24話 接触⑤─シモンとケエブとオツェル─
双子の背丈はシモンより5センチほど高く、年齢も上だ。一卵性双生児で、目の大きさ、鼻の形、そばかすにいたるまで、コピーしたように顔のパーツが全て同じだ。前髪の分け方と眉の微妙な下がり具合だけが、見分けるポイントだ。
「ここで、何をしてるんですか?」
「我々は、救われず悩んでいる同志を探しているのです」
「この世界には、同じ苦しみを抱えて生きる人が、数多く存在します。中には、運良く救われている人もいるでしょう。けれど、神の目の届かないところでは、苦しみを抱え続け悩んでいる人がいるのです。我々は、そんな人々に手を差し伸べる役割なのです」
双子は交互にしゃべった。よくある、新興宗教の勧誘のようだ。
シモンから見て左側に立つ、前髪が右分けの青年・ケエブは尋ねる。
「あなたは、救われていますか?」
「ボクは大丈夫です」
(自分のことよりも、周りの人たちの方が優先だし。トラウマだって、少しずつ……)
すると。シモンを真っ直ぐに見つめて、ケエブは言う。
「あなたは、裏切られていますね」
「え?」
「その顔は、人間に裏切られた過去がありますね。それも、酷く。心を傷付けられて、今も瘡蓋となって残っている」
指摘されたシモンは、トラウマのことを言い当てられたように感じて少し驚いた。指摘されたことを、思わず肯定してしまう。
「どうして、わかるの?」
「あなたは、『ボクは大丈夫』だと言いました。それは、人を信用せず、安易に本当の自分を見せようとしない証です」
「そんなことないです。そう言ったのは、その……。新興宗教とか、興味ないからで……」
「それも、あなたが他人に対して心を開いていないからです。確かに、既存の宗教に入信されている方から見れば、新しい宗教は警戒なさるでしょう。しかしそれは、心の扉を閉じているからです。それは、なぜだと思いますか?」
「さあ……?」
「偏見からくる不信感が、原因だからです」
シモンはギクリとする。偏見。不信感。ついさっきまでシモンが考えていたことを、ケエブは心を見透かしたように言い当てた。
「だから我々は、不特定に声は掛けません。我々が開け放つ心の扉から発するエネルギーが喚ぶ方だけに、声を掛けさせて頂いています」
「あなたは、我々の心と通じ合う方だと感じます。あなたの心は、満たされていますか? 人に裏切られたことを我慢して、本当の自分を隠そうとしていませんか?」
前髪が左分けで、眉尻が下がっている方の青年・オツェルも尋ねる。
「だから、ボクは大丈夫です」
シモンは、不安を抱く気持ちを安易に見せないよう、心の扉を固く閉ざす。その頑なな意思を称えるように、ケエブは優しく微笑む。
「あなたは、強いんですね。見たところ学生の方のようですが、立派な自立心があり、周囲に負けないよう頑張って背伸びをしている。ですが。それをずっと続けていて、心は疲れませんか?」
ケエブは、シモンの性格や持ち続けている信念まで言い当てる。それはシモンを警戒させ、逆効果だ。
「大丈夫です」
「酷く裏切られたことで、未熟な器でそう選択せざるを得なかったんでしょう。とても大変ですね。とても辛いでしょう」
シモンが大丈夫だと気丈にして見せても、ケエブはシモンの本心が手に取るようにわかるのか、同情の心を寄せる。
彼の言葉は、シモンを警戒させるだけ……かと思われた。ところが。心を見透かされ、性格まで言い当てられたからなのか、シモンは動揺し始めていた。
「だから、そんなこと……。確かに、ボクは頑張ってます。だけど、一人じゃないから頑張れるんです。ボクを信じてくれる人がいるから……」
「人間に酷く裏切られたのに、本当にその人も信用できる方なのでしょうか」
心を寄せるケエブは、シモンの中の不安の種に一滴の水を与える。
「え?」
「あなたは、強がりながら生きています。それは、酷く裏切られた時にできた心の瘡蓋のせいで、他人への不信感が生まれたからです。そんな生き方では、あなたは救われない」
「そんなことない。ボクは、救われてる」
「しかし、その人はあなたを救いません」
ヤコブは自分を救わない。そんなことはないと信じながら、シモンはショックを受ける。
彼の言葉は、入信させるための誘い文句に過ぎないとわかっている。けれど、そう理解しているのに、ケエブの言葉に信憑性を見出そうとしている自分がいた。
「だったら……。誰が、ボクを救ってくれるの? 神様が、救ってくれるって言うの?」
その質問には、眉尻を下げたオツェルが答える。
「いいえ。神は、苦しむ全ての子羊は救われません」
「それは、どうして?」
