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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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15話 ヤコブ、呼び出される



 朝から出勤したヤコブは、十一時半からの営業開始に向けて、他のスタッフと手分けして、店内掃除やテーブルのセッティングなどの開店準備をしていた。

 キッチンからは、シェフが食材を切るリズム感のある音が聞こえ、仕込んだソースやスープ、焼き立ての甘いクーヘンのいい香りがフロアに漂って来る。


「シーグローブくん」


 モップがけをしていると、店長のティウブが声を掛けてきた。今日も完璧なオールバックに、革靴がメガネの銀のフレームと同じくらい磨かれて、ピカピカしている。


「お疲れさまです、店長」

「今日は、夕方までだったよな。そのあとの予定はあるか?」

「いいえ。特には」

「それじゃあ済まないが、少し時間をもらえるか」

「え……。はい。わかりました」


 ティウブはそれだけ告げて、背筋の通った背中を向けて事務所へ去って行った。

 その途端、カトラリーを手にした社員のホルガーと、ほうきとちりとりを持った先輩アルバイトのイーダが、ササッと近付いて来た。


「店長に呼び出されるなんて。お前、何かしたのか」

「いや。何もしてないですよ」

「安くしてもらってるまかないを、使徒の肩書きの圧力でタダにしてるのがバレたの? それとも、レジの釣り銭をちょろまかしてたのがバレたの?」

「まかないはちゃんと払ってるし、釣り銭もちょろまかしてないっすよ!」


 犯罪者扱いをされそうになり、冗談じゃないとヤコブはイーダにガチめで否定した。


「本当に、呼び出される心当たりないのか? あの人、細かいことに厳しいからな」


 料理を乗せる皿の汚れチェックはもちろん、テーブルクロスのシミ、カトラリーのくすみなど、客の目に見える場所であろうがなかろうが、手抜きがあるとティウブからの説教を食らう。この三人はまだ未経験だが、ターゲットにされたスタッフは殺意を感じたと、身体を震わせて青褪めていた。


「本当に、心当たりないっすよ」

「じゃあ一体、なんの用があるんだ?」

「とりあえず、怖いわね」

「怖いですね」

「脅さないでくださいよ……」


 ティウブに呼び出された理由が気になりながらも、レストランはオープンした。店内もテラス席も、ランチの利用客であっという間に席が埋まり、慌ただしい時間が始まった。


 やがて、ランチタイムのピークが過ぎ、ディナータイムが始まる前の午後四時にヤコブは上がった。休憩室に行く前に事務所に顔を出すと、ティウブは店の外で待っていてほしいと言った。

 私服に着替えたヤコブは、店の前でティウブが出て来るのを待った。西から冷たい風が吹き、ヤコブはジャケットのポケットに手を入れる。街路樹から、黄色い葉が攫われていく。


(ホルガーさんとイーダさんのせいで、今日ずっと説教されるモードだったから、余計に疲れたわ。俺、本当にヘマしてねぇよな。してたら、速攻で説教されてるよな)


 先輩二人に、無駄に脅されたに決まっている。これで説教じゃなかったら、明日文句を言ってやろうとヤコブは決めた。


「あ! ヤコブいたー!」


 ティウブを待っていると、ヤコブを見つけたシモンが笑顔で駆けて来た。


「お疲れ、シモン。今日は、ちょっと帰り遅いんだな」


 今日も勉強お疲れさま、とヤコブはシモンの頭を撫でた。シモンは、嬉しそうに口角を上げる。


「学校の帰りに、みんなで図書館に寄ってたから。もう仕事終わったんでしょ? 一緒に帰ろうよ」

「そうしたいんだけどさ。実は……」

「シーグローブくん。待たせて済まない」


 まだ帰れない事情を話そうとしたタイミングで、ティウブが店から出て来た。いつもはビジネスバッグのみだが、今日はもう一つ、小さめのボストンバッグを持っている。

 ティウブは、ヤコブの側にいるシモンに目を遣る。


「その子は知り合いか?」

「あ。俺の仲間です。使徒の」


 ティウブは銀縁メガネの奥のブラウンの瞳を、観察するようにシモンに向けた。

 真顔の顔面だけでも威圧感があるティウブにガン見され、シモンは初対面でも十分な圧を受けた。それは顔面からの圧ではなく、ティウブ自体から威圧的な空気を感じた気がする。


「シモン。この人が、レストランの新しい店長。この前、ちょっとだけ話しただろ」

「あ。うん。初めまして。ヤコブがお世話になってます」


 初対面なのに威圧される覚えもないので、きっと気のせいだろうと、シモンは会釈をして挨拶した。


「こんな少年も使徒なのか。未成熟な身体付きで、なんとも頼りない。まさか、彼も戦っていないだろうな」

「もちろん、戦ってますよ。確かに、頼りなく見えるかもしれませんけど、学校もちゃんと行きながら頑張ってるんですよ。こいつ」


 ヤコブはリスペクトも込めて、少しだけ強めにシモンの肩を叩いた。


「そうか。失礼なことを言って、申し訳ない。だが、これは余計なお世話だろうが。学業を優先した方が、きみのためだと私は思う。余計なことを考えず、今からしっかりと将来の計画を立てた方がいい」

「あの。ボクは……」


 ティウブの言うことももっともだが、シモンは学業と使徒を両立できていることや信念を言いたくて、口を開こうとした。だが、ヤコブがその機会を奪ってしまう。


「それより店長。俺に、何か用があるんじゃないんですか」

「ああ、そうだった。少し話があるんだ。そんなに時間は取らせない」

「帰らないの、ヤコブ」

「ちょっと店長とな。だから先に帰っててくれ。夕飯は食うって言っといて」

「わかった」


 ヤコブはティウブと並んで、どこかへ行ってしまった。

 また風が吹いて葉を落とし、葉は乾いた音をさせて地面を滑る。シモンは少し寂しく思いながら、二人の背中を見送った。




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