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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

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8話 接触③─アンデレとキィナ─



 モンビジュー公園のすぐ側のアンデレが働くカフェは、午後のティータイムを利用する客で賑わっている。女性の利用客が多く、店舗の外のベンチでも、秋の午後の日射しの下で、片手で文庫本を開きながらホットドリンクを飲んでいる人もいる。

 もちろん、店内も賑わっている。そんなリラックスタイム。窓際のカウンター席で寛ぐ女性に、背後からオレンジ色の頭の男が一人、じわりじわりと近付いて来て、突然声を掛けた。


「クーヘンの味、どうっすか?」

「えっ!?」

「な、なんですか?」


 アンデレは一人だけに声を掛けたつもりだったが、隣に座っていた細身の男性客も一緒に驚いて振り向かれた。

 客を驚かせたことも気にせず、アンデレは尋ねる。


「ショートカットのお姉さんが食べてるレモンチーズケーキ、どうですか? おいしいっすか?」

「え? ええ。おいしいわ」

「お兄さんが食べてるパウンドケーキも、おいしいっすか?」

「はい。おいしいですよ……?」


 振り向きついでに感想を訊かれた男性は、キィナだ。

 二人の客は何事かと戸惑っているが、空気を読むのが苦手なアンデレは、ぱあっと笑顔の花を咲かせた。


「そのスイーツ、おれが作ったんす! よかったー! おいしいって言ってもらえて、嬉しいっす!」


 客からの喜びの感想をもらった嬉しさで、エネルギーチャージをしていると、その背後に、睨みを利かせたポニーテールの女性が現れた。


「アンデレ・アーレンス!」

「あ。店長。お疲れさまっす!」


 アンデレは純粋に挨拶するが、腕を組む店長は、すでに眉間に深い皺を寄せている。


「お疲れさまっす! じゃないわよ! あんた、また不審な行動して! 今日だけで他にも五人には訊いてたって、他のスタッフに聞いたわよ!」

「だって。おれが作ったスイーツが本当においしいのか、気になるんすよー」

「だからって、全出勤日にお客様に訊いて回るんじゃない!」


 このアンデレの不審行動───改め、利用客への感想聞き込みは、実は勤務初日から行われている。店長も最初は、ちゃんと自分の仕事をしなさいと優しく注意していたが、何度言ってもアンデレは直さない。つまり常習犯なので、店長もお冠になっているのだ。


「でも店長。お客さんに直接感想訊かないと、本当においしいのかもわからないし。どうしたらもっとおいしくできるかも、わからないじゃないっすか」

「もっともらしい理由で、不審行動を正当化しない! もういい加減にしなさい。これまでずっと口頭注意だけで済ませてきたけど、これ以上繰り返すなら、契約解除を考えるわよ?」

