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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

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27話 『使徒』と『死徒』



「お前は本当にバカだよな」


 シモンの撮影に同行し、オーディション帰りのヤコブを拾って帰宅する車中。ユダと二人きりになれたのに告白できなかったことを、ヨハネは運転しながら呆れるヤコブに怒られた。


「改めてストレートに言うなよ……」

「お前には呆れるぜ。どんだけチャンスを逃してんだよ。百回超えてんじゃねぇの」

「そんなことない。たぶん、二十回くらいだと思う」

「それでも逃し過ぎだよ、ヨハネ」

「シモンまで……。僕だって自分に呆れてるよ。聞きたくないのに恋愛相談なんか聞いて、感謝されたこともちょっと喜んじゃって。自分を殴ってやりたいくらいだ」

「よし。じゃあ俺がお前の代わりに殴ってやる。腹に力を入れて歯ぁ食いしばれ」


 後部座席のヤコブは、右手を握り本気の拳を作った。


「運転中にガチの腹パンはちょっと……」

「お前はそんくらいやんないと、気合い入れ直せないだろが。それとも、このまま側で指咥え続けて、目の前でイチャコラされて過激なものまで見てもいいのかよ」

「ぐふっ!」


 昨夜に続いてまた腹にストレートが一発入ったヨハネは、思わず車を路肩に急停車し、顔を真っ赤にして声を裏返らせる。


「かっ……。過激なものって……!?」

「キスだよ、キス。お前にとっては過激なものだろ。何を想像してんだよ」

「しっ……してないっ!」


 振り返って否定するが、絶対想像したのがまるわかりの動揺のしようだ。


「ヤコブ。ちょっとイジメ過ぎだよ。ボクたちは一応、ヨハネの味方でしょ」

「そーだけど。こいつがヘタレ過ぎんだよ。わかりやすい好意を全然チラつかせないし。そんなやり方だからユダも気付かないんだぞ」

「わかってるよ、それくらい」


 同じことを何度も言われて耳に蛸のヨハネは、若干反抗期的な物言いをする。

 それがちょっと気に障ったヤコブは、ヨハネのための意地悪を思い付いた。


「何だよ、その言い方。よしわかった。帰ってユダと顔合わせた瞬間に『今日もカッコイイですね』って言え」

「はあ!? 急に無理!」

「ノルマだ、ノルマ。今日から一日一回、必ずアプローチしろ。でないとお前は、一生恋人ができないと思え!」

「独身人生まっしぐらってことだね」


 シモンの一言に、ヨハネは真っ青になる。

 ユダに「カッコイイ」と言うことはヨハネにとっては告白に等しく、もしも奇跡が起きて言えても、ヨハネの心臓が爆発してしまうかもしれない。

 しかし。一生独身を覚悟するか。「カッコイイ」と言って心臓を犠牲にするか。ヨハネの今後の人生は、後者を選んで一歩進めるかどうかで左右するのは間違いないだろう。




 同じころ。

 今日は早めにデリバリーのアルバイトを切り上げたペトロも、帰宅途中だった。


(買い物頼まれたから、ベーカリー寄ってかないと。小腹も空いてるから、ドーナツも買って帰ろうかな)


 電動キックボードを走らせるペトロは、ミッテ区のエーベルト通りを走り、ポツダム広場に差し掛かる。

 この辺りは、全面ガラス張りなど近代的なデザインのオフィスビルが建ち並び、車やバスの交通量が非常に多い。地下にある鉄道駅への大きな出入口もあるため、人の往来も頻繁にある。


「……!?」


 通過しようとしていたペトロだったが、ある気配を感知して停止した。


(なんだ、この気配!? 悪魔? ……でも、それとは違う。悪魔も重い感じはするけど、これはそれよりも重くて、纏わり付いて嫌な感じだ)


 ペトロは謎の気配の出処を探ろうと、周囲を警戒する。だが人々は平然としていて、苦しんでいたり混乱の種は一見して見当たらない。


(この辺りなのは間違いない。なんなんだ。どこから感じるんだ!?)


 確かに感じる気配の元を見つけようと、必死に感覚を研ぎ澄ます。

 すると突然、騒音の中からくっきりと二つの声が聞こえて来た。


何奴(どいつ)此奴(こいつ)ものうのうと生きやがって。糞がっ!」

「本当にな。能天気そうで、何も考えてなさそうじゃないか。こんな奴等が存在して居るなんて、世も末だな」

「こんなのが蔓延ってやがるのか! 視界に入れるだけで俺様の神経を逆撫でやがる! あー、むかつくっ! 苛々する! ぶっ殺してぇっ!」

(何だ、この声! どこから……!?)


