19話 ヨハネ、ノルックへ
土曜日の朝になり、ヨハネは一人で出発した。
ハーロルトがいるノルック州の位置は、ベツィールフ州と真反対にあり距離もあるので、国内線で向かった。
残った四人は、掃除組と買い出し組で別れた。ヤコブとシモンは、リビングルームの掃除。ペトロとアンデレは、買い出しに出掛けた。いつもなら車で買い出しに行くが、二人とも車の免許は持っていないので、徒歩でいつものスーパーへ向かった。
最近のペトロは、近所のスーパーに行くだけでも、ちょっとした変装をするようになった。今日も、キャップに伊達メガネを掛けているが、白い肌とブロンドで気付く人には気付かれる。
カートを引きながら、バナナやアボカド、ヴルストにチーズ、冷凍のピザやスナック菓子や、消耗品の洗濯用洗剤やトイレットペーパーなどを乗せていく。もちろん、ペトロが買い忘れていた、みんなで飲む用のコーヒー豆も。
「アンデレ。菓子買い過ぎ。いくつか戻して来い」
「えー! 五袋くらい、いいじゃんー!」
「食べたかったら、また買いに来ればいいだろ」
と、母子のようなやり取りもありつつ、カートはいっぱいになった。
「他にも買うものあるけど、今日はこのくらいにしとくか。明日は、ヤコブとシモンが行くって言ってたし」
今週は買い物リストに消耗品が多くあるが、二人で一度に持ち帰るのは大変なので、一部は明日に任せることにした。
「一度戻って、ブロート買いに行くか」
「そうだな。……あ。炭酸水はどうする?」
ちょうど棚の前を通って目に入ったので、アンデレが訊いた。もちろん、ペトロが広告塔の商品で、ちゃんと新商品のオレンジフレーバーとアップルフレーバーも並んでいた。
「買わなくていいだろ。フィッシャーさんが、六箱も送って来てくれたんだから」
先日、フィッシャー個人の住所から事務所宛に、各フレーバーを三箱ずつ送られた来たのだ。日頃の感謝を込めて、自腹で購入したらしい。さすがペトロ推し。これが、彼女なりの推し活なのだ。
二人はセルフレジで会計を済ませ、二袋のエコバッグに詰め、アンデレがトイレットペーパーを抱えてスーパーを後にする。
「ヨハネさん、向こうに着いたかな」
「そうだな。もうちょっとじゃないか?」
スマホで時間を見ると、間もなく午前十二時。宿舎から空港までは約一時間で、飛行時間は、片道一時間ちょっと。さらに空港から中心部に向かうとなると、合計二時間以上は掛かるので、午後に到着する予定だ。
並んで歩くアンデレは、すれ違う人たちよりも隣のペトロをちらちら見た。親友のことが、どうしても気掛かりだった。
「あのさ、ペトロ。もしも、ヨハネさんが説得成功したら、どうする?」
「どうするって……。この前、説得して戻って来てもらおうって話をして、ヨハネは行ったんだろ」
「そうなんだけどさ。本当に、ハーロルトさんが戻って来ることになったら? ペトロは本当に大丈夫なのか?」
「別に。あいつのことは、何とも思ってないし」
ペトロは眉一つ動かさず平静に言うが、アンデレはちょっと顔を覗いてきた。
「本当に平気か?」
「オレ今、一人部屋じゃん? 一人じゃ広過ぎるんだよね。話し相手ができると思えば、丁度いいよ」
「本当にそう思ってるか? きっと、また同室になるんだぞ?」
「しつこいぞ、アンデレ」
心配するアンデレを横目で見て、ペトロは微苦笑する。
「オレは使徒としての意見を言って、ヨハネの意向に賛成しただけだ。あいつが、ヨハネの説得に応じて戻って来るっていうなら、オレは戦力として迎え入れる。必要な人材なのは、間違いないだろうからな」
「ペトロはもう、そういう気持ちを固めてるってことなんだな」
「だから、そう言ってるだろ。心配は、もう十分だよ」
通り掛かった公園から、遊具で遊んでいる子供たちの楽しげな声が聞こえて来る。多少の寒さも、友達といればへっちゃらだ。
けれど。ペトロの胸奥は、幼児たちには敵わない。
ヨハネは、ハーロルトが住むノルック州に到着した。気温は、ベツィールフ州とさほど変わらないが。
空港から市街地へ二十分弱電車に乗り、フルスウーファー中央駅に降り立ち駅舎を出ると、有名な大聖堂が迫力満点で出迎えた。写真では見たことはあるが、初めて肉眼で見たヨハネは、幾つも立ち並ぶ尖塔と、歴史を重ねた焦げ茶色のゴシック建築の荘厳さに圧倒される。
一瞬、観光気分になるが、観光は時間ができたらだ。ヨハネは、まずは目的を果たすために、ハーロルトが手伝いをしていると言っていた、父オイゲンがCEOを務める、トラウゴッドホテルを目指した。
地図アプリで調べると徒歩で行ける距離なので、座りっぱなしだった足を動かすには丁度いいと、メイン通りから一本入った裏通りを歩き出した。
通りにはベツィールフ州と同じように、赤レンガで建てられた歴史的建造物もあるが、見慣れない三角屋根の建物もあり、新鮮だ。高層ビルのような高い建物も少なく、意外と近代に建てられた集合住宅も多いようだ。
しばらく歩くと、赤レンガの外観の横長の建物が見えてきた。ここが、ハーロルトが手伝っていると言っていた、トラウゴットホテルだ。
入ったヨハネは、チェックインカウンターに向かった。受付にはハーロルトの姿はなく、女性スタッフが出迎えた。
「いらっしゃいませ。ご宿泊のお客様ですか?」
「いいえ。今日は、人を訪ねて来ました」
ヨハネは名刺を出し、身分を証明してから尋ねる。
「こちらで、ハーロルト・クアラデムという男性が働いていると思うんですが」
「お知り合いですか?」
「はい。数ヶ月間、共に生活をしていました」
「もしかして。記憶喪失中に、一緒に生活をしていた……?」
記憶喪失のハーロルトが共同生活していたことも聞いていた女性スタッフは、彼は今は休憩中で、一時間ほどで戻って来ると教えてくれた。
ヨハネは出直すことにし、昼食がまだなので食べてからまた来ることにした。
ヨハネがホテルから出て行く、丁度その時。偶然エントランスを通り掛かったオイゲンは、ヨハネの姿を目撃した。
(あの青年は……)




