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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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18話 使徒人員補充会議



 ある日の晩。ペトロたちは、夕飯後にヨハネに引き留められた。

 食後のコーヒーを飲みながら、シモンとアンデレの片付けが終わるのを待っていると、二人揃ってテーブルに戻って来た。


「ガラスポットの中のコーヒー豆、残り半分くらいだったけど。ストックもなかったっすよ」

「あ。今日のバイト帰りに買って来てって頼まれたの、忘れてた……」

「ペトロー。何気に、うっかり増えてないかー?」

「ごめん。気を付ける」

「半分あるなら、あと二日はもつだろ。今度の買い出しで、忘れずに買って来いよ?」


 ペトロは次の買い出し当番なので、また忘れないように、スマホのメモアプリに「コーヒー豆」と書き留めておいた。


「それで、ヨハネ。ボクたちを引き留めて、何か話でもあるの?」

「うん。みんなに、相談したいことがあって」

「なんの相談すか? もしかして、事務所の次期社長を誰にするかですか!」


 相談と聞いたアンデレが真っ先に浮かんだことを口にすると、引っ張られてそっち方面へと話が流れて行く。


「確かに。このまま社長不在っていうわけにも、いかないもんね。だったら。副社長のヨハネが、そのままなればいいんじゃない?」

「とすると。副社長選をやるってことか」

「おれたち四人で、副社長の座を争うんだな!」


 副社長の座を狙い、学校のことも仕事のことも忘れなぜかやる気のアンデレ。


「悪いけど、オレはパスで」


 ペトロは手を挙げて、自ら副社長選辞退を申し出た。


「うん。お前に票は入らないだろうから、立候補もしなくていいぞ」

「わかって辞退したけど、ヤコブからそう言われてムカつくの、なんでだろうな」


 ペトロは、挙げた手をグーにして気持ちを堪えた。


「じゃあ。ヤコブと、シモンと、おれの三つ巴の戦いだな!」

「オレは。この三人だったら、断然シモンに一票」

「ええっ! おれとヤコブは、眼中になし!?」

「だって、年齢のわりにシモンが一番頼りになるし」

「俺は、副社長の器じゃないってか。辞退したやつが、言うじゃねぇか!」

「ヤコブはそこだよ。もう少し大人ならな……」


 仕返しとばかりにペトロが言ってやると、ヤコブとのあいだでライバル光線が静かに火花を散らす。


「なんで、おれも選ばれないんだよー!?」

「ていうか。僕、まだ学生だし。副社長は無理だよ」

「じゃあ誰がなるんだよ。アンデレと俺なら、やっぱり俺だろ!」

「ヤコブも酷い! せめて、多数決を取ってくれよー!」


 と、アンデレの一言で副社長選の話で盛り上がる四人だが。さっそく明後日の方向へ話が飛んだのを、ヨハネは止める。


「おい、ちょっと待て。誰が、副社長選やるなんて言った」

「違うんすか?」

「確かに、社長不在はどうにかしたいところだけど。僕が話したいのはそれじゃない」

「じゃあ、なんだよ」


 ヨハネは姿勢を正し、真剣な顔付きになって四人に言う。


「ハーロルトを、連れ戻したい」

「はあっ!?」

「連れ戻したいって……」


 ヤコブとアンデレは、眉をひそめた。ペトロとシモンは予想外の発言ににわかに驚き、ペトロは口をきゅっと結んだ。


「実は。ハーロルトが帰ってからも、ずっと考えてたんだ。どうにか連れ戻せないかって」

「どうにかって。どうやって?」

「直接会って、説得する」

「そこまで決めてんなら、相談じゃねぇだろ」

「そうだな。ごめん。だから、みんなの意見を聞きたいんだ」


 独断は反感を買うしかないとわかっているので、提案に賛成か反対か訊くつもりで、ヨハネは留まってもらったのだ

 突然のヨハネの提案を聞き、ペトロたちは検討する。その検討の時間もなく発言したのは、腕を組んだヤコブだ。


「俺は、行っても無駄だと思うぞ。だってあいつ、父親が連れ戻すの拒否してここにいることを決めたのに、急に怖気づいて尻尾巻いて逃げたんだぞ。そんなやつをまたここにいさせたって、なんの役にも立たねぇよ」

