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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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22話 それは、兆しにならないのか



 ヨハネが警察に状況説明をしているあいだ、ハーロルトは戻って来るのを待とうとしたが、オイゲンに肩を掴まれた。


「ハーロルト。仕事に戻るぞ」

「でも……」

「もう勝手な行動はするな。私の気持ちを考えてくれ」

「……ごめん。父さん」


 何もできず心配させただけで、自分は何をやっているんだろうと、ハーロルトは中途半端な気持ちと行動を自省した。

 すると。野次馬の中から抜けホテルに戻ろうとした二人の前に、白髪に赤と水色のオッドアイの青年、ヨセフが突然現れた。


「ヨセフくん」


 姿を現したヨセフは相変わらずの無表情で、温度のない赤と水色の瞳をオイゲンに向けて言う。


「傍観するだけでは、責務は果たせませんよ」

「またその話ですか。前にも言ったが、ハーロルトを戦わせる気はない!」


 眉間をグッと寄せるオイゲンは、ハーロルトを守るように一歩前に出て、変わらぬ意思を告げる。


「自分も言ったはずです。クアラデム家の責務は、未来永劫続いていく。永遠に償いをし続けなければならない。と」

「私たちの意思は、尊重されないのか! そんな神は、おかしいだろう!」

「自分は、こうも言いました。責務の放棄という得手勝手は、神が赦さないと」


 ヨセフは、ほんのり温度が感じられる瞳で、ハーロルトに視線を移す。


「しかし。今回はその第一歩ですね。身体が勝手に動いたということは、あなたに責任感が芽生え始めているんですよ」

「適当なことを言って、ハーロルトを誘導するな!」

「誘導しているのは、どちらですか」


 オイゲンに視線を戻したヨセフの瞳の温度は、咎めで0℃以下になった。針のような眼差しに、オイゲンは思わず口を噤む。


「無責任な親に育てられた息子なので、どうしたものかと思いましたが。どうやら、父親とは違うようですね。やはり、敵と相対した経験が、血を目覚めさせようとしているんでしょうか」

「それ以上言うのはやめろ! 家族の幸せを壊そうとしている方が、悪じゃないか!」


 オイゲンは再びハーロルトの肩を抱き、早歩きでヨセフの横を通り過ぎた。


「では。あなた方は、悪ではないんですね」


 後ろから心臓をぐさりと刺され、オイゲンは一瞬足を止めるが、振り向くことなく足早に去って行った。ヨセフもまた、二人を振り向こうともしなかった。

 無責任な人間よりも気になるものがあるヨセフは、すぐ側にある飲食店の屋根を見上げた。そこには、ボロボロの軍服姿の全身黒ずくめ男、怨嗟のマタイ(マタイ・デア・グロル)がいた。


「あの悪魔は、あなたの差し金ですか」


 ヨセフは彼が最も危険な存在であると認識していないのか、警戒心もなく全く敵視する様子もなく、日常会話風に尋ねた。

 太陽が雲に隠され、ビルの影が掛かる。マタイは、影の中でも際立つ暗紅色の双眸をヨセフに落として尋ねる。


「お前はなんなんだ」

「自分は、クアラデム家の監視役です」

「違う。何者だと訊いている」


 マタイから突風のように威圧感を浴びせられても、やはりヨセフは表情筋の一つも動かさない。

 しかし。水色の瞳の方に、僅かに温度が滲んだ。


「自分は……。あなたとは、()()()()()の存在です」




 警察の聴き取りから開放されたヨハネだったが、すでにハーロルトとオイゲンの姿がなくなっていたので、話し合いは諦めることにした。

 来た時と同じ道を通って、大聖堂でも見学するかと、ひとまず駅方面へ向かった。その途中にあるホテルを通り掛かると、表にハーロルトが立っていた。


「ハーロルト……」

「ヨハネくん。さっきは、父さんが失礼な態度を取って、ごめん」

「いや。こっちこそ、さっきはちょっと強く怒り過ぎた」

「ううん。軽率な僕の方が、悪かったんだ。身体が勝手に動いたなんて、理由にならないよね」


 オイゲンの制止を振り切って戦闘領域に飛び込んだが、できることはマグカップを悪魔に投げることだけで、結局ヨハネにも怒られた。

 身体が勝手に動いた理由は、ハーロルト自身にもよくわからなかった。自分にもやるべきことがあるのに、安全圏にいることが後ろめたい。それだけが行動した理由とは、言い難い気がした。


「オイゲンさんは?」

「仕事に戻ったよ」

「お前から、謝っておいてくれないか。もう勝手に、会いに来ることはしないからって」

「ヨハネくん……」

「オイゲンさんが怒る気持ちも、わかるから。元通りになった家族の幸せは、壊せない」


 大切な人がいるという普通は、当たり前じゃない。それがわかっているから、拘り過ぎるのもよくないと、ヨハネはわかっている。

 諦めを口にしたヨハネは、説得できなかった無念さは隠した。しかし、ハーロルトはその気持ちを察し、目を伏せて謝る。


「……ごめん」

「気にするな。元々、ダメ元で来たから」

「本当にごめん。僕がもっと……」


 中途半端で、迷惑しか掛けられない自分が不甲斐なく感じる。そんなハーロルトの肩を、ヨハネは優しく叩いた。


「それが、お前が望むことなんだろ?」


 ヨハネは彼の意思を責めず、気にするなと微笑んだ。逆にその気遣いが、ハーロルトの胸を少し痛めた。


「……もう、ベツィールフに帰るの?」

「いや。今日会えなかったこと考えて、ホテル取ってある。いろいろ観光して、明日帰るよ」

「予約はここ?」

「もうちょっと安いとこ。ここに泊まったら、お前のプレッシャーだろ」


 事故があった交差点の方はまだ騒がしく、規制線が張られて交通規制が始まっている。何があったんだと興味津々の野次馬も、さっきより増えていた。


「きっと、これで会うのも最後だな。ちゃんと大学行って、オイゲンさんの跡継げよ?」

「うん。頑張るね。ヨハネくんたちも、その……」


「頑張って」と言おうとしたが、自分がそんな言葉を言っても激励にもならないような気がして、言葉を選ぼうとした。けれどヨハネは、


「絶対に、最後まで戦い抜くよ。何があっても、必ず」


 何も心配せず、自分が選びたい未来を進んでくれ。そう言っているような表情で、決意表明をした。ハーロルトは、何も返せなかった。


「じゃあ、元気で」


 ヨハネは笑って、ハーロルトに背を向けた。

 見送るハーロルトの後ろから、木の葉を舞い上げながら秋風が吹き抜けた。




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