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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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11話 消えた名前は、その胸に



 秋の夜空に孤月が浮かぶ、静寂(しじま)

 温かい夕食をみんなで食べたペトロは、アンデレのスイーツを食べずに自室へ戻った。

 ヨハネたちに心配され多少の調整はしたが、九時間のうち八時間は、電動キックボードで街じゅうを走り回っている。移動は電動でも疲労は溜まるので、少しソファーに横になった。

 暖色のペンダントライトが灯り、オイルヒーターも電源を入れてある。さっきまで賑やかな食卓にいたせいか、物音一つしない無駄に広い部屋が、より孤独感を際立たせる。

 ペトロは起き上がって、冷蔵庫から缶ビールを持って来た。それから、ベッドルームのサイドテーブルの引き出しからメモ帳を持って来て、ビールを飲みながら開いた。

 それには、『ユダと一緒にやりたいことリスト』が十個書いてある。「大事にしてくれるお返しをしたい」「誕生日プレゼントをあげたい」「モデルの仕事を頑張って喜ばせたい」など。その一番下、十個目には横線を引いてある。


(リストに書いたこと、ほとんどできなかった。モデルの仕事も、まだこれからだったのに)


 この密かに書いたリストを、ゆっくりでもいいから、新しい思い出とともに一つずつ消していきたかった。けれど、そのうちの三つほどしか達成できなかった。絶対にやりたいことの一つの「大事にしてくれるお返し」もほとんどできなかったことも、心残りだった。

 一人きりで、静かな部屋。独り言を言わなければ、誰の声もしない。

 以前は、「強くなる」と誓って一人暮らしを始め、一人きりになるのは慣れているはずだった。それなのに今は、一人で部屋にいると、無性に寂しく感じる。


(オレはいつから、孤独が怖いなんて感じるようになったんだろう)


 ───お前の誓いの“強くなる”は、どういう意味の“強い”なんだ?


 ヨハネのその問いに、ペトロは何も答えられなかった。目的のあった呪が、おまじないとなったはずなのに、なんの効力も持たないお守りを持っているような感じだった。


(「強くなる」っていう誓いは、一人でも生きるって死んだ家族に示すためで、その誓いはずっと胸の中ある。でも、フィリポとの戦いのあと、理由は少し変わった。寄り掛かれる場所で時々休みながら頑張ろうって思い始めて、肩の力が抜けて、少しだけ自由になってみたいって思った)


 けれど。ペトロの前に広がった新たな世界は、大きな鏡で囲まれた狭い空間だった。広がったように見えた世界は、そう見せかけていただけだった。それを知り、夢から醒めた。


(自由は、オレにはまだ早かった。だから、どんな困難があっても、這いつくばってでも生きるしかないんだって。そうするしかないって……。でもそれじゃあ、前と何も変わらない。アンデレの言ってた通り、一人で困難をどうにかしようとしてる。オレには、仲間がいる。オレを心配して、心の声を聞いて、寄り添ってくれる)


 でも、走って行きたかった。鏡とわかっていても。


(だけど。仲間が支えてくれたとしても、宝物には手が届かない)


 ペトロはソファーの上で膝を抱え、顔を埋めて呟く。


「オレは、どうなりたいんだろう」

(強くなりたい。強くいたい。でも今は、どうしたらそうできるのか、わからない。オレは今、どう強くなりたいんだ)


 こういう時、ユダならそっと肩を抱いてくれた。そして、

「焦らなくても、大丈夫だよ。ゆっくり、少しずつでいいから、ペトロが求めるものを一緒に見つけていこう」

 そう、言ってくれたはずだ。

 ヨハネや、アンデレや、ヤコブや、シモンが同じようなことを言ってくれても、ニュアンスが違う。ユダの言葉には、彼にしかない思いが込められているから、他の誰に同じことを言われても、ペトロの心の中間までしか入って行かない。

 ペトロは立ち上がり、仕切り棚のあるベッドへ歩いた。ハーロルトが帰る時にベッドメイキングをしたので、きれいな状態で維持されていた。

 一人になってから誰も使っていないそのベッドに横になると、ネイビーの掛け布団をたくさん掴んで頬に寄せた。


「ユダ……。どうしたらいいか、教えてよ……」

(ユダのことは忘れなきゃいけないのに、なんで忘れられないんだろう。もう戻って来ないのに。想っていても、もう意味がないのに。どうしてこんなにも、心の底から求めたくなるんだ……)


 幸せになることは、諦めた。それでも、好きになった気持ちは魂に刻み込まれ、消すことができない。


(恋しい……)

「会いたいよ……」


 寂寥感が、悲懐が、穴が空いた胸に詰まり苦しくなる。

 けれど。それでもペトロは、涙を流さなかった。強くなりたいから、どんなに辛くても堪えた。


 テーブルの上のスマホに、メッセージが届いた。連絡先を交換したばかりのカアからの、食事の誘いだった。




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