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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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24話 接触⑤─シモンとケエブとオツェル─



 双子の背丈はシモンより5センチほど高く、年齢も上だ。一卵性双生児で、目の大きさ、鼻の形、そばかすにいたるまで、コピーしたように顔のパーツが全て同じだ。前髪の分け方と眉の微妙な下がり具合だけが、見分けるポイントだ。


「ここで、何をしてるんですか?」

「我々は、救われず悩んでいる同志を探しているのです」

「この世界には、同じ苦しみを抱えて生きる人が、数多く存在します。中には、運良く救われている人もいるでしょう。けれど、神の目の届かないところでは、苦しみを抱え続け悩んでいる人がいるのです。我々は、そんな人々に手を差し伸べる役割なのです」


 双子は交互にしゃべった。よくある、新興宗教の勧誘のようだ。

 シモンから見て左側に立つ、前髪が右分けの青年・ケエブは尋ねる。


「あなたは、救われていますか?」

「ボクは大丈夫です」

(自分のことよりも、周りの人たちの方が優先だし。トラウマだって、少しずつ……)


 すると。シモンを真っ直ぐに見つめて、ケエブは言う。


「あなたは、裏切られていますね」

「え?」

「その顔は、人間に裏切られた過去がありますね。それも、酷く。心を傷付けられて、今も瘡蓋(かさぶた)となって残っている」


 指摘されたシモンは、トラウマのことを言い当てられたように感じて少し驚いた。指摘されたことを、思わず肯定してしまう。


「どうして、わかるの?」

「あなたは、『ボクは大丈夫』だと言いました。それは、人を信用せず、安易に本当の自分を見せようとしない証です」

「そんなことないです。そう言ったのは、その……。新興宗教とか、興味ないからで……」

「それも、あなたが他人に対して心を開いていないからです。確かに、既存の宗教に入信されている方から見れば、新しい宗教は警戒なさるでしょう。しかしそれは、心の扉を閉じているからです。それは、なぜだと思いますか?」

「さあ……?」

「偏見からくる不信感が、原因だからです」


 シモンはギクリとする。偏見。不信感。ついさっきまでシモンが考えていたことを、ケエブは心を見透かしたように言い当てた。


「だから我々は、不特定に声は掛けません。我々が開け放つ心の扉から発するエネルギーが喚ぶ方だけに、声を掛けさせて頂いています」

「あなたは、我々の心と通じ合う方だと感じます。あなたの心は、満たされていますか? 人に裏切られたことを我慢して、本当の自分を隠そうとしていませんか?」


 前髪が左分けで、眉尻が下がっている方の青年・オツェルも尋ねる。


「だから、ボクは大丈夫です」


 シモンは、不安を抱く気持ちを安易に見せないよう、心の扉を固く閉ざす。その頑なな意思を称えるように、ケエブは優しく微笑む。


「あなたは、強いんですね。見たところ学生の方のようですが、立派な自立心があり、周囲に負けないよう頑張って背伸びをしている。ですが。それをずっと続けていて、心は疲れませんか?」


 ケエブは、シモンの性格や持ち続けている信念まで言い当てる。それはシモンを警戒させ、逆効果だ。


「大丈夫です」

「酷く裏切られたことで、未熟な器でそう選択せざるを得なかったんでしょう。とても大変ですね。とても辛いでしょう」


 シモンが大丈夫だと気丈にして見せても、ケエブはシモンの本心が手に取るようにわかるのか、同情の心を寄せる。

 彼の言葉は、シモンを警戒させるだけ……かと思われた。ところが。心を見透かされ、性格まで言い当てられたからなのか、シモンは動揺し始めていた。


「だから、そんなこと……。確かに、ボクは頑張ってます。だけど、一人じゃないから頑張れるんです。ボクを信じてくれる人がいるから……」

「人間に酷く裏切られたのに、本当にその人も信用できる方なのでしょうか」


 心を寄せるケエブは、シモンの中の不安の種に一滴の水を与える。


「え?」

「あなたは、強がりながら生きています。それは、酷く裏切られた時にできた心の瘡蓋のせいで、他人への不信感が生まれたからです。そんな生き方では、あなたは救われない」

「そんなことない。ボクは、救われてる」

「しかし、その人はあなたを救いません」


 ヤコブは自分を救わない。そんなことはないと信じながら、シモンはショックを受ける。

 彼の言葉は、入信させるための誘い文句に過ぎないとわかっている。けれど、そう理解しているのに、ケエブの言葉に信憑性を見出そうとしている自分がいた。


「だったら……。誰が、ボクを救ってくれるの? 神様が、救ってくれるって言うの?」


 その質問には、眉尻を下げたオツェルが答える。


「いいえ。神は、苦しむ全ての子羊は救われません」

「それは、どうして?」

「この世界に悪が満ち過ぎ、連鎖を断ち切ろうとしても、人間が鎖を繋いでしまうからです。神は既に、人間を見放しておられます。だから神は、我々も、あなたも、誰も救いません。神はこの世界に、人間に愛想を尽かされました。人間が救いを求めても、もう神は助けてはくれません。人間は、神を万能神と信じますが、本当は万能ではないのです。それなのに、無知な人間は神ばかりを頼り、お互いの心の扉を開き合わなかったが故に、世界には未だ悪が存在し、負の連鎖が続いているのです」