「ハーロルトが帰ったのは、ヨセフのせいだろ」 


 ヨハネはハーロルトを擁護するが、ヤコブの意見にアンデレが同意する。


「おれも、あんまり賛成できないです。最初は、戦うの拒んだのは理解できましたけど、途中で前向きな気持ちに変わったのに、また拒否して。しかも帰る時、おれたちが納得する事情も話さなかったんですよ? 期待させておいて、なんか振り回された感じがして嫌でした」

「アンデレまで……」

「それに。ペトロの気持ちも、やっと落ち着き始めたんですよ? なのに、また搔き乱すようなことはさせたくないです」

「それはわかるけど……」


 ヤコブは反対しそうだと予想していたが、賛成してくれると思っていたアンデレが意外にもヤコブ側に付き、ヨハネは気後れしそうになる。


「ねぇ、ヨハネ。なんで、ハーロルトを連れ戻そうと思ったの?」


 この話し合いの意見は割れそうだと感じたシモンが、その考えの理由を尋ねた。


「それは、戦力補強のためだ。クアラデム家には死徒と戦う責務があって、それは、やつらを葬る力があるということだ。ヨセフが言っていたことが本当なら、ハーロルトは本来はここにいるべき存在だ」


 ヨハネは、現状に相応しい正当な理由を述べた。だが、「それはわかってるよ」と同意しつつも、ヤコブは反対意見をぶつける。


「けどあの時、俺らの意見は一致してなかったか? 俺らに全振りだろうが、神様が全部わかっていようが、俺らがやればいいって。ペトロも、自分たちがそのぶん頑張ればいいって言ってたろ。お前だけは、期待したがってたけどな」

「おれも別に、今のメンバーだけでも、根性で乗り切れると思ってます。ヨハネさんは、この五人じゃ心許ないって思ってるんですか」

「正直、厳しい」


 アンデレの意見に、ヨハネは真剣な眼差しで断言した。


「前回のフィリポ戦を、振り返ってみろ。全然、太刀打ちできなかったじゃないか。しかもマタイは、攻撃の瞬間すらわからなくて成す術がなかった。アンデレも防御が通じなかったの、悔しがってただろ。死徒一人に手こずって、二人相手となると手も足も出なかった僕たちに、あと四人いる死徒を全員倒せると思うか?」

「そう言われると……」


 ペトロの心情を考えて反対していたアンデレは、自分の力が役に立たなかったあの戦闘を振り返り、未来を想像して不安になる。

 一瞬できた沈黙に、今度はシモンが口を開く。


「ボクは、ヨハネに賛成するよ。ヨハネの言う通り、今の戦力じゃ死徒に歯が立たないし」


 ハーロルトの説得に賛成の意思を示したシモンだが、ヤコブは言う。


「でも。二組のバンデがいるだろ。ヨハネとアンデレはまだ成長途中だけど、俺から見ても順調に関係性を築けてる。俺とお前も、前より絆は深まってるだろ。シモンは、バンデの俺ら力を信じないのかよ」

「信じてるよ。ヤコブと一緒なら、死徒との戦いだって最後まで諦めないし、ヨハネとアンデレもこれからもっと強くなる。だけど、ボクの正直な印象だけど……。ううん。たぶん、みんなが同じことを感じてるだろうけど。マタイは一番危険だよ」