 まるですぐ側にいるかのように耳に届く二つの声の主を、往来する人々の中から探していると、時計付き信号機のレプリカの前にいる人物が目に入った。

 所々破れが縫われたロングコートの黒い軍服に、黒髪のモヒカンに青白い肌。フィリポと呼ばれる男だ。

 最初からペトロを視界に入れていたすでに喧嘩腰のフィリポは、赤く鋭い眼光でペトロに向かって歩き出した。


「俺様の敵だろうがそうで無かろうが、糞ったれな奴等は全員ぶち殺してやるっ!」

「血の気が多いのは構わないが、一先(ひとま)ず落ち着け。初対面なのだから、()ずは挨拶をするのが礼儀だろう」

「!」


 もう一つの声の主の出処もはっきりと聞き取れたペトロは、逆側を振り向いた。

 往来する人のあいだから、モヒカンと似たような出で立ちの男が近付いて来る。縫われたロングコートを肩掛けで着用し、同じく青白い肌で黒髪の短い三つ編みを垂らす男は、マタイだ。彼は、飄々とした雰囲気で歩いて来る。


(この重い気配、こいつらからだ!)


 見た目からして、異形の姿の悪魔とは一線を画していた。悪魔と似て非なる気配を持ち、やつらとは違うと主張しているような雰囲気を感じる。


「つーか。此奴(こいつ)一人だけじゃねぇよなぁ?」

「他にもいる筈だ。ほら。来た来た」

「ペトロ!」


 近くを車で走っていたヨハネたち三人が駆け付けた。


「あと一人はー……」

「みんな!」


 急行したユダも到着した。


「何なんだ、こいつら」

「悪魔とは違う気配だよね。何者?」

「わかんない。急に現れたんだ」


 使徒が全員揃ったところで、マタイが指で人数を数える。


「一、二ぃ、三……。此れで揃ったようだ。だが……。周りが目障りだな」


 マタイは周囲にいる人間たちを見回す。


「全員()すか?」

「今は猶予期間だ。それはまだ早い」

「分かったよ」


 一同が謎の敵二人の動向に警戒していると、フィリポの影が一瞬で周囲に広がった。

 影は辺りの全ての人々や車やバスを覆い、使徒が見ている前で、外と建物の中にいた数百人の人間と数十台の車両が騒音とともに消えた。ほんの三秒ほどの出来事だった。


「…………」


 突然の静寂。一瞬で人類が滅亡したような出来事に、五人は目を見開いて絶句する。何が起きたのか理解できず、震駭することすらできない。


「な……。何が、起きたんだ……?」

「ビビんじゃねーよ。俺様を中心に500メートル範囲内の邪魔な物を、一時的に消しただけだ」

「殺したのか!?」

「馬鹿か! 一時的っつっただろ、糞が!」

「消した物は全て、フィリポの影の中に有る。後で無事に返してやるから、安心すると良い」


 消えてしまった人々は、どこかに隔離されたということなのだろう。

 プロのマジシャンも肝を潰す脅威的な技を見せられ、一同の頭は混乱状態だが、今は敵の話を信じるしかない。


「きみたちは、一体何者なんだ。悪魔なのか?」


 感情の整理もままならないが、さらなる状況把握のためにユダは訊いた。その質問に、理性的に話せるマタイが答える。


「悪魔じゃ無いさ。ちゃんと人の形をしているだろう。最初から自分の意志で喋る俺達は、悪魔とは区別された存在だ」

「悪魔じゃないとしたら、何なんだ」

「俺達は、怨念さ」

「怨念?」


 五人は眉をひそめる。


「肉体が屍と化して魂が転生をし、其れでも強い思いだけが此の世に残り彷徨い続ける、数多の怨念の集合体。神の祝福を望まず、(ただ)()の世へ報復をする為に存在する者だ」

「怨念の集合体……」

「此れだと名乗るのが不便だな。何か名前を考えるか。そうだな……」


 マタイは腕を組み、即興で名乗るための名前を考え始めた。しかし、短気のフィリポは苛立っている。


「オイッ! そんな下らねぇ事は糞どうでも良いから、早くやらせろっ!」

「ちょっと待て。良い名前が思い付きそうだ……」


 すると、アイデアが降りてきたマタイはポンと手を打った。


「そうだ。此れが良い。お前達が『使徒』なら、俺達は死せる者───徒人(いたずらひと)だから、『死徒(しと)』と名乗ろう。同じ読みも面白いだろう」

「『死徒』……」

「俺は『死徒』の統括。名を『怨嗟のマタイ(マタイ・デア・グロル)』」

「俺様は『憤怒のフィリポフィリポ・デア・ツォルン』だ!」

「つまり。私たちの敵、という解釈で間違いないんだよね」

「そう言う事だ」


 自分たちを怨念の集合体だと言う『死徒』。唐突に現れた未知の敵とその力の片鱗を目撃した使徒に、ようやく緊張感が満ちていく。




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