 再びケエブが、シモンに語り掛ける。


「あなたは本当は、素直で愛嬌のある方なのでしょう。けれど、穢れた世界に心を傷付けられ、心の扉を閉ざさざるを得なかった。今のあなたは、本来のあなたではない。あなただけではありません。あなたの周りにいる人々も、本当の姿を晒していない。そんな人々の中にいて、あなたはこれから救われますか?」

「そんなこと、訊かれても……」

(周りにいる人たちが、本当の姿を晒していないって。そんなの、仕方ないんじゃないの? 本当の気持ちを隠さなきゃ、本当の自分を偽らなきゃ、付き合えないことだってあるし。ボクたち仲間内だって、トラウマのこともあるから全部を知ってるわけじゃない。それはお互いに配慮し合ってるだけで、仲もいいし、みんなに不信感なんて……)


 その時。シモンはふと、ヤコブがトラウマに関して、明かしてくれていないことがあったことを思い出す。


 ───実は……。一つ、言えてないことがあるんだ。


(戦いのあと、使徒を続けていいのか少しわからないって言ってた。また棺に囚われたら、その時が使徒として最後になるかもしれないって。ヤコブはお兄さんのことで、まだ隠してることがある。ボクは、まだそれを聞いてない……)


 兄・デリックの友人であり、同じバンドメンバーだったアレンに、ヤコブはデリックの死について全て自白をするつもりだった。しかし、SNSの誹謗中傷の件は告白できず、シモンに相談する機会も失われてそのままだった。

 ヤコブは忘れたふりをして、わざとシモンに言っていないのか。それとも、言いそびれているだけなのか。


(トラウマはまだ完全に克服できてないから、そう気軽に訊けることじゃない。ボクがそう理解してることをわかってて、わざと黙ってるのかな……)


 ヤコブは、訊かれないのをいいことに隠そうとしているんだろうかと、ケエブの言葉に引っ張られる。

 双子は最後に、動揺と疑心を芽生えさせたシモンに、もう一度優しく語り掛ける。


「あなたが今いる場所で、あなたは救われますか? あなたは本当に、心の扉を開いていますか? あなたの側にいる人は、裏切りませんか?」

「我々は、隠れた孤独を抱える人々に、神の代わりに手を差し伸べます。我々が作る場所は、同じ苦しみを抱える人々が集まり、寄り添える場所。本当の、あなたの拠り所となるでしょう」

「よろしかったら、あなただけに特別なお話もできるので、興味がありましたらぜひ」


 と、ケエブからチラシを渡された。大樹を模した教団のマークと教団名、SNSアカウントや、教団からのメッセージが書かれていて、笑顔溢れる様々な人種の人々の写真をわざとらしく載せている。


(『バウムフューレン』……)


 その時。近くの通りを救急車が通り過ぎた。そのサイレンを聞いて、シモンはハッと平常を取り戻す。


「だけど。ボクはやっぱり大丈夫です。それに、ボクは救われる人じゃないから」


 そう言って、友達と合流するためにシモンは立ち去った。その手に、チラシを持ったまま。

 双子のケエブとオツェル───改め、痛哭のタデウスタデウス・デア・クマー惨苦のトマストマス・デア・ライデンは、同時に安堵の溜め息をつく。


「ケエブ。言われたこと、ちゃんとできた?」

「うん。できた……よね? ガープ」


 ケエブが下を向くと、影に赤い双眸が現れる。


「案外容易だったぞ、主」

「これで、おれのやること終わったってことで、いいかな」

「まだだよケエブ。ぼくたちには、まだまだやることがあるんだから」

「えー。もう帰りたいよ、オツェルー。静かなところで怠けてたいー」


 ケエブことタデウスはしゃがみ込み、いつもの怠惰ができないことに不満を抱いてサボりたがった。


「そんな勝手なことしたら、マタイに怒られるよ? 今後の計画に大事なことだって、言ってたでしょ。ちゃんとやらないと、サボったのすぐにバレちゃうよ」


 オツェルことトマスもやりたくてやっているわけではないが、マタイからの指令を無視すると恐ろしいことが待っているので、やらざるを得ない。


「うう……。フィリポこの前、両腕ない状態で戻って来たもんなぁ……。わかったよぉ……」


 諭されたケエブは、やる気なさげに立ち上がり、二人はその場で宗教の勧誘を続けた。




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