7話 接触②─ヤコブとティウブ─
秋の連休に入り学校も休みだが、ヤコブはほぼアルバイトだ。シモンと一緒に遠出ができなくて残念だが、今日は一緒に電車に乗っていた。シモンは友達家族と一緒に、スパイ博物館に行くのだ。
「友達の親御さんに、迷惑掛けるなよ? 言わなくても大丈夫だろうけど」
密かに手を繋いで乗ること、10分弱。先に、シモンが降りる博物館の最寄り駅に到着した。
「アルバイト頑張ってきてね、ヤコブ」
「シモンも。楽しんで来いよ」
ヤコブに頭を撫でられてシモンは下車し、扉のガラス越しにお互いに手を振った。
アルバイト先のレストランに到着したヤコブは、更衣室で制服に着替え、開店前のフロアに出た。オープンスタッフがすでに出勤して、店内の掃除を始めていた。
「よろしくお願いしますー」
ヤコブはまず、男性社員スタッフのホルガーに挨拶した。七三分けの黒髪で太めの眉が堅苦しそうに見えるが、結構親しみやすい性格だ。
「よろしくー。今日の十ニ時と十三時、団体客で予約入ってるから、お前も確認しとけよ」
「了解っす」
「それから。今日シフト入ってたカリナさん、子供が急病で来られなくなった」
「マジすか。急病って?」
「風邪だってさ。旦那さんは出張中で、親戚もすぐには来られないって」
「誰か来れそうな人、いるんですか」
「ゴードンが、なんとか来れそうだって言ってた。あいつなら三人分くらいバリバリ働いてくれるから、大丈夫だな」
昔は有名サッカーチームのジュニアユースに所属していたゴードンは、今でも身体を鍛え続け、体力には自信のある男だ。ホルガーは何か困った時には、頼りがいのあるゴードンを真っ先に頼りがちだ。
「あ。そうだ、ヤコブ。今日から来た、新しい店長に挨拶したか?」
「新しい店長? そんな話、ありましたっけ?」
「先週、副店長から朝礼で話があっただろ」
ホルガーに言われて思い出そうと左上に目を向けるが、真面目に話は聞いていたはずだが、全く記憶になかった。
「覚えてないのか。使徒にモデルに忙しいからって、バイトは手を抜いてんのかよ」
「そんなことないですよ」
「えっ。ヤコブくん、使徒とモデルに専念するつもりなの? ここ辞めるの?」
と、床をモップ掛け中に話を聞いたイーダが、会話に入って来た。三十代の彼女は、この店で七年働く先輩アルバイトで、噂好きだ。
「そんな話はしてないっすよ」
「新しい店長に挨拶して来いって、言ってたところですよ」
「なんだ、そーなの。ちゃんと、礼儀正しく挨拶しておいた方がいいわよー。あの人、見た目からして厳しそうだから」
オールバックのポニーテールで丸見えの眉を意味ありげに寄せて、ヤコブをちょっと脅してきた。
「マジすか」
「マネージャーによると。名門校出身で、大学は米国の超有名大学卒業で、その後はフランスに渡って、星付きレストランを経営するグループ会社に就職。三十そこそこで店長を任されて、グループ内の他のレストランのマネージャーまで務めてたらしいわよ。つまり、超有能!」
「なんか経歴が端折られ過ぎてるけど、すげぇ人が店長になったってことですか。でも、なんでそんな人が。この店、広く展開してるレストランでもないのに」
「事情はよく知らないけど、どうもこの辺が地元で、前のレストランを辞めて戻って来たらしいわよ」
「朝礼始まる前に、挨拶して来い」
初対面を果たす前からすごい印象を与えられたヤコブは、ホルガーに言われて事務所に向かった。
その人相は厳つめか。体格は、筋肉マンのゴードンよりもデカいのか。星付きレストランで稼いでいたなら、ブランドもののスーツに、四桁はする高給腕時計を着けていたりするのか。
事務所に着くまでにいろんな姿を想像して、ヤコブはドアをノックする。
「失礼します」
ドアを開けた事務所内には、副店長と、時々監査に来るマネージャーがいて、一番奥の店長のデスクでは、パソコンで仕事をしている男性がいた。
「どうした、シーグローヴ」
マネージャーと話していた副店長が、ヤコブに気付いて声を掛けた。
「お疲れさまです。新しい店長に、挨拶に来ました」
「そうか。店長。彼が、さっき話したアルバイトです」
初日から早速デスクワークをしていた新しい店長は、ヤコブに目を上げ、立ち上がって近付いて来た。その容姿に、ヤコブは少しギクリとする。
四十代前半で、ダークブラウンの髪をオールバックにし、銀縁のブロータイプのメガネが真面目で堅苦しさを印象付ける。顎髭が生えているが清潔感はそのままに、スーツのシルエットを見ても、健康的な身体付きなのが覗える。
その見た目は、ヤコブの父親にどことなく似ていた。一瞬緊張したが、礼儀正しさを忘れず挨拶をする。
「初めまして。シーグローヴと申します。よろしくお願いします」
「ティウブだ。よろしく、シーグローヴくん」
声も重厚感のある低音だが、茶色い目が細められると、堅苦しそうな印象から一変して、温厚そうな表情となった。
(なんだ。見た目と違って、意外といい人そうだな)
ヤコブの緊張感はひとまず解けるが、しばらく顔を合わせていない父親の顔がちらついた。
開店時間が迫る副店長は、ティウブに一言言い、マネージャーと一緒に先にフロアに出て行った。
「きみの事情は、事前に聞いている。噂では耳にしていたが、本当に実在するとは思っていなかった」
(てことは。俺が使徒ってことも、伝わってるんだな)
ティウブも、使徒や悪魔はUMAだと信じる人々の一人だったようだ。
「スタッフたちも、きみに理解があるようだね。いい仲間に囲まれているな」
「度々迷惑を掛けて、申し訳ないとは思いますが」
「きみが、やるべきことなんだろう? なら、遠慮をすることはない」
「忙しい時間帯でも、他の仲間の状況によって抜けなきゃならない時もありますけど。それでも大丈夫ですか?」
「問題ない。店長が私に変わったからと言って、ルールを厳しくするつもりはない。きみの大事な使命なんだから、そっちを優先してくれて構わない。だから安心して、今まで通り励んでくれ」
ティウブは目を細め、ヤコブの味方だと示した。理解のある上司で、ヤコブも一安心する。
「ありがとうございます」
挨拶を終えたヤコブは、掃除を手伝うためにフロアへ戻った。その直後、ティウブの影が不自然に壁に伸び、黄色い目だけが際だって現れた。
「主様。ご命令通りに」
「了解した」




