29話 棺の中。罪との再会①
棺の中に囚われたペトロは、ひとまず無事だった。
しかし。目を開き、自分の周囲に広がる光景を目にすると、呆然と立ち尽くした。
「……こ……ここは……」
ペトロが立っているのは、昼間のポツダム広場ではなく、きらめく夜のクリスマスマーケットだった。
雰囲気を演出する生演奏の音楽が広場に流れ、ツリーのオーナメントやスノードーム、グリューワインや軽食を売る木造の小屋が両脇に並んでいる。見上げれば、天の川のようなイルミネーションが輝いていて、まるで星の中にいるようだ。
大小のクリスマスツリーも華やかに飾り付けられ、巨大なクリスマスピラミッドを背景に写真を撮ったり、子供たちはメリーゴーラウンドに乗ってはしゃいでいる。ここにいる全ての人が、待ちに待ったイベントを楽しんでいた。
ペトロが着ているものもデリバリーのジャケットではなく、昔───あの頃着ていた青いダウンジャケットと、白いニットだ。目の高さもいつもより低い。吐く息は白いが、不思議と寒さや匂いは感じない。
「どうなってるんだ……」
「お母さん、姉ちゃん! 早く!」
呆然と立っているペトロの横を、ライトブラウンの髪で緑色のダウンジャケットを着た七歳の男の子が、元気よく走り抜けた。
「待ってよー!」
「迷子になるわよ」
そのあとを、同い年で同じ髪色のピンク色のダウンジャケットの女の子が追い、ライトグレーのコートを着た長い金髪の母親が通り過ぎる。
その三人の声と顔を知っているペトロは顔色を変え、心臓が一瞬止まった。
もうこの世にいないはずの、双子のきょうだいと母親だったからだ。
「ここは……。あの日の……」
ペトロがいるのは、忘れもしない、あの日のクリスマスマーケットだった。
雪が降りそうな曇天も、聞こえて来る音楽も、今着ているものも、ペトロの姿も全てが、鮮明に記憶に刻まれたその日と同じだった。
その記憶と同じ場所にいることが受け入れ難いペトロの中に、じわじわと怖気が広がってくる。
すると。立ち尽くしていたその手を、戻って来た双子のきょうだい、トビアスとリリーが掴んだ。
「っ!?」
「お兄ちゃん、何してるの!」
「早く行こ!」
「え……っ!?」
(何で触れられてるんだ!?)
「お母さん! 甘いアーモンド食べたい!」
「わたしもー!」
(これは幻覚じゃないのか? 一体どうなってるんだ!?)
全て幻覚だと思っていたペトロは、喫驚し困惑する。しかし同時に、現実のように思えてきてしまう。自分が生きている本当の時間が、曖昧になり始める。
「ペトロは?」
「え?」
「あなたも好きでしょ? ゲブランテ・マンデルン」
尋ねた母親・アガーテは、優しく微笑んだ。
懐かしくて愛おしいその顔を見た瞬間、幻覚と現実の堺がなくなり、ペトロは目の前の家族は生きている家族だと思い始める。
「うん。食べたい!」
(そういえば、何でここにいるんだっけ? さっきまで、大事なことをしようとしてた気が……)
ペトロはきょうだいたちとゲブランテ・マンデルンを食べ、家族四人でお店を見て回った。
オーナメントの店に入って好きなものを一つずつ選んだり、甘いホットチョコレートを飲んだり、家族四人で写真を撮ったりしてクリスマスマーケットを楽しんだ。
「母さん。オレちょっと、別行動していい?」
「あ……。ええ。いいわよ」
きょうだいにバレないようにアガーテにこっそり別行動を告げ、ペトロは一人で小屋を回る。数日後に誕生日を迎える双子に、プレゼントを買うのだ。
選んだのは、姉でちょっぴりおませなリリーには、おしゃれなキャンドルホルダー。マフラーをなくしたばかりの弟のトビアスには新しいマフラーを選んだ。
(あれ? 前にも同じものを買った気がする……)
「気のせいか」
秘密の買い物が終わったちょうどその時、アガーテからメッセージが来た。
「これからメリーゴーラウンドに乗るから、買い物終わったら来て」
「メリーゴーラウンド……」
その文字を見た瞬間、ペトロの心が恐ろしくざわついた。
「……ダメだ」
ペトロは母アガーテに電話を掛けた。しかし、気付いていないのか繋がらない。
(ダメだ。メリーゴーラウンドは……!)
「母さん! みんな、どこ? そっちは行かないで!」
まだ向かっている途中なのか、それとも、もう乗ろうとしているのかわからないが、人混みの中を探しながら、ざわつく気持ちに押されて、早足にメリーゴーラウンドの方へ向かう。
「母さん! リリー! トビアス! どこ!? 戻って来て! そっちはダメなんだ! メリーゴーラウンドに乗ったら……!」
人混みとお気楽な音楽の中、ペトロは家族の名前を叫び続けた。ペトロの言い知れない焦燥と恐れを知らない人々は、振り返りもせずにクリスマス前のお祭を楽しんでいる。
「みんな、どこ……」
その時だった。
道路を走っていた大型トラックが、道を外れて小屋に衝突した。突然突っ込んで来たトラックは二つの小屋を人ごと潰し、突然の出来事に人々は驚愕し、悲鳴が上がった。