「覚えてるだろ。やつから浴びせられた、身体の芯から凍るような怖気を」


 嫉妬のマティアマティア・デア・ナイトとの戦闘後に相対した際に、マタイの赤いテリトリーになった瞬間に、空気自体が、まるでマタイに取り囲まれたような悍しいとなった。

 肌に感じた怖気を思い出し、ヤコブとアンデレは思わず震えそうになる。


「そして。初めてマタイと戦った僕たちは、一瞬でねじ伏せられた。でも、マタイの力はあんなものじゃない。伊達に死徒の統括はやってないやつの実力は、未だ未知数だ。『蝶』を探してるとか『ホーローカウスト』を企ててると言ってたが、何を考えて行動してるのかどうも読めない。そんな、存在からして未知過ぎるやつとやり合うためにも、戦力補充が必要だ」

「確かにやつはヤバい。それは、本能でわかってる。でもよ。たった一人増えただけで、変わるのか?」

「確証はない。だけど、クアラデム家の力も未知だが、死徒を葬れるということは、仲間になってくれれば、間違いなく僕たちが有利になる。バンデの絆の力もどこまで通用するか、お互いを信じてる僕たちにも不明だ。だから、ハーロルトは僕たちに必要だ」

「未知の戦いに備えるために、ってことか……」


 ヨハネの主張を聞いたヤコブは、腕を組んだまま一考する。アンデレも、目を伏せて悩み始めた。

 ヨハネは、話を始めた途端に口を閉じたペトロに、視線を向ける。


「ペトロ。お前はどう思う?」


 尋ねると、ヤコブたちもペトロに視線を向けた。

 目を伏せ口を閉じたままのペトロは、少しの厭わしさと複雑な心境を抱いていた。しかし、ヨハネたちの話に耳を傾け、自分の答えを導こうとしていた。


「お前の素直な気持ちを、聞かせてくれ」


 ヨハネは“率直な意見”ではなく、“素直な気持ち”を尋ねた。

 アンデレが言っていた懸念を、ヨハネも承知で提案したので、ペトロの気持ちを尊重したいとも考えていた。彼の判断次第では、ハーロルトとの共同戦線が叶った際に、いろんなアプローチを考えようと思っていた。

“素直な気持ち”を尋ねられたペトロは、数秒置いて、目を伏せたまま口を開いた。


「……フィリポとマタイと戦った時、死徒との戦いの行く末が、この先のオレたちがどうなるのか、なんとなく見えた気がする。今のオレたちは戦力不足に加えて、実力もやつらに劣ってる。今のままじゃ、何も果たせないまま全滅だ……。でも。クアラデム家の力が確実にオレたちの戦力増強になるなら、いないよりは遥かにマシだ」

「じゃあ……」

「戦力として必要だと、オレも考える」


 意見を述べ顔を上げたペトロは、真剣な面持ちだった。「ペトロ……」アンデレは、心配そうな眼差しを向ける。


「使徒として、適切な判断だと思う」


 そう。これは、個人の胸中を忖度するかどうかの話ではない。使徒に必要な人員であるかを判断するための、話し合いだ。

 ペトロの決断を聞いた上で、ヤコブも考えを改めた。


「……確かに。戦力増強を狙うなら、それが一番だろうな」

「賛成してくれるか、ヤコブ」

「ああ。説得の余地は、多少はあるかもだしな」


 ハーロルトに期待は持っていなそうだが、説得には賛成してくれた。


「アンデレは?」

「……わかりました。正直おれも、今の戦力じゃ不安だと思ってたので。賛成します」


 アンデレはペトロのことを気遣いたかったが、ここは足並みを揃えようと同意した。親友への気遣いを二番目にしてくれたアンデレに、ヨハネは「ありがとう」と感謝した。


「でもよ。本当に説得できるのか? ヨセフに祖先の戦いの記憶を見せられて、戦うことを拒絶したんだぞ」

「どんなショッキングなものを見たのかわからないけど、顔色悪くしてたくらいだもんね」

「たぶん、結構難しいっすよ?」

「顔を合わせた途端に逃げられるのも、覚悟の上だ。僕たちが必要としてることを伝えないと始まらないから、どうにか話をできるように頑張る」


 こうして、話し合いはどうにか全会一致となり、今度の土日を使って、ヨハネが一人でハーロルトの説得に向かうこととなった。




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