「この世界に悪が満ち過ぎ、連鎖を断ち切ろうとしても、人間が鎖を繋いでしまうからです。神は既に、人間を見放しておられます。だから神は、我々も、あなたも、誰も救いません。神はこの世界に、人間に愛想を尽かされました。人間が救いを求めても、もう神は助けてはくれません。人間は、神を万能神と信じますが、本当は万能ではないのです。それなのに、無知な人間は神ばかりを頼り、お互いの心の扉を開き合わなかったが故に、世界には未だ悪が存在し、負の連鎖が続いているのです」
再びケエブが、シモンに語り掛ける。
「あなたは本当は、素直で愛嬌のある方なのでしょう。けれど、穢れた世界に心を傷付けられ、心の扉を閉ざさざるを得なかった。今のあなたは、本来のあなたではない。あなただけではありません。あなたの周りにいる人々も、本当の姿を晒していない。そんな人々の中にいて、あなたはこれから救われますか?」
「そんなこと、訊かれても……」
(周りにいる人たちが、本当の姿を晒していないって。そんなの、仕方ないんじゃないの? 本当の気持ちを隠さなきゃ、本当の自分を偽らなきゃ、付き合えないことだってあるし。ボクたち仲間内だって、トラウマのこともあるから全部を知ってるわけじゃない。それはお互いに配慮し合ってるだけで、仲もいいし、みんなに不信感なんて……)
その時。シモンはふと、ヤコブがトラウマに関して、明かしてくれていないことがあったことを思い出す。
───実は……。一つ、言えてないことがあるんだ。
(戦いのあと、使徒を続けていいのか少しわからないって言ってた。また棺に囚われたら、その時が使徒として最後になるかもしれないって。ヤコブはお兄さんのことで、まだ隠してることがある。ボクは、まだそれを聞いてない……)
兄・デリックの友人であり、同じバンドメンバーだったアレンに、ヤコブはデリックの死について全て自白をするつもりだった。しかし、SNSの誹謗中傷の件は告白できず、シモンに相談する機会も失われてそのままだった。
ヤコブは忘れたふりをして、わざとシモンに言っていないのか。それとも、言いそびれているだけなのか。
(トラウマはまだ完全に克服できてないから、そう気軽に訊けることじゃない。ボクがそう理解してることをわかってて、わざと黙ってるのかな……)
ヤコブは、訊かれないのをいいことに隠そうとしているんだろうかと、ケエブの言葉に引っ張られる。
双子は最後に、動揺と疑心を芽生えさせたシモンに、もう一度優しく語り掛ける。
「あなたが今いる場所で、あなたは救われますか? あなたは本当に、心の扉を開いていますか? あなたの側にいる人は、裏切りませんか?」
「我々は、隠れた孤独を抱える人々に、神の代わりに手を差し伸べます。我々が作る場所は、同じ苦しみを抱える人々が集まり、寄り添える場所。本当の、あなたの拠り所となるでしょう」
「よろしかったら、あなただけに特別なお話もできるので、興味がありましたらぜひ」
と、ケエブからチラシを渡された。大樹を模した教団のマークと教団名、SNSアカウントや、教団からのメッセージが書かれていて、笑顔溢れる様々な人種の人々の写真をわざとらしく載せている。
(『バウムフューレン』……)
その時。近くの通りを救急車が通り過ぎた。そのサイレンを聞いて、シモンはハッと平常を取り戻す。
「だけど。ボクはやっぱり大丈夫です。それに、ボクは救われる人じゃないから」
そう言って、友達と合流するためにシモンは立ち去った。その手に、チラシを持ったまま。
双子のケエブとオツェル───改め、痛哭のタデウスと惨苦のトマスは、同時に安堵の溜め息をつく。
「ケエブ。言われたこと、ちゃんとできた?」
「うん。できた……よね? ガープ」
ケエブが下を向くと、影に赤い双眸が現れる。
「案外容易だったぞ、主」
「これで、おれのやること終わったってことで、いいかな」
「まだだよケエブ。ぼくたちには、まだまだやることがあるんだから」
「えー。もう帰りたいよ、オツェルー。静かなところで怠けてたいー」
ケエブことタデウスはしゃがみ込み、いつもの怠惰ができないことに不満を抱いてサボりたがった。
「そんな勝手なことしたら、マタイに怒られるよ? 今後の計画に大事なことだって、言ってたでしょ。ちゃんとやらないと、サボったのすぐにバレちゃうよ」
オツェルことトマスもやりたくてやっているわけではないが、マタイからの指令を無視すると恐ろしいことが待っているので、やらざるを得ない。
「うう……。フィリポこの前、両腕ない状態で戻って来たもんなぁ……。わかったよぉ……」
諭されたケエブは、やる気なさげに立ち上がり、二人はその場で宗教の勧誘を続けた。




