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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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12話 真夜中の密会



 孤月が灰色の薄雲に覆われた、夜陰。

 クラブにたむろする若者たちが、DJがミックスする音楽で踊り、日頃のストレスを発散しているころ。ストリートアートで埋め尽くされた街角の壁の前に、二人の男の姿があった。

 一人は四十代ほどで、オールバックヘアにシルバーフレームのメガネを掛けた、レストランの店長ティウブこと、憎悪のバルトロマイバルトロマイ・デア・ハス。もう一人は、長めのブラウンの髪を縛った、細身でスポーティーな服装のヨガインストラクターのキィナこと、嫉妬のマティアマティア・デア・ナイト

 そこへ男がもう一人、靴音も気配もなく、暗闇から現れた。


「あっれー。もう集まってる感じ?」


 金髪に赤いエクステ、革ジャンにダメージジーンズを履いた、スタイリストのカアこと、憤怒のフィリポフィリポ・デア・ツォルンだ。


「遅いですよ。カアさん」

「定期報告を、サボるのかと思っていた」

「いや、サボってもいいけどさー。あとで、アイツが怖いじゃん」

「それは、毎度お前が身勝手過ぎるからだ。もうそろそろ、それを自覚してもいいんじゃないか」


 三人は人間の姿を維持し、演じる人格のまま会話をする。


「なんだよ、バルトロマイ。今日はよくしゃべるじゃんー」

「今回は長期接触だからな。人間相手に上手く会話ができるよう、努力している。それはいいが。物質界(こっち)では、その名で呼ぶなと言われているだろう」

「誰も見てないから、大丈夫だって。てか。お前がそんなにおしゃべりだと、なんか気持ち悪いな」

「お前こそ。あまり大人し過ぎて、人間に馴染み過ぎてはいないか?」


 大人しく演じていたフィリポだが、バルトロマイの物言いに睨みを利かせ、「カア」の人格がシャンパンのコルク栓のようにスポンと抜けた。


「ああ? んなの、当たりめぇだろ。俺様が、この程度の指令をできないとでも思ってんのか。いつもの俺様と同じと思うなよ」

「そう言いつつ、言葉遣いがいつものやつに戻ってますよ、カアさん。ティウブさんも、無駄に火を付けないでくださいね」


 マティアは柔和に二人を諫めるが、人格が抜けたフィリポは彼にも突っ掛かる。


「そういうマティアも、そのキャラきめぇそ」

「マティアって誰ですか。ボクはキィナです。いつもの調子は封印しましょうね。カアさん」


 ちょっと頭にきて、マティアもケンカ腰になりそうだったが、前に組んだ片方の手をグーにしてグッと堪えた。

 柔和キャラを維持したマティアは、進行を始める。


「では。集まった本来の目的の、報告を始めましょうか。お二人とも、接触はできましたか?」

「ああ。先日、接触を開始し、初動も完了した。まだ仕事上の付き合いではあるが、会話も何度か交わしている。警戒されている様子はない」

「さらに、接近はできそうですか」

「奴の性格は、難しくない。人間と積極的に関係性を築くところを見るに、さらに親しみやすさを出せば、懐に入らせるまでそう時間は掛からないだろう」

「ティウブさんは、順調そうですね」

「お前はどうなんだよ、キィナ。奴と接触できたのか?」


 キャラを「カア」に戻して、腕を組んだフィリポが訊いた。


「もちろんです。初動も問題なく。顔を合わせたことがある、というボクの嘘も簡単に信じましたし、二人きりになれるようなシチュエーションへもお誘いしました。連絡先も渡しましたし、あとはボクの腕次第というところでしょうか」

「なんだよ。お前も、連絡先渡したのかよ。それは、俺が一番最初だと思ったんだけどなー」


 フィリポのその言葉に、バルトロマイとマティアはあまりにも予想外で意外だと目を向けた。


「お前が一番、上手くできるのか心配だったんだが」

「カアさん。本当に?」

「フッフッフ。テメェら。俺をナメんなよ。キィナは連絡先渡しただけだけど、俺は接触した上に、既に連絡先を交換済みだ!」


 フィリポは自慢げに、ペトロの連絡先が登録された画面を見せる。二人はまさかと疑い、揃って画面を凝視する。


「本当か? 信じられん」

「人違いして、全く違う人と連絡先を交換してしまったんじゃ……」

「テメェら、俺をバカにし過ぎだろ! 正真正銘、奴の連絡先だ。しかも。ついさっき、メシに誘った!」

「…………」


 あの短気で喧嘩っ早いフィリポの進捗を聞いた二人は、夢か幻かと一瞬言葉を失った。


「お前は、本当にカアか?」

「誰かと入れ替わりました?」

「誰と入れ替われるってんだよ。別行動してるタデウスとトマスに、こんな短期間でこんなことできると思うか?」

「無理ですね」

「こっちでは、その名前は言うなと言っているだろう」


 また普通に同士の名前を口にしたフィリポに、バルトロマイは眉間に皺を寄せ、銀縁メガネをくいっと上げる。


「返事は来たんですか?」

「まだだ。でも、きっと奴は断らない。俺がちょっと見せた弱みに、簡単に引っ掛かるような奴だからな」


 自信ありげなフィリポの胸の内では、これまで自分をバカにしてきた二人への侮蔑の言葉が、溢れてきていることだろう。


「意外とカアさんが一歩リード、ってことですね」

「慎重になってたら、進むものも進まねぇからな。お前らも頑張れよー」


 あのフィリポに余裕綽々な顔を見せられるのは癪に障るが、ここではいちいち突っ掛かってはいられないと、バルトロマイが口を開く。


「奴らへの接触以外に、もう一つやらねばなはないことがあるのは覚えているな」

「ええ」

「覚えてるに決まってるだろ」


 三人……いや。物質界に潜入している五人の死徒は、使徒への接触以外にもう一つ、マタイから指令が出されていた。


「目的のために嫌々やってはいるが、いつものように毒突き合っている暇はない。私たちはそれぞれの個性が強過ぎて、纏める者がいなければ足並みも揃わない。だが奴らは、個性を持ちながらも連携が取れている。それを崩すのが、今回の目的だ。私たちのうち誰か一人でも失敗すれば、計画は破綻する」

「わかってるって。それは、別働隊の二人に言ってやれよ」


 ここにいないタデウスとトマスは、マタイの指示のもとでとある計画を遂行中だ。


「なぜ私たちが、人間に紛れなければならなくなったのか。その理由もわかるだろう」

「不甲斐ない結果に終わったから、ですよね。だから人間になりすまして、違うアプローチで仕掛ける」

「そうだ。私たちが、人間だからと言って奴等を甘く見過ぎていたからだ」

「テメェの尻は、テメェで拭けってことだよな。言われなくても、今度こそやってやる気満々だぜ」

「もうあんな失態はしませんよ。邪魔者がいなければ、こっちのものですから」


 嫌忌する人間になりすますなど、死徒にとっては侮辱的行為だ。しかし、その人間を軽視し不甲斐ない結果を残した事実も、恥ずべきこと。「人類平等」を掲げた『ホーローカウスト』を成し遂げるためには、今は死徒のプライドを捨てなければならない。

 邪魔者である使徒を、人格崩壊へと追い遣る。

 二人のやる気を聞いたバルトロマイは、一つ頷いた。


「今度こそ必ず、使徒を堕とす」




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