「契約解除!? 急にそれは酷いっす!」

「苦情は受け付けないわよ。明日もまた続けるなら……」


 と、説教していると。アンデレが感想を訊いた女性のお客さんが、口を挟んできた。


「あ、あの。それは、ちょっと言い過ぎじゃ……」

「え?」

「それに。他のお客さんがいる前でそんなに怒ったら、かわいそうですよ」


 ショートカットの女性は、慈悲の眼差しで店長に言った。

 悪いのはアンデレのはずなのに、なぜ彼が擁護されているのかわからず、店長はぽかんとしてアンデレに尋ねた。


「……アーレンス。このお客さん買収した?」

「そんな、汚い政治家みたいなことしてないっすよ!」

「あっ。違うんです。わたし、この人に感想訊かれるの、これで三回目なんです」


 女性は、アンデレの感想聞き込みの経験は、これで三度目だと言う。しかし、当のアンデレは、


「え?」


 初対面を信じてならない面持ちで、首を傾げた。


「って。あなた。過去に彼女に訊いたこと、覚えてないの?」

「覚えてないっす!」

「いつもランダムに席を回って、いろんな人に訊いてるみたいだから、覚えてないんですよ。きっと」


 自信満々に記憶がないことを肯定したアンデレよりも、感想聞き込みの事情は、経験三度目の彼女の方が事情に詳しいようだ。

 一連の出来事に付いて行けていないキィナは、女性に尋ねる。


「ボク、初めて来たんですけど、これは恒例行事なんですか?」

「はい。そんな感じです。感想訊いて回ってるの、他にも見たこともあるんですけど。SNSでも、ちょっとした有名人ですよ」


 女性は、SNSをキィナに見せてくれた。

 何も知らない店長も彼女のスマホを覗き、見せてもらうと、SNSに投稿されている動画には、客に感想を訊いているアンデレの姿が映っていた。聞き込みをされている本人から撮った画角ではなく、横からだったり後ろ姿で撮られているので、他の客が撮ったものだ。


「最初はみんなびっくりするんですけど、スイーツ大好きで熱心なのが身体全体から伝わってきて、いつも笑顔で素敵だし、案外嫌がってる人少ないですよ」

「そ……そうなんですか?」


 この不審行為が受け入れられている現実が、にわかには信じ難い店長。


「中には、話し掛けられるのを密かに楽しみにして通う人もいるらしくて。声掛けられたら一週間幸せに過ごせる、って噂もあるらしいですよ」

「そうなんですか。それは、つい通ってしまいますね」


 キィナもすんなり受け入れて、ナチュラルに相槌を打つ。


「もしかして、おれ。ラッキースポット!?」

「勘違いしない! お客さんも、真に受けないでください」 


 アンデレの耳を軽くつねりながら、それは都市伝説だと店長は忠告しておく。

 ところが、逆にキィナからも言う。


「店長さん。怒るのは、そのくらいにしてあげてください。本当だったらこんな不審な店員さんがいたら、不評が広がってお客さんも来なくなるはずです。でも、店内を見てもそんなことはなさそうですし、彼女の言う通り、嫌がっている人がいないってことですよね」


 言われてみると、アンデレが不審行為を始めた当初は「あの気持ち悪いスタッフは何なんだ」とクレームが数件あったが、それ以外は奇跡的にほぼ来ていない。

 摩訶不思議な現象にどんなマジックが起きたんだと、店長は怪訝な面持ちでアンデレを見つめた。


「この人が作るスイーツは、本当においしいです。ボクもまた食べに来たいので、クビにはしないであげてください」

「それに。確か、使徒もやってますよね。二足のわらじ、わたしも応援したいんです」


 二人にアンデレが擁護され、逆に悪者になってしまった店長。客からそんなことを直接言われては反論もできず、眉をひそめながら溜め息をついた。


「なんであなたが擁護されるのか、理解できないんだけど」

「ラッキースポットだからじゃないっすか?」

「だから、ラッキースポットじゃないから」


 不審行為がなぜかまかり通って受け入られてしまう摩訶不思議現象に、店長は怒る気力をなくし、毎度反省の色がないアンデレに呆れ返りながら宣告する。


「お客さんは擁護してくれたけど、今後は一切不審行為禁止だから」

「そんなぁ!」

「学校卒業するまで預かることになってる以上、クビにしないだけマシだと思いなさい。今後は。感想訊きたいなら、カウンターに立って訊きなさい。ただし、一日に一時間だけよ。あなたはここに、スイーツ作りの勉強に来てるんだからね」


 対策に困難した店長は、百歩譲った条件で感想の聞き込みを続けることを許可した。立ち去る店長は、「わけがわからないわ」と頭を抱え呟いていた。

 ショートカットの女性は食べ終わって席を立ち、「また来ますね」と口約束して店を後にした。一件落着を見届けたキィナは、アンデレに祝福の微笑みを向ける。


「よかったですね。クビにならなくて」

「店長は、ちょっと頭が固いんですよー。おれはただ、腕を上げたいからリアルな感想を訊いてるだけなのにー」

「向上心を持つことは、大事ですよ。それを大切にするあなたは、素敵な人です」


 ふわりと笑い掛けて褒め、キィナも店を出た。

 歩きながら、斜陽で横に伸びる影に話し掛けた。


「アミーさん。上手くいきましたか?」

「勿論だよ、お嬢。完璧さ」

「とりあえず。ボクの最初の指令は、完了ですね」




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