22話 それは、兆しにならないのか
ヨハネが警察に状況説明をしているあいだ、ハーロルトは戻って来るのを待とうとしたが、オイゲンに肩を掴まれた。
「ハーロルト。仕事に戻るぞ」
「でも……」
「もう勝手な行動はするな。私の気持ちを考えてくれ」
「……ごめん。父さん」
何もできず心配させただけで、自分は何をやっているんだろうと、ハーロルトは中途半端な気持ちと行動を自省した。
すると。野次馬の中から抜けホテルに戻ろうとした二人の前に、白髪に赤と水色のオッドアイの青年、ヨセフが突然現れた。
「ヨセフくん」
姿を現したヨセフは相変わらずの無表情で、温度のない赤と水色の瞳をオイゲンに向けて言う。
「傍観するだけでは、責務は果たせませんよ」
「またその話ですか。前にも言ったが、ハーロルトを戦わせる気はない!」
眉間をグッと寄せるオイゲンは、ハーロルトを守るように一歩前に出て、変わらぬ意思を告げる。
「自分も言ったはずです。クアラデム家の責務は、未来永劫続いていく。永遠に償いをし続けなければならない。と」
「私たちの意思は、尊重されないのか! そんな神は、おかしいだろう!」
「自分は、こうも言いました。責務の放棄という得手勝手は、神が赦さないと」
ヨセフは、ほんのり温度が感じられる瞳で、ハーロルトに視線を移す。
「しかし。今回はその第一歩ですね。身体が勝手に動いたということは、あなたに責任感が芽生え始めているんですよ」
「適当なことを言って、ハーロルトを誘導するな!」
「誘導しているのは、どちらですか」
オイゲンに視線を戻したヨセフの瞳の温度は、咎めで0℃以下になった。針のような眼差しに、オイゲンは思わず口を噤む。
「無責任な親に育てられた息子なので、どうしたものかと思いましたが。どうやら、父親とは違うようですね。やはり、敵と相対した経験が、血を目覚めさせようとしているんでしょうか」
「それ以上言うのはやめろ! 家族の幸せを壊そうとしている方が、悪じゃないか!」
オイゲンは再びハーロルトの肩を抱き、早歩きでヨセフの横を通り過ぎた。
「では。あなた方は、悪ではないんですね」
後ろから心臓をぐさりと刺され、オイゲンは一瞬足を止めるが、振り向くことなく足早に去って行った。ヨセフもまた、二人を振り向こうともしなかった。
無責任な人間よりも気になるものがあるヨセフは、すぐ側にある飲食店の屋根を見上げた。そこには、ボロボロの軍服姿の全身黒ずくめ男、怨嗟のマタイがいた。
「あの悪魔は、あなたの差し金ですか」
ヨセフは彼が最も危険な存在であると認識していないのか、警戒心もなく全く敵視する様子もなく、日常会話風に尋ねた。
太陽が雲に隠され、ビルの影が掛かる。マタイは、影の中でも際立つ暗紅色の双眸をヨセフに落として尋ねる。
「お前はなんなんだ」
「自分は、クアラデム家の監視役です」
「違う。何者だと訊いている」
マタイから突風のように威圧感を浴びせられても、やはりヨセフは表情筋の一つも動かさない。
しかし。水色の瞳の方に、僅かに温度が滲んだ。
「自分は……。あなたとは、既に無関係の存在です」
警察の聴き取りから開放されたヨハネだったが、すでにハーロルトとオイゲンの姿がなくなっていたので、話し合いは諦めることにした。
来た時と同じ道を通って、大聖堂でも見学するかと、ひとまず駅方面へ向かった。その途中にあるホテルを通り掛かると、表にハーロルトが立っていた。
「ハーロルト……」
「ヨハネくん。さっきは、父さんが失礼な態度を取って、ごめん」
「いや。こっちこそ、さっきはちょっと強く怒り過ぎた」
「ううん。軽率な僕の方が、悪かったんだ。身体が勝手に動いたなんて、理由にならないよね」
オイゲンの制止を振り切って戦闘領域に飛び込んだが、できることはマグカップを悪魔に投げることだけで、結局ヨハネにも怒られた。
身体が勝手に動いた理由は、ハーロルト自身にもよくわからなかった。自分にもやるべきことがあるのに、安全圏にいることが後ろめたい。それだけが行動した理由とは、言い難い気がした。
「オイゲンさんは?」
「仕事に戻ったよ」
「お前から、謝っておいてくれないか。もう勝手に、会いに来ることはしないからって」
「ヨハネくん……」
「オイゲンさんが怒る気持ちも、わかるから。元通りになった家族の幸せは、壊せない」
大切な人がいるという普通は、当たり前じゃない。それがわかっているから、拘り過ぎるのもよくないと、ヨハネはわかっている。
諦めを口にしたヨハネは、説得できなかった無念さは隠した。しかし、ハーロルトはその気持ちを察し、目を伏せて謝る。
「……ごめん」
「気にするな。元々、ダメ元で来たから」
「本当にごめん。僕がもっと……」
中途半端で、迷惑しか掛けられない自分が不甲斐なく感じる。そんなハーロルトの肩を、ヨハネは優しく叩いた。
「それが、お前が望むことなんだろ?」
ヨハネは彼の意思を責めず、気にするなと微笑んだ。逆にその気遣いが、ハーロルトの胸を少し痛めた。
「……もう、ベツィールフに帰るの?」
「いや。今日会えなかったこと考えて、ホテル取ってある。いろいろ観光して、明日帰るよ」
「予約はここ?」
「もうちょっと安いとこ。ここに泊まったら、お前のプレッシャーだろ」
事故があった交差点の方はまだ騒がしく、規制線が張られて交通規制が始まっている。何があったんだと興味津々の野次馬も、さっきより増えていた。
「きっと、これで会うのも最後だな。ちゃんと大学行って、オイゲンさんの跡継げよ?」
「うん。頑張るね。ヨハネくんたちも、その……」
「頑張って」と言おうとしたが、自分がそんな言葉を言っても激励にもならないような気がして、言葉を選ぼうとした。けれどヨハネは、
「絶対に、最後まで戦い抜くよ。何があっても、必ず」
何も心配せず、自分が選びたい未来を進んでくれ。そう言っているような表情で、決意表明をした。ハーロルトは、何も返せなかった。
「じゃあ、元気で」
ヨハネは笑って、ハーロルトに背を向けた。
見送るハーロルトの後ろから、木の葉を舞い上げながら秋風が吹き抜けた。




