの家族写真は見せてもらったことはあるが、それ以前の曾祖父から前の先祖の写真は見たことがなく、話も聞いたことがなかった。
少し不思議に思ったのが、写真の人物たちの顔立ちや服装に、統一感がないということ。もちろんヨーロッパ系はいるが、北米系や、アジア系らしき人物がちらほらいる。家系の長い歴史の中で、他の国の血が混ざってもおかしくはないが、ハーロルトは何となく気になった。
捲っていく、その中に。色褪せても目を引く、一枚の男女のツーショットのカラー写真を見つけた。
ジャケットを羽織り髭を生やした黒髪の男性は、三十代くらいに見え、どことなくオイゲンに似ている。その隣に立つ女性はもう少し若く、二十代後半くらいだろうか。金髪のロングヘアで、フリルが施された花柄のワンピースを着た、スレンダーで美しい見目だ。
二人は夫婦なのか、恋人同士なのかわからないが、女性はどこか切なげな表情をしているように見える。
「……あれ」
ハーロルトは、その写真の男性が、襟を開いた首元に付けているネックレスに注目する。数ミリの大きさのそれを、目を凝らしてよく見た。
(このネックレス。どこかで……)
「あ。そうだ。ペトロくんが付けてたものと似てるんだ」
その男性は、ペトロが着けているものとそっくりの、T字のネックレスを付けていた。
(あのネックレスも、古そうだったな)
世の中には似たようなものはよくあると、ハーロルトは特に気にせずアルバムを閉じた。
「なんで棚の奥に、隠すように仕舞ってあったんだろう」
(この中に、クアラデム家の宿命を果した人がいたのかな)
以前ヨセフに見せられたのは、自身が見たような記憶の断片ばかりなので、先祖たちの顔はわからない。
オイゲンが先祖たちのアルバムを隠すように仕舞っていたのは、ハーロルトに見せないためだ。クアラデム家の宿命を隠し続けるつもりだったんだろうと考えると、罪悪感が顔を出し、複雑な胸中になった。




