17話 気分はビターチョコレート
今日はレンタルスタジオで、シモンが契約をしているチョコレート専門店の、クリスマスに向けた期間限定フレーバーの広告撮影だ。
セットは、一般家庭の暖炉のあるリビング風だ。ツリーやリース、アドベントカレンダー、ジンジャーマンのオーナメントなどで飾り付けられ、赤や緑の大きなビーズクッションが配置されている。
既にCM用は撮り終え、シモンは付き添いのペトロと一緒に休憩していた。周りのスタッフの視線を、ガンガンに浴びながら。
「お……落ち着かない……」
「大注目だね、ペトロ。SNSでも、未だに話題沸騰してるし」
ペトロがファッション雑誌の専属モデルになるという話題は、今や街中の人々に周知され、今日は今日で「話題沸騰中の本人が来た!」とざわついているのだ。発表当日の夜に、大喜びの父親から祝福の電話も来た。
「そんなに騒ぐことかよ。芸能人が専属モデル決まることよりも、話題性低いはずだよな?」
「普通はそうだよね。でも、ペトロだからみんな注目してるんだよ」
「だから、それが意味不明なんだって」
「相変わらず、自分の価値に鈍感だね。ペトロ」
シモンは、テーブルの上の箱に手を伸ばし、小袋の一口サイズのミルクチョコレートを食べた。
「ヨハネにも、この前同じこと言われたよ。この状況に喜ばないオレって、変なの?」
「変っていうわけじゃないけど。自覚しないのはもったいないって、みんな思ってるよ。もしもこれがヤコブだったら、鼻高くして、これでもかってくらい輝かせたプライドを首からぶら下げて、見せびらかせてると思う」
「容易に想像できるわ、それ」
ペトロも、カカオ75%のビターチョコレートを一つもらって食べた。
「ペトロは、専属モデルになれたこと、嬉しいんじゃないの?」
「……嬉しかったよ」
「じゃあ。周りの人たちが喜んでくれて、活躍を応援してくれるのは?」
「それは……」
ペトロが専属モデルを引き受けたのは、ユダを喜ばせたかったからだが、今はもう、その時の喜びは薄れていた。
しかし。シモンに訊かれて、関わってきた人たちの顔を思い出す。
最初に熱烈オファーをくれたフィッシャーや、携帯電話会社や、化粧品会社の広報の人。専属モデルのオファーをくれた、バッヘム。それから、外で撮影していると自分に気付いて手を振ってくれる、街の人たち。
みんなが自分の仕事を喜んでくれて、期待して、応援してくれている。
「嬉しいよ」
専属モデルを受けた理由の本命は、もういない。けれど、喜んでくれる人が他にもたくさんいると思うと、ほんの少しだけ笑みが浮かんだ。
「でも。新しいオファーは、もう受けないんだね」
しかし、もう新しい仕事は受けるつもりはなく、オファーが来ても断るようヨハネに言ってある。
「オレは、注目されるためにここにいるんじゃないし。専属モデルだけで十分だよ」
「文句なしに、事務所の看板だしね」
「それも、あんまり言わないでくれるか」
それを言われるのもまだ慣れず、ちょっと恥ずかしがるペトロ。
「ボクもペトロみたいに、誰からも愛される大人になれるかな」
「シモンならなれるよ。今でも十分かわいいし」
「イケメンになれるかな」
「それはわかんないけど……。シモンは、イケメンになりたいのか。モデル、続けるつもりなのか?」
ペトロの質問に、シモンはウキウキした顔で「ううん」と否定しながら、もう一つ甘いミルクチョコレートを口に入れた。
「ヤコブと、釣り合うようになりたいんだ。もうすぐ、やっと大人に一歩近付けるし」
「あ。シモンの誕生日、もうすぐか」
「うん。誕生日当日は平日だから、その前の休みの日にデートするんだ〜。夜は、みんなでビールで乾杯しようね」
「そっか。十六歳だから、解禁だもんな」
ペトロたちが住むこの国では、十六歳でビールが飲めるようになるのだ。だからシモンは、早く誕生日がやって来ないかとウキウキしていた。
「やっと、みんなとビールが飲めるようになるよー。楽しみだなぁ。早く誕生日来ないかなぁ」
これまで学業優先で戦闘に制限があったりと、まだどこか、自分だけ一歩遅れているような気がしていたシモンにとっては、ビール解禁は待ち遠しかった。学生なのは変わらないが、成人したペトロたちと一緒にお酒を飲める誕生日は、特別なのだ。
「シモンくん。そろそろ撮影再開だってさ」
「はーい」
休憩中のシモンに声を掛けたのは、スタイリストのカアだ。シモンは衣装を整えてもらい、ポスター撮影のためにカメラの前にスタンバイした。
「それにしても、偶然すね。ペトロさん」
「『ERZÄHLUNG』の専属じゃなかったんですか?」
「専属じゃなくて、ただの担当スよ。呼ばれれば、色んな現場に行きます。それよりペトロさん。俺のメッセージ、既読無視しましたよね!?」
「あっ……」
カアから食事に誘われたメッセージは見たが、うっかり返信し忘れていた。
「すみません。ちょっと気が進まなくて、言葉選びに迷って返信してないだけです」
「それって。俺と食事に行く気には、なれないってことスか?」
カアはまた寂しそうな顔を覗かせ、さり気なく心を揺さぶり、ペトロを誘い出そうとする。
「カアさんが嫌とかじゃないんですけど……」
「じゃあ行きましょうよ! もう、今決めちゃいません? 今日はどうですか? 俺、夜は空いてるんですけど、どうスか?」
カアはグンッと距離を詰めて来て、急に肩を組んできた。ペトロは、ちょっと不愉快そうな気持ちを顔に出す。
「いや。そんな急には……」
ペトロのそんな感情は無視し、このタイミングを逃すまいと、カアは約束を取り付けようとグイグイ来る。
「ちなみに俺は、今週は週末空いてます。来週だと、水曜と、金曜なら夜に時間ありますよ。どうスか?」
「えと。その……。今は、外食とかはあんまり……」
遠回しに、そういう気はないとペトロは改めて伝えた。するとカアは、組んでいた肩から手を離し、一歩下がった。
「あ……。そっか。専属モデルだし、体型維持に気を付けないとですもんね。俺ってバカだなぁー。モデルさん相手に仕事してるのに、そんなことも忘れて……。人との距離の詰め方、ヘタクソかよ」
モデル相手に仕事をしている自分が無自覚過ぎる上に、また調子に乗って犯した失態に、カアは肩を落としヘコんだ。
「そんな落ち込まなくても……」
「すんません、ペトロさん。俺、ペトロさんと連絡先交換して、ちょっと舞い上がってました。勝手に友達だと思い込んで、突っ走って……。ずっと友達いなくて寂しかったんで、その反動スかね」
「はは……」と微苦笑するカア。ずっと友達がいなくて寂しいと言われ、そんな顔を見せられてると、ペトロも断りづらくなってしまう。
「……別に。行きたくないわけじゃないですよ。いろいろ予定もあるんで……。なので。一緒にご飯行くの、ちょっと考えておきます」
「マジっすか! ペトロさん、優しいー! ありがとうございまっす!」
落ち込んだカアの表情が、明かりが点いたように喜びの笑みに変わり、勝手に感謝の握手をし、感激のハグをした。
このテンションには日頃からとても覚えがあるペトロだが、カアとは上手く付き合えるかは、なんとなくちょっと不安だった。




